私の読書2014年のベスト10冊(その3)

2014年私にとっての10冊(おまけ2冊)は以下です。順不同です。

  1. :『コミュニケーション能力とは何か (講談社現代新書) 』 平田オリザ 講談社
  2. :『教誨師』 堀川惠子 講談社
  3. :『セラピスト』 最相葉月 新潮社
  4. :『 たとへば君 四十年の恋歌 (文春文庫)』 河野裕子, 永田和宏 文藝春秋
  5. :『秘密』 (上・下) ケイト・モートン 訳:青木純子 東京創元社
  6. :『殺人犯はそこにいる: 隠蔽された北関東連続幼女誘拐殺人事件』 清水潔 新潮社
  7. :『有次と庖丁』 江弘毅 新潮社
  8. :『世界の技術を支配する ベル研究所の興亡』 ジョン・ガートナー 文藝春秋
  9. :『イベリコ豚を買いに』 野地秩嘉 小学館
  10. :『天、共に在り』 中村哲 NHK出版
  11. :『愛と暴力の戦後とその後』(現代新書) 赤坂真理 講談社
  12. :『日本は再生可能エネルギー大国になりうるか』

最後におまけの2冊について

(11)

 赤坂真里さんの『東京プリズン』を文庫化されたのを見て、そういえば世評高かったなと思い出し、この小説を購入。この新書もあることに気がついて読んだ。学ぶことの非常に多かった一書であった。憲法論議盛んな昨今、冷静に素朴な質問から問い直しておくことが重要。ジョン・ダワーの『敗北を抱きしめて』とか、『クリオの顔―歴史随想集』  (岩波文庫) E.H.ノーマン, なんかを読まなければならなくなります。
(12) 常温超電導で有名な研究者であると同時に、科学技術振興機構の理事長、東京都市大学学長を歴任。福島原発事故独立検証委員会有識者委員会(いわゆる民間事故調)の委員長も務められた。昨年急逝されたのが残念でならない。

私の読書2014年のベスト10冊(その2)

2014年私にとっての10冊(おまけ2冊)は以下です。順不同です。

  1. :『コミュニケーション能力とは何か (講談社現代新書) 』 平田オリザ 講談社
  2. :『教誨師』 堀川惠子 講談社
  3. :『セラピスト』 最相葉月 新潮社
  4. :『 たとへば君 四十年の恋歌 (文春文庫)』 河野裕子, 永田和宏 文藝春秋
  5. :『秘密』 (上・下) ケイト・モートン 訳:青木純子 東京創元社
  6. :『殺人犯はそこにいる: 隠蔽された北関東連続幼女誘拐殺人事件』 清水潔 新潮社
  7. :『有次と庖丁』 江弘毅 新潮社
  8. :『世界の技術を支配する ベル研究所の興亡』 ジョン・ガートナー 文藝春秋
  9. :『イベリコ豚を買いに』 野地秩嘉 小学館
  10. :『天、共に在り』 中村哲 NHK出版
  11. :『愛と暴力の戦後とその後』(現代新書) 赤坂真理 講談社
  12. :『日本は再生可能エネルギー大国になりうるか』 北澤宏一 ディスカヴァー・トゥエンティワン

後半の5冊ついて
(1)

新聞の調査報道が昔に比べ力を落としている昨今、この人のような在野の記者の活動がこれからも重要だと思います。同じ著者のものも深く考えさせられました。『桶川ストーカー殺人事件』とはこういうことだったのか。しかし、こういう不幸な事件に巻き込まれてしまうのは、「運」に委ねるしかないのか?

  • (URL)物は何も語りはしない。  しかし雄弁にもできる。真実を語らすことも、嘘に利用することも。” 『桶川ストーカー殺人事件―遺言』  (新潮文庫) 清水潔 新潮社
  • (URL)「一番小さな声を聞け」というルールに従うなら、この場合、被害者遺族がそれだ。手紙を書き、末尾に自分の携帯の番号を書き入れてポストに入れた。私は手紙ばかり書いている” 『殺人犯はそこにいる: 隠蔽された北関東連続幼女誘拐殺人事件』 清水潔 新潮社

(2)

有次と庖丁

有次と庖丁

有次と庖丁

有次と庖丁

新潮社の季刊誌「考える人」、PR誌「波」の連載などを単行本化したもの。端正な仕上がりの美しい本。 堺の鍛冶屋、京都の料理人についても知ることができます。ちなみに、昨秋、京都錦の有次で、研ぎ教室を受けてきました。

  • (URL)道具は消費财ではないのだ。だから飽きるということと無縁だ。毎日使う庖丁を,自分で手入れすることはかけがえのない実生活に差し向かうということでもある” 『有次と庖丁』 江弘毅 新潮社
  • (URL)それも全部、自分たちが飲み込みながら次にバトンを渡さなければいけない。そのときに“ノー”と言う姿勢で何かを渡せるかというと、何も渡せないんです” 『有次と包丁』 第10回 江弘毅 波 2013年 09月号 新潮社

(3)

世界の技術を支配する ベル研究所の興亡

世界の技術を支配する ベル研究所の興亡

電電公社、電気通信研究所(ECL)のかつてのお手本であり、多くのノーベル賞受賞者を輩出しながら、なくなってしまった研究所の、管理運営の歴史。時代の必然であったか、運営に問題があったのか。

  • [http://d.hatena.ne.jp/ctenophore/20140203/1391446032:title=(URL)] “のちにサイエンティフィック・アメリカン誌が「情報時代のマグナカルタ」と呼んだこの論文『通信の数学的理論』は、特定の事柄というより、一般法則や共通概念に関するものだった。「シャノンは常に深奥で本質的な関係性を求めていた」” 『世界の技術を支配する ベル研究所の興亡』 ジョン・ガートナー 訳: 土方奈美 文藝春秋
  • (URL) のちにサイエンティフィック・アメリカン誌が「情報時代のマグナカルタ」と呼んだこの論文『通信の数学的理論』は、特定の事柄というより、一般法則や共通概念に関するものだった。「シャノンは常に深奥で本質的な関係性を求めていた」” 『世界の技術を支配する ベル研究所の興亡』
  • (URL)ベル研究所の歴史を振り返ると、現実はそれほど単純なものではないことがわかる。またそこからは、われわれが市場の価値を過大評価しがちであることが読み取れる” 『世界の技術を支配する ベル研究所の興亡』

(4)

イベリコ豚を買いに

イベリコ豚を買いに

野地さんの書いたものも好きで、ほとんど読んでいます。 伊勢丹で、100g 8000円くらいのベジョータ ハモン
セラーノ(ハムです)を10g(!)くらい買って、家内と食べてみました。 『飼い喰い――三匹の豚とわたし』内澤 旬子とセットで読むと面白いかも知れません

  • (URL)人は何の経験がなくとも、バカになつて突つ込んでいけば、誰か助ける人が出てきてくれる” 『イベリコ豚を買いに』 野地秩嘉 小学館
  • (URL) なぜ私は自ら豚を飼い、屠畜し、食べるに至ったか” 『飼い喰い――三匹の豚とわたし』 内澤旬子 岩波書店
  • (URL) 文学は、ある意味では勝利者の手によってつくられてゆく歴史への反逆である” 『マラーノの系譜  (みすずライブラリー) 』 小岸昭 みすず書房

(5) 

天、共に在り

天、共に在り

テロで世情騒がしい中、もくもくと井戸を掘り続ける、中村さんに経緯を表して。

  • (URL)人も自然の一部である。それは人問内部にもあって生命の営みを律する厳然たる摂理であり、恵みである。科学や経済、医学や農業、あらゆる人の営みが、自然と人、人と人の和解を探る以外、我々が生き延びる道はないであろう” 『天、共に在り』 中村哲 NHK出版

私の読書2014年のベスト10冊(その1)

2014年私にとっての10冊(おまけ2冊)は以下です。順不同です。

  1. :『コミュニケーション能力とは何か (講談社現代新書) 』 平田オリザ 講談社
  2. :『教誨師』 堀川惠子 講談社
  3. :『セラピスト』 最相葉月 新潮社
  4. :『 たとへば君 四十年の恋歌 (文春文庫)』 河野裕子, 永田和宏 文藝春秋
  5. :『秘密』 (上・下) ケイト・モートン 訳:青木純子 東京創元社
  6. :『殺人犯はそこにいる: 隠蔽された北関東連続幼女誘拐殺人事件』 清水潔 新潮社
  7. :『有次と庖丁』 江弘毅 新潮社
  8. :『世界の技術を支配する ベル研究所の興亡』 ジョン・ガートナー 文藝春秋
  9. :『イベリコ豚を買いに』 野地秩嘉 小学館
  10. :『天、共に在り』 中村哲 NHK出版
  11. :『愛と暴力の戦後とその後』(現代新書) 赤坂真理 講談社
  12. :『日本は再生可能エネルギー大国になりうるか』 北澤宏一 ディスカヴァー・トゥエンティワン

まずは最初の5冊について
(1)

コミュニケーションに関する成書は山とあるが、これはちょっと特別。教わることが非常に多かった。演劇人であると同時に、大学で科学コミュニケーションに関する授業をもっているからこそのものであろう。名著だと思う。

  • (URL)演劇は、人類が生み出した世界で一番面白い遊びだ。きっと、この遊びの中から、新しい日本人が生まれてくる” 『わかりあえないことから コミュニケーション能力とは何か (講談社現代新書) 』 平田オリザ 講談社
  • (URL)むしろ専門的知識や技能を棚上げにして、現場に身をさらすこと。そのときに初めて、付き添いさんの知恵というか、眼力の要となるところがおぼろげながらも見えてきます” 『語りきれないこと 危機と傷みの哲学  (角川oneテーマ21) 』 鷲田清一 角川学芸出版

(2)

教誨師

教誨師

フリーのテレビプロデューサ,堀川惠子さんの最新著。これまでの一連の映像、著書を考えれば、たどりつくべくして、たどりついた素材。それにしても、いつも厳しい取材をする。

  • (URL)どのような過ちを犯した時も、どんな絶望の淵に陥った時も、少しだけ休んだら、また歩き出す力を持ちたい。人は、弱い。だからこそ、それを許し、時には支え、見守ってくれる寛容な社会であることを心から願う” 『教誨師』 堀川惠子 講談社
  • (URL)土居の第一世代の弟子となった石川は、土居が亡くなる二〇〇九年まで四五年間、「土居ゼミ」に通い、最期まで師事した” 『永山則夫 封印された鑑定記録』 堀川惠子 岩波書店
  • (URL)たった一人でもいい、真剣に、本気で、自分を愛してくれる人がいれば、その人は救われる。それが父や母であればよいけれど、それが叶わないこともあるだろう。” 『死刑の基準―「永山裁判」が遺したもの』 堀川惠子 日本評論社
  • (URL)罪を犯すような事態に、自分だけは陥らないと考える人は多いかもしれません。しかし、入生の明暗を分けるその境界線は非常に脆いものです。” 『裁かれた命 死刑囚から届いた手紙』 堀川惠子 講談社

(3)

セラピスト

セラピスト

最初葉月さんの最新作。河合隼雄による箱庭療法中井久夫による絵画療法に自ら実験台になる。なんという贅沢。わが身を切り売りしているだけの価値がある力作。

  • (URL)回復に至る道とはどんな道か。クラィエントとセラピストが共にいて、同じ時間を過ごしなから手探りで光を探す。心の底にひそんでいた自分でさえ気づかない苦悩、悲哀にそつと手を差し伸べる。一人では恐ろしい深く暗い洞窟でも、二人なら歩いて行ける” 『セラピスト』 最相葉月 新潮社 (2/2)
  • (URL)箱庭療法はつまり、言葉にしないことに意味があるということなのか。では、言葉にしないことでなぜ回復につながるのだろうか。患者がいて、そばで見守る治療者がいて、共に箱庭を鑑賞する。そんな日々を重ねるだけでなぜ人が治るのか” 『セラピスト』 最相葉月 新潮社 (1/2)
  • (URL)人はみな、もう一つの何かを胸に抱えたまま死んでいく。それを真実とは、呼べないけれど” “異文化とは外国のことではない。異なる世界はすぐ隣にある” 『なんといふ空』 最相葉月 PHP研究所

(4)

歌人河野裕子, 永田和宏夫妻による、壮烈なる相聞歌。

  • (URL)表現をした時の心の底の深みが、ほんのちょっとした助詞や助動詞の違いなんですけど、歌をやっている者同士はわかるんです。そういう表現する者同士の心の通い合わせ方とか、短歌という詩型の持っている力とかを、その永田の一言で思いました。わかってくれる読者がひとりいればいいんです” 『 たとへば君 四十年の恋歌 (文春文庫)』 河野裕子, 永田和宏 文藝春秋
  • (URL)“寂しくても、暖かかったと感じてくれたことを、そして、私と出会って、私たち家族と出会って幸せだと思ってくれたことを、今は何にも替えがたい彼女からの最後の贈り物だったと思うのである” 『つひにはあなたひとりを数ふ』 河野裕子と私 歌と闘病の十年 (最終回) 永田和宏  波 2012年 05月号 新潮社

(5)

秘密 上

秘密 上

秘密 下

秘密 下

このミステリ小説にあるような仕掛けは、ともすれば陳腐なものにもなりがちで、似たような試みは結構あるのかもしれない。英国風の重厚な語り口とあいまって、なかなかの仕上がりで感心した。

  • (URL)秘密というのは秘密のままにしておくのが難しい。秘密は心の被膜ぎりぎりのところに身を潜めていて、それを抱える人の決意にひび割れを見つけるや、そこからいきなり這い出してくるのだ” 『秘密』 (上・下) ケイト・モートン 訳:青木純子 東京創元社

“家族って「ある」ものじゃなかった。家族は「する」ものだったんだ” 『世界から猫が消えたなら』  (小学館文庫)  川村元気  小学館

 高校生の息子がアメリカへの小旅行の折り、成田で買って読んできたらしい。いかにもライトノベル風で、帯の推薦文は、秋元康角田光代小山薫堂SEKAI NO OWARI、解説は中森明夫佐藤健宮崎あおい主演、永井聡監督で映画化されるらしい。73万部突破、2013年本屋大賞。というわけで、ちょっと躊躇したのだが、この作者が、映画「電車男」「告白」「悪人」のプロデュースをした人だと略歴にあり、読んでみようかと思った次第。小一時間で読了。
p.77

でもよく考えたら、僕の心にはそんな小さな痛みがたさんある。その小さな痛みのことを、人は後悔と呼ぶのだろう。

p.176

 家族だから。そこにいることが当たり前で、当然いつまでもうまくやっていけるものだと信じて疑わなかった。そう思って、お互いの話を聞かず、自分お正義だけを主張し続けた。
 でもそれは違った。
 家族って「ある」ものじゃなかった。家族は「する」ものだったんだ。

p.199

「明日死ぬかもしれないと思う人間は、限られている時間を目いっぱい生きるんだ」
 そんなこと言う人がいる。
 でもそれは嘘だと僕は思う。
 人は自分の死を自覚したときから、生きる希望と死へ折り合いをゆるやかにつけていくだけなんだ。たくさんの些細な後悔や、叶えられなかった夢を思い出しながら。
 でも世界から何かを消す権利を得た僕は、その後悔こそが美しと思える。それこそが僕が生きてきた証だからだ。

【関連読書日誌】

  • (URL)人生の終わりに近づくと−いや、人生そのものでなく、その人生で何かを変える可能性がほぼなくなるころに近づくと−人にはしばし立ち尽くす時聞が与えられる。ほかに何か間違えたことはないか…。そう自らに問いかけるには十分な時間だ” 『終わりの感覚』 (新潮社)
  • (URL)運命とは、人生の中での出会いのことである。出会った人との関係は一生続き、出会ったものごとの影響は、死ぬまで残る” 『運命を生きる――闘病が開けた人生の扉 (岩波ブックレット) 』 浅野史郎 岩波書店
  • (URL)思っている限り、人は生き続ける。 忘れること、忘れられることを恐れながら、それでも生きていこう” 『コンニャク屋漂流記』 星野博美 文藝春秋
  • (URL)幸せだった思い出を語るのが,いちばんうれしいことではないか” 『いまも、君を想う』  川本三郎 新潮社

【読んだきっかけ】
【一緒に手に取る本】

仕事。

仕事。

億男

億男

“” 『その女アレックス 』 (文春文庫)  ピエール・ルメートル 文藝春秋

その女アレックス (文春文庫)

その女アレックス (文春文庫)

 
2014年「このミステリーがすごい!」など国内ミステリランキング総なめ。フランス原作で、2012年仏リーヴル・ド・プッシュ読者大賞、英国推理作家協会CWAインタナショナル・ダガー受賞。
 フランスらしい、エスプリの利いた構成。だけど、こういう殺し方は好みではない。
【関連読書日誌】【読んだきっかけ】【一緒に手に取る本】
死のドレスを花婿に

死のドレスを花婿に

フランスの推理小説といえば、大昔に読んだ下記が懐かしい。これ以来、ウサギ料理を好んで食べてみるのだが、その機会に恵まれることは稀。
ウサギ料理は殺しの味 (創元推理文庫)

ウサギ料理は殺しの味 (創元推理文庫)

リュジュ・アンフェルマンとラ・クロデュック

リュジュ・アンフェルマンとラ・クロデュック

“ジャンル小説には、内容を心髄にまで削ぎ落とし、それをさらに煮詰めることで、変転に次ぐ変転を、さながら夢のごとく鮮やかに展開することもできる。まるで、誰もが一度は見たことがあり、ともに分かちあうことのできる夢のように。いかに稚拙な内容であろうと、いかに非現実的な内容であろうと、ぼくらになんらかの真実を指し示してくれる夢のように” 『二流小説家』 ハヤカワ・ミステリ文庫 デイヴィッド・ゴードン, 青木千鶴 早川書房

二流小説家 〔ハヤカワ・ミステリ文庫〕

二流小説家 〔ハヤカワ・ミステリ文庫〕

二流小説家 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

二流小説家 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

The Serialist: A Novel

The Serialist: A Novel

デイヴィッド・ゴードンによる推理小説(の処女作)。エドガー賞処女長編賞候補作。2012年、「このミステリーがすごい! 」(宝島社)、「ミステリが読みたい! 」(早川書房)、「週刊文春ミステリーベスト10」(文藝春秋)の全てで1位。原題“The Serialist"。連載小説の書き手、という意味らしい。なるほど、それど、邦題『二流小説家』。
 確かに、死刑囚から事件の全貌の執筆を依頼されるというプロットは新しいのだが、ちょっとした読ませるしかけとか、そのあたりが本書自体が二流小説っぽいところあり。
P.107

 悲劇というものは、邪悪な魂よりも色濃く表層にあらわれるものなのだろうか。

P.340

「公共放送のドラマに出てくるイギリス人の刑事たちもすてきよね。モース警部とか、リンリー警部とか。すごく洗練されていて、粋な感じがするの。」
「ぼくはフロスト警部のほうが好きだ」
「わたしも好きよ。だけど、彼って粋なタイプとは言えないでしょう。いかにも、古きよき時代の刑事って感じだもの。頼みの綱は経験と勘のみ。でも、彼ならあなたのお手本にできるかしら」
「いいや、無理だね。エド・マクベインが作品の中で言っているように、警察の捜査ってのはそんなになまやさしいものじゃない」

P.420

その独特な修辞法や象徴的表現の点において、ジャンル小説は神話に似ている。いや、かつての神話や古典文学に似ている、と言ったほうが厳密であるかもしれない。1、2世紀まえの時代なら、誰もが『ユリシーズ』やギリシャ神話のイアソンの物語を引きあいに出すことで、読者が共有する知識の鉱脈を掘りあてることができた。それと同じように、現代のジャンル小説家は、砂漠をゆく孤独な旅人や、ロングコートに中折れ帽をかぶって銃をかまえながら廊下を突き進んでくる見知らぬ男や、夜の都会を飛びまわるコウモリを登場させることで、同様の鉱脈に触れることができるのだ。また、ジャンル小説には、内容を心髄にまで削ぎ落とし、それをさらに煮詰めることで、変転に次ぐ変転を、さながら夢のごとく鮮やかに展開することもできる。まるで、誰もが一度は見たことがあり、ともに分かちあうことのできる夢のように。いかに稚拙な内容であろうと、いかに非現実的な内容であろうと、ぼくらになんらかの真実を指し示してくれる夢のように。

 この「ジャンル小説」の原書英語は何だろう。
登場人物の台詞を借りて云えば、「ぼくはフロスト警部のほうが好きだ」
【関連読書日誌】

  • (URL)フロストを読んだら、いろいろな意味で、英国社会がわかる。それと同時に、人間はどこでも同じだということもわかる(養老孟司” 『冬のフロスト』 (上・下) (創元推理文庫)  R・D・ウィングフィールド 芹澤恵訳 東京創元社
  • (URL)秘密というのは秘密のままにしておくのが難しい。秘密は心の被膜ぎりぎりのところに身を潜めていて、それを抱える人の決意にひび割れを見つけるや、そこからいきなり這い出してくるのだ” 『秘密』(上・下) ケイト・モートン 訳:青木純子 東京創元社

【読んだきっかけ】
【一緒に手に取る本】

忘れられた花園 上

忘れられた花園 上

忘れられた花園 下

忘れられた花園 下

フロスト日和 (創元推理文庫)

フロスト日和 (創元推理文庫)

クリスマスのフロスト (創元推理文庫)

クリスマスのフロスト (創元推理文庫)

夜のフロスト (創元推理文庫)

夜のフロスト (創元推理文庫)

“人間の日常性の特徴の一つとして「おしゃべり」を重要視した哲学者がいましたが、私たちも大切な「ことば」と、なお一層大切な「沈黙」について考えてみたいと思います” 『 うつわの歌』 【新版】 神谷美恵子 みすず書房

うつわの歌【新版】

うつわの歌【新版】

神谷美恵子(1914-1979)さん作による詩,および訳詩を集めたもの。
帯より

 生誕100年 新編集愛蔵版
 この世の いのちだけが 存在では ないのですから
 
 最晩年の心境を歌った「絶望の門」「残る日々」ほか、未発表詩篇を含む単行本初収録作多数。感謝と祈りに満ちた大切な言葉をこの一冊に。

訳詩は、クリスティナ・ロゼッティとハリール・ジブラーンの詩から。

クリスティーナ・ジョージナ・ロセッティ(Christina Georgina Rossetti, 1830年12月5日 - 1894年12月29日)は、イギリスの詩人。画家・詩人ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティの妹。兄をはじめとするラファエル前派の画家たちの作品のモデルにもなった。クリスティーナ・ロセッティ, http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%83%8A%E3%83%BB%E3%83%AD%E3%82%BB%E3%83%83%E3%83%86%E3%82%A3&oldid=49237502 (last visited Sept. 14, 2014).

ハリール・ジブラーン
生誕 1883年1月6日死没 1931年4月10日(満48歳没)
国籍 オスマン帝国  宗教 マロン典礼カトリック教会
ハリール・ジブラーン(Khalil Gibran、1883年1月6日 - 1931年4月10日)はレバノン出身の詩人、画家、彫刻家。英語読みからカリール・ジブランとも呼ばれる。キリスト教マロン派(マロン典礼カトリック教会)信徒。
オスマン帝国時代末期に現在のレバノン北部ブシャッレ(ブシャッリ)で生まれ、少年期の1895年アメリカ合衆国へ移住、ニューヨーク市で没した。「20世紀のウィリアム・ブレイク」とも称され、宗教・哲学に根ざした、壮大な宇宙的ヴィジョンを謳う詩や絵画を残し、その作風は後世いろいろな詩人や政治家に影響を与えた。世界的に著名な詩集は、1923年英語で発表された『The Prophet(預言者)』(最初の構想はアラビア語で練ったといわれる)。また、その続編ともいえる1933年の英語詩集『The Garden of the Prophet(預言者の庭)』の一節は、英国のジャーナリスト、ロバート・フィスクが現代レバノン政治について描いたノンフィクション "Pity the Nation"の題名ともなっている。
 また、皇太子妃だった当時の皇后美智子がレバノン大統領から贈られたジブラーンの詩集『預言者』を愛読し、相談役の神谷美恵子にも紹介。神谷が後に『預言者』の抜粋集を執筆するきっかけにもなった。さらに、『預言者』はカウンター・カルチャーなどにも影響を与え、ジョン・レノンビートルズの曲 ”ジュリア ”(1968年)の歌詞に引用したりしている。 故郷ブシャッレ郊外に、彼を記念する博物館がある。
ハリール・ジブラーン, http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E3%83%8F%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%B8%E3%83%96%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%83%B3&oldid=51919141 (last visited Sept. 14, 2014).

さて、「絶望の門」は、草稿のまま残されていた未発表の詩で、遺族のご了解により、初収録とのこと。草稿のカラー写真も掲載されている。若き日の実らなかった恋を謳ったもの。

 かつてうら若き日に私は兄を通して
 うつつならぬ愛を与えられたが
 ことば一つ、文一つ交わすこと許されず
 会うことも一切できなかった

 たぐい稀なる才と感性のその人は 
 あっという間に病に倒れ
 四年もの間、その若き命を
 次々とむしばまれて行った
(中略)
 
 「とうとうだめでした」
 ある朝、兄と私は駅で父上に会い
 彼の目から涙がはふり落ちるのをみた。
 その日、私の天地は崩壊した。
(中略)

 あたたく迎えられし父上と母上は
 私を有髪の尼として迎えたい
 息子にゆずるものを私にゆずり
 その家の姓を名のれと云いたもうた。
(中略)(ずっととんで最終連)

 そうして何十年
 やめる人の床の側に立ち
 ささやかな医療をすることが
 私の一生となった。

 仕事が烈しすぎて
 私もまた今病んでいる
 しかし、私の心は晴れている
 なすべきことを少しでもできた恩寵を思う。

ハリール・ジブラーンの訳詩には、神谷美恵子自身によるコメントが付いている。「おしゃべり」という詩にはこんなかんじ。
P.128

 私たちの生活の多くが「おしゃべり」に費やされていることを思って、この詩は省略せずに訳しました。人間の日常性の特徴の一つとして「おしゃべり」を重要視した哲学者がいましたが、私たちも大切な「ことば」と、なお一層大切な「沈黙」について考えてみたいと思います。

【関連読書日誌】
【読んだきっかけ】
【一緒に手に取る本】

会うことは目で愛し合うこと、会わずにいることは魂で愛し合うこと。?神谷美恵子との日々

会うことは目で愛し合うこと、会わずにいることは魂で愛し合うこと。?神谷美恵子との日々

喪失からの出発―神谷美恵子のこと

喪失からの出発―神谷美恵子のこと

自省録 (岩波文庫)

自省録 (岩波文庫)

生きがいについて (神谷美恵子コレクション)

生きがいについて (神谷美恵子コレクション)

“そして、いつの日か再び、「常識を覆す」本物の大発見に出会えることを楽しみにしている” 『捏造の科学者 STAP細胞事件』 須田桃子 文藝春秋

捏造の科学者 STAP細胞事件

捏造の科学者 STAP細胞事件

 STAP騒動を、報道の現場から取材を続けた、毎日新聞記者、須田桃子氏による著書。発表時の興奮から、騒動の顛末までを、バランス良い筆致で、小気味よく語る。それまでの生物学分野への取材の中で、人脈と信頼関係を築いていたからこそ可能となった取材が多い。日経サイエンス2015年3月号にも、STAPの全貌と題する特集がある。サイエンスの記事はよりコンパクト。
 本書で特筆すべきところの一つは、ネイチャーに採録前、不採録となった、ネイチャー、セル、サイエンスの投稿論文と、その査読結果を入手し、分析しているところだろう。バカンティ氏の責任は重い。かれもだまされていたのか?
 騒動が終結して、事実が明らかになってから(本書帯にある「誰が、何を、いつ、なぜ、どのように捏造したのか」は、まだ明らかになっていない、と言えよう)、的確な論評をすることは用意だ。事実が明らかになる前、事実が断片的にしか伝わっていない段階、そして、メディアやネットを介した噂の伝搬がある中で、科学という学問の性質、本質を理解し、それぞれのタイミングで、どのような判断をするか、それが非常に重要だろう。権威ある有識者は勿論、一般市民においても、それぞれの知識と立場で、何が「正しい」と考えるのか。

P.48 CDB前副センター長、西川伸一氏の発言。そのとおりなんです。捏造だとしたら、いずればれることは普通の賢さを持った人間ならわかることであった。

「科学で捏造が生まれるほとんどのケースは、起こることが予想されていることを実験的に、他に先駆けて示そうとする場合だ。(中略)STAP細胞は誰も考えつかなかったことで、結果はこれまでの常識ともまったく異なっている。マウスのiPS細胞のときと同じでお手本がない。こういう結果は捏造からは生まれない」

実験ノートをつけることが、研究・思考を進める上でも、実験結果の信頼性を担保する上でも、発見の先取権守る上でも、いかに重要なことであることかは、実験科学の研究者は、初歩の段階からたたき込まれている。とことが情報科学や、コンピュータサイエンスなどの多分野では、一般的ではない。
 小保方氏の実験ノートの少なさは、初歩的なトレーニングがなされていないことを示す典型的な証拠であるが、反論会見の時に公開した実験ノートの一部はあまりにお粗末で、なぜ、このようなものを公開したのか、ずっと疑問であった。次の記述を読んでなるほどと思った。
P.210

ある関係者は、ノートの一部公開の理由を、後日こう推測した。「他の部分には多少はまともな記述もあったようだ。弁護士があのべージを選んだのは、彼女に直感はあるが通常の研究能力はない、従って共同で実験し、論文を書いた他の著者に責任があるーーと暗に示す意図があつたのだろう。責任能力回避の伏線だと思う」

P.313

 なぜ、ネイチャーへの再投稿時だけ同様の指摘がないのか。グラフを見比べてやっと理由が分かった。再投稿版の論文では、同じグラフの十日目以降、つまり遺伝子の働きが減衰していく部分が削られていたのだ。新聞と同様、論文もスぺースが限られている。実験デー夕のうち、掲載すべきデータを取捨選択する過程で不要なデー夕を省くこと肉体は、改ざんとは異なり、不正行為とは言えない。しかし、このグラフの改変については、ネイチャーへの再投稿にあたり「不都合なデー夕」を意図的に削除した可能性があるのではないか――。
 生命科学系のある研究者は「その通りだと思う」と認めた上で、「実験の全てが自分にとって“都合の良い”データにはならず、多かれ少なかれ都合の悪いデータも出てきます」と削除に理解を示した。

P.339

「研究全体が虚構であったのではないかという疑念を禁じえない」。日本学術会議(大西隆会長)は七月二十五日、理研に対し、検証突験の結果にかかわらず、保茌されている試料の調査で不正の全容を解明し、結果に基づき関係者を処分するよう求める声明を発表した。「虚構」という言葉にもはや何の違和感も覚えなかったが、日本の科学者の代表機関閲がそうした表現を使う段階まできたのか、と思うと感慨深かった。

自他共に認める秀才研究者であり、実務家としても有能であった笹井氏が、信じて加担してきたSTAP細胞。その根幹となる諸データがいけない、とある時点で気がついたに違いない。その時の氏の衝撃、自己嫌悪、察してあまりあるものがある。笹井氏が小保方氏にあてた遺言。「絶対にSTAP細胞を再現して下さい」「実験を成功させ、新しい人生を歩んでください」
P.349

一方、ある研究者は、小保方氏への遺言について、メールにこう記した。
「足かせを一生かけたとしか思えません。はいたら踊り続けなくてはならない『赤い靴』ですね」

P.368

ニ〇一三年のノーベル医学生理学賞を受賞したランデイ•シエクマン米カリフオルニア大学バークリー校教授(細胞生物学)は、ノーベル賞受賞決定後、ネイチャーなどの編集方針を「商業主義」と批判し、同誌とサイエンス、さらに米科学誌セルの三大一流誌に今後論文を投稿しないことを宣言した。八田浩輔記者の取材によると、シェクマン教授はSTAP問題について「今回の問題は、インパクトのある研究成果を選りすぐるネィチヤーなどの有名誌自身の責任も大きい。事実を偽るような重圧に研究者を追い込む環境を作つている」と危機感をあらわにした。

P.377 科学者、かくあれかし

 自分の中には、科学者はこうあってほしいという、いわば理想像があるということだ。あえてその最低限の要素を挙げるとしたら、あくなき好奇心と探究心、実験や観測のデータに対する謙虚さ、そして誠実さと科学者としての良心ーーだろうか。
(略)
 そして、いつの日か再び、「常識を覆す」本物の大発見に出会えることを楽しみにしている。

【関連読書日誌】

  • (URL)毎日新聞旧石器遺跡取材班 (新潮文庫
  • (URL)“つまりは,科学ジャーナルは,不正のチェックはしていない,ことになる” 『論文捏造  (中公新書ラクレ) 』 村松秀 中央公論新社
  • (URL)“気鋭の考古学者が挑んだ「日本人のルーツ」は、やがて 「神の手」の異名を持つ藤村新一へ 石に魅せられた者たちの天国と地獄。” 『 石の虚塔: 発見と捏造、考古学に憑かれた男たち』 上原善広 新潮社

【読んだきっかけ】
【一緒に手に取る本】
捏造について、定評のある3冊

論文捏造 (中公新書ラクレ)

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背信の科学者たち 論文捏造はなぜ繰り返されるのか?

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発掘捏造

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常温核融合スキャンダル―迷走科学の顛末

常温核融合スキャンダル―迷走科学の顛末

STAP細胞で探すと以下がみつかる。評価は知らない。
STAP細胞に群がった悪いヤツら

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“忘れられないのは、川口さんがあの原稿に目を通した直後、皇后様のことを「あの方は三十年もの間、これだけ豊かなものを心に秘めてこられたのですね」と嘆息ともいえる深い感慨をロにしたことだ” 『私たちの幸せ - 皇后様のこと』 (父と母の娘 第11回) 末盛千枝子 波 2015年 02月号  新潮社

波 2015年 02月号 [雑誌]

波 2015年 02月号 [雑誌]

IBBY(International Board on Books for Young People)国際児童図書評議会第26回世界大会(ニューデリー)における美智子妃殿下による基調講演(ビデオ上映)にいたるいきさつを語っている。全文載せたいくらいのいい話が詰まっている。
 大磯での出会いのこと、まどみちおさんの絵本のこと、IBBY世界大会でのビデオ講演のこと、新見南吉「でんでんむしのかなしみ」にまつわる陛下とのやりとり、収録のいきさつ、会場での聴衆の反応などなど。

 一九九八年IBBYのニューデリー世界大会にて皇后さまに基調講演をお願いしたいというィンド支部の四年にわたる熱心な申し出に、どうにか皇后様のまわりの情況も応えられそうになつていた矢先、インドが核実験をするということがあった。私は新聞の一面に特大の活字でそのニュースが報道された朝のことが忘れられない。ああ、これで、皇后様のインド行きはなくなってしまつたと、とっさに思った。そして、案の定、皇后様に行っていただくわけにはいかないという政府の決定がなされた。しかし、その決定は大会の直前まではっきりとはなされなかったので、この世界大会のテーマである「子どもの本を通しての平和」にそって、皇后様は不安がおありだったとは思うけれど、黙々と原稿の準備を進めておられた。それだけに、二週間ぐらい前になっていよいよ不可能になったという時、皇后様は、大会初日の基調講演に穴をあけることになると、長い間忍耐強く待ってくれていたィンドの人たちに申し訳ないという困惑の思いを強く抱かれ、心を痛められた。
 そんな皇后様のお姿に、いてもたってもいられず、島多代さんと私は、この時代、ビデオによる講演という方法があるのではないですかと皇后様にお話しし、結局、NHKの会長を退いたばかりの川口さんに会いにいった。かいつまんで事情を伝え、皇后様からお預かりした原稿を見せると、彼はその場で目を通し、「わかった。どういう方法をとるのがいいか急いで極秘に考えるから」と言ってくれた。本当に時間がないということも話したので、きっとその時すぐに、どのような方法をとるのがいいか、頭の中で組み立て始めていたのだと思ぅ。翌日には川口さんの指示で、当時の放送総局長に会いに行った。放送総局長は、そのとき、「私が新聞の編集局長だったら、この文章は、全文このまま掲載しますね」と言われた。やっぱり、と思った。皇后様の原稿は本当に率直に、皇后様にしかお書きになれない、ご自身の体験から感じ、考えられた思いに充ちた素晴らしいものだった。しかも子どもの読書についての深い思いが込められていた。少人数の担当クルーが極秘に大至急で編成され、不思議な力が働いたと
しか思えないょぅに、すべてがうまく運んだ。

 川口さんのお通夜の日、別室で待機している際に席が隣になったのは、あの収録の時のプロデューサーだった。あまりの偶然に驚きながらも、長い待ち時間にあの時の思い出を小声で語り合った。お互いに、一生忘れられない思い出で、大変な隠密作戦を一緒に戦った同志のょうでもあった。後に『橋をかける』という本にさせていただいたのだけれど、あのご講演は、本当にすばらしいものだった。子ども時代の読書について、後にも先にもあれ以上のものは考えられないと思うくらいであり、そして世界中の子どもの本に関わる人たちにとって、皇后様はかけがえのない大切な存在になった。忘れられないのは、川口さんがあの原稿に目を通した直後、皇后様のことを「あの方は三十年もの間、これだけ豊かなものを心に秘めてこられたのですね」と嘆息ともいえる深い感慨をロにしたことだ。川口さんらしい優しさと皇后様のご苦労に対しての深いいたわりだった。

【関連読書日誌】

  • (URL)その人は、ステージのかぶりつきまで押し出してきて、人一倍大きな手拍子を打ち、踊る役者たちに向って、「イヨッ、日本一!」「待ってマシタ!」等の掛け声をだれ揮ることなく浴びせかけている。「ここにもひとり、本当にテレビドラマを愛している人がいるのだ」と、そう思うよりほかに僕には理解の仕様がなかった。” 『淋しいのはお前だけじゃない』 市川森一 大和書房
  • (URL)本の中には、さまざまな悲しみが描かれており、私が、自分以外の人がどれほどに深くものを感じ、どれだけ多く傷ついているかを気づかされたのは、本を読むことによってでした” 『橋をかける 子供時代の読書の思い出』  (文春文庫)  美智子 文藝春秋

【読んだきっかけ】
【一緒に手に取る本】

橋をかける (文春文庫)

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皇后美智子さまのうた

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日本人でよかったと思える美智子さま38のいい話

日本人でよかったと思える美智子さま38のいい話

"本の中には、さまざまな悲しみが描かれており、私が、自分以外の人がどれほどに深くものを感じ、どれだけ多く傷ついているかを気づかされたのは、本を読むことによってでした” 『橋をかける 子供時代の読書の思い出』  (文春文庫)  美智子 文藝春秋

橋をかける―子供時代の読書の思い出

橋をかける―子供時代の読書の思い出

橋をかける―子供時代の読書の思い出

橋をかける―子供時代の読書の思い出

橋をかける (文春文庫)

橋をかける (文春文庫)

うかつにも、末盛千枝子さんが、新潮社「波」に、『父と母の娘』という連載をしていたことに気がつかないでいた。2015年2月号は、連載第11回で、『私たちの幸せー皇后様のこと』である。
すえもりブックスという出版社、聞いたこと、見かけたことある気がするのだが、何で知ったのか思いだせない。手元にあるのは、1998年すえもりブックス発行のオリジナル版。日本語と英語訳の両方が掲載されている。

 本書は、IBBY(International Board on Books for Young People)国際児童図書評議会第26回世界大会(ニューデリー)における基調講演(ビデオ上映)を採録したもの。
 新美南吉「でんでん虫のかなしみ」、倭建御子(ヤマトタケルノミコト)と弟橘比売命(オトウトタチバナヒメのミコト)、ロバート・フロストの「牧場」にまつわる挿話が印象に残る。
P.4

 生まれて以来、人は自分と周囲との間に、一つ一つ橋をかけ、人とも、物ともつながりを深め、それを自分の世界として生きてきます。この橋がかからなかったり、かけても橋としての機能を果たさなかったり、時として橋をかける意思を失った時、人は孤立し、平和を失います。この橋は外に向かうだけでなく、内にも向かい、自分と自分自身との間にも絶えずかけ続けられ、本当の自分を発見し、自己の確立をうながしていくように思います。

P.24

読書は私に、悲しみや喜びにつき、思い巡らす機会を与えてくれました。本の中には、さまざまな悲しみが描かれており、私が、自分以外の人がどれほどに深くものを感じ、どれだけ多く傷ついているかを気づかされたのは、本を読むことによってでした。

P.26

 子供達が、自分の中に、しっかりとした根を持つために
 子供達が、喜びと想像の強い翼を持つために
 子供達が、痛みを伴う愛を知るために
 そして、子供達が人生の複雑さに耐え、それぞれに与えられた人生を受け入れて生き、やがて一人一人、私共全てのふるさとであるこの地球で、平和の道具となっていくために。

【関連読書日誌】
【読んだきっかけ】
【一緒に手に取る本】

ことばのともしび

ことばのともしび

人生に大切なことはすべて絵本から教わった

人生に大切なことはすべて絵本から教わった

人生に大切なことはすべて絵本から教わった〈2〉 (末盛千枝子ブックス)

人生に大切なことはすべて絵本から教わった〈2〉 (末盛千枝子ブックス)

ピアノ調律師

ピアノ調律師

でんでんむしのかなしみ

でんでんむしのかなしみ

でんでんむしのかなしみ

でんでんむしのかなしみ

アメリカ名詩選 (岩波文庫)

アメリカ名詩選 (岩波文庫)

“どちらの正義が正しいか、ではない。だが、「正義」というプロパガンダの裏に隠れた、人々の声を聴くのは、とても難しい” 『わたしの「正義」とあなたの「正義」を入れ替える』 酒井啓子 みすず 2014年 12月号  みすず書房

みすず 2014年 12月号 [雑誌]

みすず 2014年 12月号 [雑誌]

中高生の間で、Sekai no owari が人気だと言う。何度もDownLoad されるという、少し変わった売れ方をしているらしい。この不思議な音楽グループのことは、ほぼ一年前のMBS・TBS系「情熱大陸」で知った。
 イラク政治史、現代中東政治が専門の酒井啓子氏による昨年12月のこの小文は、Sekai no owariDragon Night」の歌詞の引用で始まり、

 人はそれぞれ「正義」があって
 争い合うのは仕方ないのかもしれない
 だけど僕のきらいな「彼」も、彼なりの理由があると思うんだ

引用で終わる。

 人はそれぞれ「正義」があって
 争い合うのは仕方ないのかもしれない
 だけど僕の「正義」がきっと「彼」を傷つけていたんだね

なにが正しいかを見極めることの難しさ語る。そもそも、そんなことは可能なのか。

 「正しくないもの」に惑わされている人たちに対して、それは彼らにとっては「正しい」ことなのだから放っておけばいいではないか、と言うことは簡単だ。だが、それはその社会を自分から切り離したことろで生まれる感覚である。自分は「正しい」世界を知っていて眉を顰めるが、彼らは彼らの世界に生きているのだから、「正しく」なくても放っておけばよいー。それはある意味で、「彼らの」世界を一歩後退したものと見放すことでもある。

 自分たちの世界と相手の世界をひっくり返してみることで、相手は自分たちとさほど違ったものではない、とうことを理解することは、重要だ。だが、相手の世界があまりにも異質に見えると、実は自分たちの社会に似たようなものがあったとしても、まったく異なった出来事のように思えてしまう。同じことでも、私に起きたことは醜いことだけど、あなたに起きたことは当たり前のように思える。

タリバーンに襲撃されたパキスタンの17歳の少女マララ・ユスフザイがノーベル賞候補になったとき(その後受賞)パキスタンのジャーナリストが書いた記事が引用されている。その一部を引くと

 マララをノーベル賞に推薦した人々の手は、実のところ多くの無辜な少女の血で汚れているのであり、こうした人たちのせいで、彼女たちは家の外に出て口汚い言葉を投げかけられることを恐れて、学校に行けなくなったのだ。これらの無辜な少女たちは、歴史書からは忘れられる、ただの統計上の数字にすぎない。……アビールのように惨殺された子供たちの権利を支持し、彼女たちを忘れ去らないようにとノーベル賞を提案するような者はいない。誰も、戦車の下敷きになって死んだものの側に立つものはいない。……

酒井氏によるこの小文の最後の文章。

どちらの正義が正しいか、ではない。だが、「正義」というプロパガンダの裏に隠れた、人々の声を聴くのは、とても難しい。

【関連読書日誌】

  • (URL)“その社会に生きている者が、あまりにどっぷり埋没していて俯瞰することができない、そういうときに、その社会の外から現地社会を相対化した像を見て、漠然と感じていた諸問題が、くっきりと見えてくる” 『「宗派は放っておけ」と元大臣は言った』 酒井啓子 みすず 2012年9月号

【読んだきっかけ】
【一緒に手に取る本】

アラブ500年史(上): オスマン帝国支配から「アラブ革命」まで

アラブ500年史(上): オスマン帝国支配から「アラブ革命」まで

アラブ500年史(下): オスマン帝国支配から「アラブ革命」まで

アラブ500年史(下): オスマン帝国支配から「アラブ革命」まで

<中東>の考え方 (講談社現代新書)

<中東>の考え方 (講談社現代新書)

中東政治学

中東政治学

“これは、普通の人が普通のこととして行っている行為が、いつの間にか私たちには特別な人が行う特別な行為のように見えてくる、という不思議な物語である” 『おみおくりの作法』 銀の街から 沢木耕太郎 

Still Life (2013) [Italian Edition]

Still Life (2013) [Italian Edition]

Ost: Still Life

Ost: Still Life

朝日新聞 2015年1月30日(夕刊)、沢木耕太郎による映画評「銀の街から」である。
実は、今日、横浜のジャック&ベティで映画を観てから、映画評を読んだ次第。
原題は、“Still Life”。

Still Life is a 2013 drama film written and directed by Uberto Pasolini.The film was presented at the 70th Venice Film Festival , where it won the award for Best Director in the category "Orizzonti".It also received the Black Pearl award (the highest award) at the Abu Dhabi Film Festival for "its humanity, empathy, and grace in treating grief, solitude, and death"; and for his performance, Eddie Marsan won the Best British Actor award at the 2014 Edinburgh International Film Festival.
(Still Life (2013 film), http://en.wikipedia.org/w/index.php?title=Still_Life_(2013_film)&oldid=633665980 (last visited Feb. 1, 2015). )

 映画冒頭で、原題“Still Life”を知った時、邦題『おみおくりの作法』との違和感を強く感じたが、沢木氏もこの邦題にはクレームを述べてくる。しかしながら、映画としては秀逸。CGなど使わなくても良い映画はいくらでも創れるのだという、あたりまえのことを再認識。
 沢木氏の文章から

これは、普通の人が普通のこととして行っている行為が、いつの間にか私たちには特別な人が行う特別な行為のように見えてくる、という不思議な物語である。

間違いなく、九十分という短い時間の中に、静謐だが豊穣な世界が詰まっていた。

映画は、イギリス映画らしい映画。監督は、あの「フルモンティ」のプロデューサ。
映画のラストシーンは、ワイルダー『わが町』の芝居が思いだされた。

【関連読書日誌】

  • (URL)この地上の世界って,あんまりすばらしすぎて,だれからも理解してもらえないのね  『ソーントン・ワイルダー わが町 (ハヤカワ演劇文庫) 』 ソーントン・ワイルダー 鳴海四郎訳

【Still Life の情報】
http://www.palacefilms.com.au/stilllife/

WINNER – 2013 VENICE INTERNATIONAL FILM FESTIVAL
Art Cinema Prize for Best Film, Best Director (Horizons) &
Pasinetti Critics’ Prize
WINNER – 2013 REYKJAVIK FILM FESTIVAL – Best Film
WINNER – 2014 EDINBURGH FILM FESTIVAL – Best Actor
WINNER – 2014 VOICES FILM FESTIVAL – Grand Prix & Best Actor

The long-awaited and multi award-winning new film from Uberto Pasolini, producer of the beloved worldwide smash-hit The Full Monty, STILL LIFE is a poignant and inspirational drama about a quiet, optimistic and selfless man who finds joy in helping everyone but himself.

“一つの台詞が、時間を遡り美しい過去の記憶の中に入ったり、不思議な感覚になることがあります。そこが清水さんの戯曲の面白さかもしれません” 『火のようにさみしい姉がいて』 2014.10 シス・カンパニー公演 パンフレット

清水邦夫全仕事 1958~1980

清水邦夫全仕事 1958~1980

1978年作の清水邦夫の戯曲「火のようにさみしい姉がいて」を蜷川幸雄が演出.大竹しのぶ宮沢りえ段田安則が演じる.
蜷川幸雄が,

清水邦夫が自分の集団「木冬社」に書いた作品にはいつも苛立ちがありました。その演出をすることになろうとは

という作品が本作.清水邦夫の生い立ち,故郷,家族,田舎と都会,男と女の人生,いろいろなものが複雑に交錯する幻想的な戯曲.主人公が役者であり,オセローの台詞(小田島雄志訳)がいろんなところででてくる.小田島訳のオセローを愛読した身としては懐かしさも感ずる.
大竹しのぶ談(取材,文 市川安紀)

立って相手と会話を交わすと台本を読むだけではわからなかったことが見えてきます。
弟に対する愛情は勿論、小さな村ならではの身内同士の異常なほどの結びつきの深さ、そこに生まれるドロドロとした感情、故郷を捨て都会に出た者に対する憎しみや悲しみ。幼い頃の美しい思い出や愛しくて大切なものなど、色々な事が見えてきます。観る方の想像に委ねる部分があると蜷川さんもおっしゃっていましたが、「もしかしたら姉はこの世にいないのかもしれない」と思うときもあって、あやふやな世界を行ったり来たりしています。まだ稽古中で現実と幻想の世界との境目がつかみ切れていなくて難しいです。

一ヵ月のお稽古の中で、少しずつ作品の世界や人物が身体に染み込んでゆくのが、たまらなく好きです。染み込んだ上で本番になる。幕が上がり「清水邦夫の世界へようこそ」、そんな感じになればいいのですが、難しいです。ギリシャ悲劇やシェイクスピアにように、心情をそのまま台詞で表現する方がずっと簡単な気がします。

一つの台詞が、時間を遡り美しい過去の記憶の中に入ったり、不思議な感覚になることがあります。そこが清水さんの戯曲の面白さかもしれません。うーん、でも本当に難しい。

【関連読書日誌】
【読んだきっかけ】
【一緒に手に取る本】

“彼らは勤勉に働くことで 紋切り型の黒人像を変えた 高いモラルと威厳ある振る舞いによって 人種間の壁を崩していった 執事やメイドは隷属的と言われるが 彼らは戦士なのだ” 『大統領の執事の涙』 ウィルヘイグッド, Wil Haygood, 中村佐千江訳 原書房

大統領の執事の涙

大統領の執事の涙

大統領の執事の涙 [DVD]

大統領の執事の涙 [DVD]

DVDで映画,『大統領の執事の涙』(Lee Daniels' The Butler)を見る.
wikipedia によれば

リー・ダニエルズ監督、ダニー・ストロング(英語版)脚本、アンサンブルキャストによる2013年のアメリカ合衆国の歴史ドラマ映画(英語版)である。ユージン・アレン(英語版)の実生活に触発を受けた内容となっており、フォレスト・ウィテカー演じるアフリカ系アメリカ人のホワイトハウスバトラー(執事)のセシル・ゲインズの視点で彼の34年の任期中に起こった20世紀の事件が描かれる。2011年に亡くなったローラ・ジスキンが最後にプロデュースした作品である。(大統領の執事の涙, http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E5%A4%A7%E7%B5%B1%E9%A0%98%E3%81%AE%E5%9F%B7%E4%BA%8B%E3%81%AE%E6%B6%99&oldid=52602471 (last visited Oct. 2, 2014). )

アメリカはいまだ人種差別に苦しむ国である.そしてこれからもそうであろう.高々50年前,黒人差別がまだあたりまえの状況であったことを,あらためて思いだした.この映画によれば,ケネディ大統領も,大統領就任後に人種差別問題に目覚めたようだ.『チョコレート』(Monster's Ball)で,ハル・ベリーが黒人初のアカデミー主演女優賞をとったときのスピーチ,マイルス・デイビス石岡瑛子に語った人種差別のことを思いださせる.
 アカデミー賞候補にさえならなかった本作であるが,映画としてのフィクションと,リアルなニュース映像の対比,大統領執事としての主人公,公民権運動に走る長男,ベトナムに行く次男との対比,
 本篇の中に,主人公の息子ルイスが公民権運動の活動の中で,キング牧師との会話が出てくる.
1:16:10 あたり

キング牧師:執事は立派な仕事です
ルイス:皮肉ですか
キング牧師
彼らは勤勉に働くことで
紋切り型の黒人像を変えた
高いモラルと威厳ある振る舞いによって
人種間の壁を崩していった
執事やメイドは隷属的と言われるが
彼らは戦士なのだ
自覚なしに

http://www.moviequotesandmore.com/the-butler-quotes.html によれば,原文は,

Martin Luther King Jr.: Well why do your parents support it?
Louis Gaines: We haven't spoken about it specifically, I just know they do.
Martin Luther King Jr.: Well, what do your Daddy do?
Louis Gaines: He's a butler.
Martin Luther King Jr.: The black domestic play an important role in our history.
Louis Gaines: I didn't tell you that to make fun of me.
Martin Luther King Jr.: Young brother, the black domestic defy racial stereotype about being hard working and trustworthy.
[we see as Cecil and James serving Johnson and his wife dinner at the White House]
Martin Luther King Jr.: It slowly tares down racial hatred because it's an example of a strong work ethic and dignified character. Now while we perceive the butler to be mainly subservient, in many ways they are subversive, without even knowing it.

【関連読書日誌】

  • (URL)“瞬発力と集中力と持続力を身につけて、知性と品性と感性を磨く。磨いて、磨いて、磨きつづける。あるとき、ふっと深い霧が晴れるように、何かが少しだけ見えてくる” 『私 デザイン』 石岡瑛子 講談社
  • (URL) ”アーレントは戦時中の体験から、「世界は沈黙し続けたのではなく、何もしなかった」と考えていた。大量殺戮が始まる以前の一九三八年の「水晶の夜」にたいする各国の言論上の非難は、難民の入国制限を進めるといぅ行政的措置と矛盾していた” 『ハンナ・アーレント - 「戦争の世紀」を生きた政治哲学者 」』  (中公新書) 矢野久美子  中央公論新社 (2/3)

【読んだきっかけ】
【一緒に手に取る本】

大統領の執事の涙 [DVD]

大統領の執事の涙 [DVD]

プレシャス [DVD]

プレシャス [DVD]

“こうした彼女の行動には、少女時代に軍国主義の操り人形とされた過去への、強い自責の念が感じられる。アラブ問題に強い国会議員を18年勤め、鶴見俊輔や三木睦子らとアジア女性基金を設立、民間レベルでも元従軍慰安婦問題解決に腐心したことは、重要である” 『過去への自責の念行動に 女優・李紅蘭を悼む』 四方田犬彦 朝日新聞 2014年9月17日

女優山口淑子さん(李紅蘭)の訃報が伝えられた.山口淑子の名は,参議院議員の名前として,李紅蘭の名は,激動の時代を中国で生きた女優の名として,わずかに知っていた.特に後者については,何度かドラマ化されたのを見たことがある.最近のところでは恐らく下記であろう.

 中国で生まれ育ったこともあり,中国人女優として活躍してきた彼女は,敗戦後,中国侵略に加担した売国奴として死刑になるところであった.私が知っていたのは,テレビドラマを通じて知ったその人生の一面と,帰国後女優,司会者として活躍した後,参議院議員として自由民主党の代議士としてのその名前である.田中角栄の要請によるものであるらしい(山口淑子, http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E5%B1%B1%E5%8F%A3%E6%B7%91%E5%AD%90&oldid=52923951 (last visited Sept. 18, 2014). ).
 自民党代議士,田中角栄というところから得るイメージからは想像できない,戦後の山口淑子さんの活動を,この四方田犬彦氏による追悼文から知った.リオデジャネイロでその訃報を知った氏は,周囲に彼女のことを語り合う人間がいないことに孤独を感じたという.そして,

 わたしが親しく訪れた台湾やパレスチナの難民キャンプでは、おそらく事情はまったく違っているだろう。人々は70年前に台湾の少数民族の少女を映画で演じた李紅蘭を懐かしみ、自分たちの惨状に深い共感をもってドキュメンタリーを撮りあげたジャミーラ・ヤマグチに熱い思慕に念を送っているはずだ。
 一昔前だが、わたしが映画史家として山口さんにインタビューしようと東京・一番町のアパートメントを訪問したとき、彼女は自分のことをただ「ジャミーラ」と呼んでほしいと語った。それは難民キャンプでの日々に、パレスチナ解放機構アラファト議長から与えられた名前だった。

だが、日本人だと判明して帰国。その後、ハリウッドや香港でも活躍。70年代に入るとパレスチナ問題に積極的に関わり、日本赤軍をめぐるインタビューでテレビ大賞優秀個人賞を受賞した。
 こうした彼女の行動には、少女時代に軍国主義の操り人形とされた過去への、強い自責の念が感じられる。アラブ問題に強い国会議員を18年勤め、鶴見俊輔三木睦子らとアジア女性基金を設立、民間レベルでも元従軍慰安婦問題解決に腐心したことは、重要である。

山口淑子さんにインタビューして信じがたい話しをつぎつぎと聞いた氏は、いつかそれを纏めてみておこうかと考えている,と言う.楽しみに待ちたい.
【関連読書日誌】

  • (URL)“ダイモーンに対して取りうる最上の態度とは、それを避けることではなく、その声を耳を澄ませて聴き、そのいわんとするところを理解することだ。悲劇とは、自分のダイモーンを自覚できなかった者たちの敗北の物語にすぎない” 『再会と別離』 四方田犬彦, 石井睦美 新潮社

【読んだきっかけ】
【一緒に手に取る本】

李香蘭 私の半生 (新潮文庫)

李香蘭 私の半生 (新潮文庫)

「李香蘭」を生きて (私の履歴書)

「李香蘭」を生きて (私の履歴書)

戦争と平和と歌 李香蘭心の道

戦争と平和と歌 李香蘭心の道

男装の麗人・川島芳子伝 (文春文庫)

男装の麗人・川島芳子伝 (文春文庫)