“人間は表流水ばかりに気をとられないで、時には自分の川底をひっくり返して攪拌しなければいけないのかもしれない。” 『腰痛放浪記 椅子がこわい  (新潮文庫) 』 夏樹静子 新潮社

腰痛放浪記 椅子がこわい (新潮文庫)

腰痛放浪記 椅子がこわい (新潮文庫)

初出は,『椅子がこわい  私の腰痛放浪記』(文藝春秋,1991年刊)である.
世の中には,原因不明の病気,治療法がみつかっていない病気は,山のようにあり,それに苦しんでいる人も多い.そしてそれよりやっかいなのは,あきらかに体の調子がおかしいのに,どこが悪いのかわからない場合,原因がわからない場合であろう.そもそも病名さえつかないわけである.日本を代表する推理小説作家の夏樹静子の腰痛がその例であった.

3年にわたって,病院や医師を転々としたあげく,心因性のものだと判明し,心療内科の医師と出会い,断食療法を経て回復に至る物語の記録である.回復するためには,作家夏樹静子を捨て去る覚悟が必要であった.

最後に出会った二が,平木英人医師.心療内科だからなんでも心因にみえてしまうのではないかという著者の問いに,

「いや、その反対で、われわれこそ十二分に器質的疾患がないかどうかを疑ってかからなければならないのです。もし何か別の病気があるのに心因性の治療ばかりしていたら大変なことになるでしょう。」

と答え,心因性なのになぜこんな激しい痛みがでるのか,という問いには,

「心因だからこそ、どんな激しい症状でもでるのですよ。そして神経質な人ほど、自分ほど苦しいものはないと思い込んでいるのですね。」

と丁寧に答え,患者との信頼関係を作った上で,治療を行っていく.

子規の言葉から

〈悟りといふ事は如何なる場合にも平気で死ぬる事かと思つていたのは間違ひで、悟りといふことは如何なる場合にも平気で生きて居ることであつた。〉

辻邦生西行家伝』を引いて,

〈敗れた者が、敗けたことをおおらかに受け入れ、敗け惜しみなどではなく、朗らかにその運命(さだめ)に遊べば、そのとき歌が生まれるのだ〉


【関連ブログ】
【読んだきっかけ】
1997年秋頃に読んだと思われる,印象深い本.恐らく書評でしったか.
【一緒に手に取る本】
原因不明の病気で,長く苦しんだ人に,柳澤桂子さんがいる.その過程は,夏樹静子の例よりも悲惨かもしれない.

認められぬ病―現代医療への根源的問い (中公文庫)

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