「ナチスの手からユダヤ人を救った外交官」という表現は,むしろ過小評価となろう.  『諜報の天才 杉原千畝 (新潮選書)』 白石仁章 新潮社

諜報の天才 杉原千畝 (新潮選書)

諜報の天才 杉原千畝 (新潮選書)

ここの10年ほどの報道や国際的再評価によって,外交官,杉原千畝(ちうね)の名前は人口に膾炙したといえよう.日本外交に貢献し,信念に基づいて人道的行動をとった人が,正しく評価されその名が歴史に刻まれるのは喜ばしいことである.

本書の魅力は,一時期のブームを経て,外交官としての杉原の足跡を,当時の国際情勢,杉原を取り巻く人物たちなどを含めて,丹念に追っている点である.著者が「外務省外交史料館」ということろに籍をおき,豊富な一次資料に触れられるという点も,本書の成立に貢献しているであろう.

杉原千畝は語学の天才でもあったという.杉原家で語られていたという冗談,「おおパパ(千畝)が一番苦手な言葉は何?」,答えは「日本語」というエピソードが微笑ましい.

p.74

この年七月に起こったスペイン内戦である.イギリスが生んだ二〇世紀最大の歴史家の一人であるE・H・カーは,一九三六年における最も重大な事件は,長年国際政局の上でとるに足らぬ役割しか演じていなかった国で発生したとして,スペイン内戦の意外性と重要性を指摘している.

この年とは,1936年.満州国在住の白系露人(ユダヤ人が多かったと言われる)は反ソ連の立場から,フランコ側に同情を寄せ,その政治活動が活発化した.

p.80

今日ほとんど知られていない杉村陽太郎だが,当時の日本人外交官の中では国際的評価が突出して高い人物であった.

p.87

バルト三国と言えば,日本では,ソ連・ロシアに近い地域に位置する,非常に似通った国々ととらえられがちだ.だが,これら三国はその歴史,文化,言語など非常に異なる.宗教を例にとると,リトアニアカトリックだが,ラトヴィア,エストニアプロテスタント.民族の点では,エストニア人のみがフィンランド人やハンガリー人のようにアジア系なのである.

p.93

吉田はこの後日独防共協定交渉に関して,ドイツは信用に値しない国であり,対イギリス関係こそ重要であるとの意見を本章にたびたび送り続けた.それは,ナチスのプロパガンダに動じなかった吉田の見識をよく示している.

p.115

同年(1939年)八月二三日,突如ドイツとソ連間の不可侵条約締結が発表されると,日本だけではなく,世界各国が驚愕した.
(中略)
平沼総理大臣はついに「欧州の情勢複雑怪奇なり」の声明を発して内閣を投げ出した.独ソ不可侵条約は,各国に様々な影響を及ぼしたが,内閣が総辞職したのは日本だけであった.

この条約によって外交上の不利益を最も被るのは,日本とポーランド.時の総理は,平沼騏一郎.いつの時代にも,政権を投げ出すことほど無責任なことはないであろう.
p.149

杉原千畝という外交官は,二〇世紀の歴史に最大の負の遺産を遺した二人の人物,ヒトラースターリンから多くの避難民を救ったと言うべきであり,「ナチスの手からユダヤ人を救った外交官」という表現は,むしろ過小評価となろう.

ヒトラーのドイツだけでなく,スターリンソ連もユダヤ人迫害をしていたのだという.ユダヤ人やポーランド国民悲劇に胸がが痛む.
p.180

その名は安江仙弘(やすえのりひろ)大佐.陸軍におけるユダヤ人問題の専門家で,杉原がカナウスに在勤していた当時,大連特務機関長の地位にあり,ヨーロッパから逃れてくるユダヤ人のために満州に開放地区,言い換えれば「ユダヤ人の国家」を作ろうという壮大な計画に取り組んだ人物だ.

こんな本があるのですね.
大連特務機関と幻のユダヤ国家』(安江弘夫著,八幡書店
p.193

天皇の松岡に対する評価はかなり低く,訪欧から帰国した後の報告を聞いたさいに「松岡はヒトラーに買収されたのか」と側近にもらしたほどであった.また,近年発見された元宮内庁長官富田朝彦(ともひこ)のいわゆる「富田メモ」の中には,昭和天皇の一九八八年四月二八日の発言が記されている.戦後の東京裁判A級戦犯として裁かれた者たちが靖国神社に合祀されたこと(一九七八年),わけても松岡や白鳥敏夫が加えられたことに強い不快感を示されたというのだ.

1988年の発言,と言う点に驚きました.

【関連ブログ】
【読んだきっかけ】書店にて.以前より興味を持っていた人物であった.帯にある手嶋龍一氏の文句は「インテリジェンスの視点から従来の杉原像が激変!」
【一緒に手に取る本】

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