“そのひとの佇まいが、そのひとについてのいちばん大切な情報だと思うようになった”  『ひとりの午後に』 上野千鶴子 日本放送出版協会

ひとりの午後に

ひとりの午後に

「研究者だから考えたことは売るが,感じたことは売らない」といってきた著者によるエッセー集.軽い読み物と思わない方がよい.

著者は,古くは『セクシィ・ギャルの大研究―女の読み方・読まれ方・読ませ方 (岩波現代文庫)』で,最近では『おひとりさまの老後』で,よく知られる社会学者である.私自身は,専門書も含め上野の著作をほとんど読んでいない.しかしながら,雑誌などに掲載された小文などは拾い読みし続けてきた.その中で忘れられないのが,『多悠多恨亦悠悠 (霜山徳爾著作集)』の巻末に寄せた上野による解説である.一面識もない霜山徳爾から解説を頼まれるに至ったいきさつと霜山のこの著作への想いが語られた名文であった.ちなみに,霜山のこの著作は,私にとって一生の宝物といえる本である.

東大で上野千鶴子にケンカを学ぶ (ちくま文庫)』は,上野の学問に取り組む姿勢が良くわかる,感動的とも言える印象深い本である.本書『ひとりの午後に』も,女性の社会進出が特に厳しかった学問の世界で,著者がどのうように戦ってきたか,そしてその戦いから何を得たのかがよくわかる.生まれ育った環境,私生活など日常のエピソードにまつわる何気ない思索の一つ一つ,簡単に読み飛ばすことなどできない.著者が,考えることを生業をしていることがよくわかる.

特に「佇まい」と題する一章は忘れがたい.一部を引用しておこう.

何をするか、ではなく、だれであるか。それも肩書きや地位では測れない、そのひとのありよう、ふるまい、口のきき方や身のこなし方…つまるところ、そのひとの佇まいが、そのひとについてのいちばん大切な情報だと思うようになった。そして一緒にいたいと思わせるのはそういう佇まいの上等のひとだし、また会って時間を共にしたいと思うのも、そういう気持ちのよいひとたちだ。
(…)
そのひとの佇まいから、そのひとが過去にくぐりぬけてきた修羅場や苦悩の数々を推しはかる。詳しくは聞かなくても、あれやこれやがあって、そのひとの「いま」があるのだと、感じられる。経験と時間とでなめされ、よく使いこまれた手帖の革表紙のように鈍い光沢を帯びて、そのひとが目の前にいる。わたしはただ、それを享受しさえすればよい。
なんという贅沢だろう。


【読んだきっかけ】書店にて.
【一緒に手に取る本】

(初出は,1982年,光文社刊)
おひとりさまの老後

おひとりさまの老後

多悠多恨亦悠悠 (霜山徳爾著作集)

多悠多恨亦悠悠 (霜山徳爾著作集)

東大で上野千鶴子にケンカを学ぶ (ちくま文庫)

東大で上野千鶴子にケンカを学ぶ (ちくま文庫)

(初出は,2000年,筑摩書房刊)