“古い病気に新しい治療法が見つかる.すばらしい.でも,無慈悲で,残酷な世界でもある.”  『わたしを離さないで  (ハヤカワepi文庫) 』 カズオ・イシグロ  土屋政雄 訳 早川書房

わたしを離さないで (ハヤカワepi文庫)

わたしを離さないで (ハヤカワepi文庫)

(原題:Never let me go)
2011.4.17追記

NHK ETV特集,第347回 4月17日(日)「カズオ・イシグロをさがして」】を観る.(あたりまえのことではあるが)カズオ・イシグロの小説に魅せられている人たちがこれだけいるということを知る.「私を離さないで」を舞台化することを蜷川幸雄が考えているのだそうだ.次第に種明かしがされていくミステリアスな雰囲気は,映画より小説の方がよくでていたが,これが舞台でどのように表現されるのかが楽しみである.また,カズオ・イシグロ父親海洋学者の石黒鎮雄という人にも興味を持つ.英国に永住するという決断にいたる物語などがあるに違いない.

追記終わり.

この小説については,【“われわれがなすべきことは,… 贈られたものや不完全な存在者としての人間の限界に対してよりいっそう包容力のある社会体制・政治体制を創り出せるよう,最大限に努力することなのである.”  『完全な人間を目指さなくてもよい理由 遺伝子操作とエンハンスメントの倫理』 マイケル・J・サンデル ナカニシヤ出版】でも触れたが,映画化がされたこともあり,あらためて取り上げておきたい.

稀代の小説家が持つ想像力,構想力とは,こうも凄いものかと,言葉を失ってしまう.しかも,想像の世界でありながら,そして静かな語り口でありながら,現代社会に対する鋭いメッセージを投げかける.

柴田元幸氏による解説から,

日本生まれのイギリス人作家カズオ・イシグロの第六長編にあたる本書『わたしを離さないで』は、細部まで抑制が利いていて、入念に構成されていて、かつ我々を仰天させてくれる、きわめて稀有な小説である。

  • SFに詳しい友人に本書の話しをすると,だったら,ジョン・ヴァーリイの『残像』というのがある,と言う.だが,この本は,SFの枠内におさまる小説ではない.むしろ,SFではない,と言っていいかもしれない.
  • 本書は,ミステリーでもない.にも関わらず,単行本がでた当時,毎年年末恒例の「このミステリーがすごい」などで,ベストテンにランクインしていた.謎解きもなければ,犯罪小説でもない.なのになぜ,ミステリのベストテン入りしてしまうのか.
  • 当然のことながらホラー小説ではない.でも,とても怖い小説だと感じる人もいるだろう.それはなぜか?

著者が来日時に語っているように,「人生は短い.われわれは何をなすべきか」,それが最大のメッセージだろう.

下記は,小説終章近くにおけるマダムのせりふ.

「… 新しい世界が足早にやってくる.科学が発達して,効率もいい.古い病気に新しい治療法が見つかる.すばらしい.でも,無慈悲で,残酷な世界でもある.そこにこの少女がいた.目を固く閉じて,胸に古い世界をしっかり抱きかかえている.心の中では消えつつある世界だとわかっているのに,それを抱きしめて,離さないで,離さないでと懇願している.…」

【関連ブログ】“われわれがなすべきことは,… 贈られたものや不完全な存在者としての人間の限界に対してよりいっそう包容力のある社会体制・政治体制を創り出せるよう,最大限に努力することなのである.”  『完全な人間を目指さなくてもよい理由 遺伝子操作とエンハンスメントの倫理』 マイケル・J・サンデル ナカニシヤ出版

【読んだきっかけ】単行本出版当時の書評.以来,多くの人に薦めてきた.

【一緒に手に取る本】

日の名残り (ハヤカワepi文庫)

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夜想曲集: 音楽と夕暮れをめぐる五つの物語 (ハヤカワepi文庫)

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残像 (ハヤカワ文庫 SF ウ 9-4)

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映画『わたしをを離さないで』

監督:マーク・ロマネク
製作総指揮:アレックス・ガーランドカズオ・イシグロ,テッサ・ロス
製作:アンドリュー・マクドナルド,アロン・ライヒ
脚本 原作:カズオ・イシグロ 脚本:アレックス・ガーランド
出演者:キャリー・マリガンアンドリュー・ガーフィールドキーラ・ナイトレイ
音楽 レイチェル・ポートマン
撮影 アダム・キンメル
編集 バーニー・ピリング