“チェイニー長官と私は四年近くも一緒に仕事をしていながら,純然たる懇親の時間は一時間たりとももてなかった” 『策謀家チェイニー 副大統領が創った「ブッシュのアメリカ」』  バートン・ゲルマン  (朝日選書)

策謀家チェイニー 副大統領が創った「ブッシュのアメリカ」 (朝日選書)

策謀家チェイニー 副大統領が創った「ブッシュのアメリカ」 (朝日選書)

予想より読み切るのに手こずった.大部であることも一因かもしれないが,日本がワシントンから遠いことがその理由であろう.ワシントンポスト紙の連載をまとめたものであり,登場人物について詳しくしらないと,身近な物語としてとらえることが難しい.

本書を書評で知って飛びついたのは,コリン・パウエルの自伝,『マイ・アメリカン・ジャーニー』のエピソードがずっと気になっていたからである.少し長いが『マイ・アメリカン・ジャーニー“コリン・パウエル自伝”―統合参謀本部議長時代編 (角川文庫)』(p.286-7)から引用する.

大統領がジョージ・H・W・ブッシュ(父ブッシュ)からビル・クリントンに替わるのに伴って,国防長官であったディック・チェイニーと,統合参謀本部長のコリン・パウエルも退任する.

チェイニー長官と私は四年近くも一緒に仕事をしていながら,純然たる懇親の時間は一時間たりとももてなかった.とはいえ,二人の姿勢にはきわめて近いところがあった.考え方がとてもよく似ており,統合参謀本部の会議室でも大統領の執務室でも,相手が発言しはじめると,その結論を正確に予測することができた.私はこのもの静かな男に,仕事の上で尊敬の念を覚えたばかりでなく,心から敬愛の念を抱いた.大統領就任式の前日,階上にある長官のオフィスへお別れの挨拶をしに出向いた.(中略)
「長官はどこだい」とキャシーにたずねた.
「もう何時間か前に出られました.」私はがっかりした.少々傷つきもした.しかし,いかにもディックらしいとも思った.孤独なカウボーイは最後の「さようなら」も言わずに,夕日に向かって立ち去ったのだ.

公私を厳格に分け,職務のプロフェッショナルに徹するチェイニーの姿を彷彿される.ちょっと格好良すぎる気もするのだが,実は,この直前に次のような記述もある.退任するチェイニーのためのパーティの場でのことである.

その落ち着き払った外見からはうかがいしれないディック・チェイニーの本当の姿を紹介させてもらった.「長官は,兵器と戦略と軍事技術をたいへんよく研究されていました」と私は聴衆に語りかけた.「しかし,同時に,長官はわれわれがモノではないということに気づかれました.官僚機構でもなければ,一つのシステムでもないと心得ていただきました.そうではなく,アメリカの軍隊は手をかけなければならない人間の組織だとご理解いただいたのです.われわれ兵士は傷つくこともあれば,血を流すこともあります.訓練を積まなければなりませんし,それなりの手入れも必要としています.こうしたことをきちんと認識してくれたのです.」

控えめではあるが,チェイニーの冷徹さを印象づける発言であるともとることができる.
そこでこの人物の実像をしりたくて,本書『策謀家チェイニー』を読んだわけである.

本書を読むと,アメリカという超大国における政策の決定と実行プロセスがどのようになされているかがよくわかる.暴走を止める安全機構が何重にもある一方で,権力集中による危険も垣間見える.

ブッシュが理想家であり,マスコミによって作られたイメージよりも賢い人であることがよくわかる.一方,チェイニーは,極めて優秀なエリート官僚であり,現実主義者であった.だからチェイニーは,自分が論理的に正しいと判断した政策を実現するためには,あらゆる手段を講じる.ありとあらゆる手練手管を操って官僚機構を動かそうとする.それは,コリン・パウエルが暗に指摘した,血の通わない行動であったかもしれない.

しかるべき法律や堅固な官僚制度が,国を守るのだということもよくわかる.

【関連ブログ】『完全な人間を目指さなくてもよい理由 遺伝子操作とエンハンスメントの倫理』において指摘したように,幹細胞研究への拒否権発動の背景にある,ブッシュ,チェイニーの考え方に興味があったが,これについては,P.424に

大統領が幹細胞研究について拒否権発動を警告しても,下院はそれを無視した.

という記述があるのみであった.

【読んだきっかけ】新聞書評を読んで.
【一緒に手に取る本】
単行本は1995年刊

マイ・アメリカン・ジャーニー“コリン・パウエル自伝”―少年・軍人時代編 (角川文庫)

マイ・アメリカン・ジャーニー“コリン・パウエル自伝”―少年・軍人時代編 (角川文庫)

マイ・アメリカン・ジャーニー“コリン・パウエル自伝”―ワシントン時代編 (角川文庫)

マイ・アメリカン・ジャーニー“コリン・パウエル自伝”―ワシントン時代編 (角川文庫)

マイ・アメリカン・ジャーニー“コリン・パウエル自伝”―統合参謀本部議長時代編 (角川文庫)

マイ・アメリカン・ジャーニー“コリン・パウエル自伝”―統合参謀本部議長時代編 (角川文庫)