『古代史捏造』 毎日新聞旧石器遺跡取材班 (新潮文庫)

古代史捏造 (新潮文庫)

古代史捏造 (新潮文庫)

『発掘捏造』(新潮文庫)の続編.「ジャーナリズム史に残る完璧なスクープ」と立花隆が評した石器捏造事件の発覚後数年間を追ったレポートです.私自身がこの事件の報に接したときは,松本清張の初期の社会派短編小説を思い出しました.学問の後進性は既に洞見され,こうした事件の起こることは予見されていたといっても良いのかもしれません.

前著が,このスクープをものにするまでのドキュメンタリーであるのに対し,本書はこの事件の顛末と日本の古代史学そのものに与えた影響を述べています.確かに,20年に渡って多くのボランティアとともに明らかにされてきた発掘成果の多くが灰燼に帰したという事実が,これまで真摯に学問を支えてきた人たちに与えた衝撃の大きさは察して余りあるものがあります.一方で,これを乗り越えてもう一度新しい学問を築いていこうとする努力も紹介されています.

本書で語られるこの事件は,研究者の倫理感や競争社会の歪みといったありきたりのことだけでなく,もっといろいろなことを考えさせてくれます.実験科学の研究に携わったことがある人は,「新しい事実」がすんなりと一つの実験や一本の論文で証明されることは稀であることをよく知っているでしょう.
 
例えば,S.B.プルジナーは1997年に,「ヤコブ病などの原因となる感染性たんぱく質プリオン)の発見」でノーベル賞を獲りました.しかし,10年以上に渡って巨額の研究費をつぎ込みながら確定的な実験ができていなかった時には,彼の実験結果を疑う声も出ていました.

また,常温核融合に関する日本での報道は,ガリー・トーブスの著した『常温核融合スキャンダル:迷走科学の顛末』(朝日新聞社,1993年,原著,G. Taubes:Bad Science - The Short Life and Weird Times of Cold Fusion)の出版で終結をみましたが,その本では,ボンズ,シュライマンらによる最初の実験が捏造であったことを強く匂わせています.これには異論もあるようですが,その後に報告された数々の異常熱発生の実験結果も,すべて捏造であったとはとても考えられません.artifact(アーティファクト:故意ではなく,技術上の原因などによってたまたま得られた実験結果)であったのか? あるいは,本当に起きたことなのか?

このように,最先端の研究では,その最先端性故に,捏造されたデータと本当の観測データの境界は非常に曖昧です.石器捏造事件も犯人が特定されていなければ,仮に過去の発掘が再調されたとしても,今回の再調査と同じ結論は出ていないかもしれません.

(2004.4.27の読書メモより)

2011.1.2追記

当時文化庁主任文化財調査官として,事件の渦中にいた岡村道雄氏による『旧石器遺跡捏造事件』(山川出版社)が最近,出版された.巻末に添えられた編集担当者の一文が心に染みる.35年.発覚するのがあまりに遅すぎた事件である.

【読んだきっかけ】書店でたまたま
【一緒に手に取る本】

発掘捏造 (新潮文庫)

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常温核融合スキャンダル―迷走科学の顛末

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