“試されているのはオバマではなく私たちだ” 『正社員が没落する ――「貧困スパイラル」を止めろ!  (角川oneテーマ21) 』 湯浅誠, 堤未果 角川グループパブリッシング

堤未果による最近のアメリカ報告は,普通の日本人が知らないアメリカの現実を伝えていて,衝撃的な内容であった(例えば,『ルポ 貧困大国アメリカ (岩波新書)』,『ルポ 貧困大国アメリカ II (岩波新書)』).これらを読むと,彼の地で生活し,生きていくことが,一般庶民にとって,いかに大変なことになりつつあるかがよくわかる.
その堤未果と,派遣村の活動を通じて日本の貧困問題に取り組んできた湯浅誠が,アメリカと日本の状況を照らし合わせて語る.常にアメリカのフォロワーであった日本の現状をみて,「正社員さえ危ない」と警鐘を鳴らしている.

(1)まず,医療,保険についてのアメリカ.医師が,ワーキングプアに落ちつつあるという現状には驚愕.
P.45

ワーキング・プアに墜ちる医師
湯浅 医師が中問層から没落していくというのは、日本ではまだ聞いたことがありません。
堤 アメリカの医師が転落していった一番大きな原因は、二〇〇一年の岡時多発テロ以降に高騰した訴訟保険料なんです。医師の平均収入は年間十九万九千ドル。取材したある医師はそのうちの十八万ドルを訴訟保険に払っていました。恐ろしい話でしょう?

P.60

堤 その国民皆保険ですが、大統領が誰であっても実現するためのハードルは相当高いです。ビラリー・クリントソは夫のクリントソ政権時代にやろうとしましたが、緕局実現できませんでした。彼女は日本の皆保険制度を社会主義の成功例だと賞賛しています。でもヒラリーのような、アメリカでトヅブ百位の弁護士に入る辣腕でも、製薬メーカーや医療保険業界による議会への巨額な献金とロビー活動を前に、法案を通すことはできなかったのです。

気づいた時には遅い,ということですね,だから,「試されているのは私たち」なわけ.
P.198

 自分たちにも責任があるという言い方をしていた人は意外に少なくありません.
 墜ちた医師が言っていた言葉があります。「弱者の貧困だけを見ていたのは間違いだった」と。「国家は、国民を経済的な面だけでなく、健康な心と体で、誇りを持って十分な生活ができるところまで保障しなければいけない。にもかかわらず、そこがもうすでに侵され、壊れてきた。そのことに気がつかなかった」と。

(2)次に教育問題について.実は,日本は,国際的にみて,教育貧困国である,という事実.
P.70

湯浅 国際人権A規約を批准しながら、「高等教育をうける権利を保障するために、その無償化をすすめる」という条項に留保し続けているのは、日本とマダガスカルとルワソダだけです〔アメリカほ未批准〕。とにかく、日本は教育に対してとんでもない国なんですよ。まさに「貧困の再生産をしろ」と言っている国なんです。

P.72

堤 (中略)人闇に投資しない国はやがて滅びると思います。パーチャルマネーに投資してこれだけ痛い目にあった今、人闇への投資をもう一度見直すチャンスですよね。
湯洩 その通り。極めて重要な視点です。人間への投資はなぜかすぐに「甘やかし」と取られてしまう。しかしそうやって非難する人たちは、実は親から十分な投資を受けてきた人だったりする。人閲への投資が社会全体の底上げに結びついて、活力ある社会にしていくという視点を今こそ強調すべきと思います。

(3)福祉政策,雇用政策,教育政策について
P.84

湯浅 (略)
ただ、これは二・二六事件からもわかるように、戦前の軍隊も、貧しい農家で食えない二男や三男がいく組織だったんですね。この事実を日本入が忘れていたにすぎないんです。自衛隊員を経験している野宿の人はたくさんいます。

P.95

(湯浅報告)
しかし、私は、「正社員=勝ち組」という構図は大嘘だと考えている。何故なら、正社員の労働環境もまた悪化しているからだ。会社からは「非正規社員に比べ、高い給料を払っているのだから」とばかりに、普通に働いていてはこなせないほどのノルマが課せられ長時聞のサービス残業を余儀なくされる。

P.99

(湯浅報告)
とくに日本の社会保障の大きな欠陥は、格差是正機能の欠如である。したがって、いったん貧困化への遵を歩み始めると歯止めがかからない。

P.118

堤 国会でも派遣の議論が始まりました。派遣といら働き力には、いつ切られるかわからない不安定さや派遣会社の搾取などの経済的問題の他に、もう一つ目に見えない決定的な欠点がある。それは仲間を作るのがとても難しいことです。生きていられるだけで満足しろというのは余りにも乱暴です。労働とはお金を稼ぐだけのものじゃない。誇りや社会の役に立っている充実感、他の人とのつながりなど、お金に換算できない付加価値を得るもののはずです.

派遣という働き方の決定的欠点は,仲間を作るのが難しいことである,という堤の指摘は極めて重要.働くことの意義は何かを根源的に問う問題.

P.150

ヨーロッパでは、子供が増えても家計負担は倍増しない。児童手当が大きいからです。住宅もある程度は政府が低家賃住宅を供給している。住宅は基本的なサービスだという発想がある。しかも大学の授業料は無償。そんなに給料がバネ上がっていかなくても生活できる。

(4)悪評高きアメリカの年次改革要望書について
P.165

堤 年次改革要望書の議論によくでてくる話として、アメリカはとんでもない要求をしているというものがありますが、これは少し筋違いだという気がします。何故なら自国の利益になることを相手国に要求するのは当然のことだからです。飲むかどうかは相手の問題。年次改革要望書にNOと言えないとすれば、足りないのは日本の外交力のほうでしょう。

極めて冷静な指摘でしょう.こういうのも国際感覚のうちだと思います.

(5)ホームレス問題
P.178

 欧米では、ホームレスは失業問題じゃなく、基本的にはアディクション(依存症)問題と思っている。アディクション問題を抱えるくらいにならないと、ホームレスにはならない。
 失業してもセーフティネットがあるから、そのまま野宿に直結するなんてことはないんですね。でも日本では、失業=ホームレスになる。

「欧米では、ホームレスは失業問題じゃなく、基本的にはアディクション(依存症)問題ととらえられている」というのは,知りませんでした.なるほど,と思います.

P.180

 多重債務のように、いろいろ絡んで行く中で最終的に自殺に至るのですが、その一番手前にあるのは、欝病と生活苦なんですよ。その危機複合度が三・九とか、三・六。 だから欝病と生活苦は、人々が自殺する、本当に手前の現象になります。「家質も払えない、ライフラインも止まってしまうなかで欝状態のようになってます」と書いてあるメールを紹介しましたが、まさに自殺の、歩手前なんです。それでも「甘えている」と非難する。自殺をを減らしたいのか増やしたいのか、どっちなんだと聞きたくなる。

P.205

湯浅 アメリカは日本と違って職場の過半数を組織しないと会社と交渉権を持てませんから、そうなるでしょうね。本来は一番、貧困の拡大と中闇層の衰退に敏感でなきゃいけないのは、中問層の人たちで構成している組合、労働組合です。日本で言えば、教職員組合、それから題意企業の正社員組合。

P.221

湯浅 (略)
 とくにテレビがそうなんです。メディアは非正規雇用の扱いは、かなり怪しい形態。特に、個人請負ですね。実際には指揮命令をしているのに、契約上は個人事業主扱い。雇用保険などは当然かけなくていい。国民年金で、福利厚生は一切いりませんから。それで出来高払い。でもほとんど九時五時で拘束している。でも、契約上は個人請負。

P.234

湯浅 個人で交渉するのは大変です。私も旦雇い派遣で働いた、旦雇い派遺会社エム・クルーと個人で交渉したことがあります。あそこはデータ装備費に当たるものを一稼働五百円とっている会社で、データ装備費について交渉をしたんです。
 そしたらもう全然、相手としては話にならない。「これは返せないことになってます」の一点張り。こちらが強硬に「根拠は」と聞いても教えてくれない。とにかく、あしらわれる。
 それが、同じ内客でも、労働組合として申し入れをすると、それは労働組合法という法律に乗っかった話になるわけてす。

(6)アメリカの現実!
P.210

 二〇〇七年の夏にこういうことがありました。アメリカは、五人に一人がペットボトルの水を飲んでいるんです。私も飲んでいました。とにかく「水道の水は危ない」というキャンぺーンを、水を売っている会社が何千億ドルもかけてうつんです。
 そうするとますますベットボトルが売れる。
 ところがある時、「ペットボトルの水の味がおかしい」と誰かが言い出した。ペプシネッスルなど、大企業がいくつかあるのですが、ペプシの売っている「アクアフィーナ」という水がおかしいんじゃないかという話になった。

ペプシは,実は水道水を詰めて売っていた,という恐ろしい話.

一方で,これもアメリカの一面です.シンディー・シーハンさんは,イラク戦争で息子を失い,政府への抗議行動をはじめた人.大きな運動にまで発展しながら,批判も浴び,運動から一度は身を引いた人.これは,テレビのドキュメンタリーでも紹介されていた記憶があります.しかし,「くよくよしてはいられない.ケイシー(息子)のためにするべきことがある」といって再び立ち上がる.このたくましさ.
P.216

堤 (略)
 そしたら彼女だけでなく、今度は社会がそれを受け入れたんですね。「シソディー・シーハソさんが戻ってくる」と、その勇気が高く評価された。そしてまた彼女の周りにいろんな人が集まり、もう一度やっていこうという動きが生まれ、彼女は二〇〇八年の下院選にナンシー・ぺロシ下院議長の対抗馬として出馬しました。残念ながら落ちてしまったけれど、私はゐの時アメリカの長所を改めて感じました。あの国には敗者復活戦があるんです。這いあがってきた人を認めて受け入れる寛容な受け皿が。とくに、思想に関しての敗者復活戦があるところが素晴らしいです。

シーザー・チャベスという人,知りませんでした.
P.252

堤 それからアメリカの不買運動消費者運動をはじめ、労働者の権利運動の神様と言われているシーザー・チャベス氏。農場労働者の組合を立ち上げた人ですね。今でも彼の誕生日を祝日にしている州が沢山ある、国民的ヒーローの一人です。
 八〇年代終わり、彼の講演ですごく心に残った言葉があります。「同情票を集めるわけでもなく、お情けのためでもなく、貧困撲滅の戦士になるのでもなく、ただただ黙々と組織化しろ」。仲間を集め、組織として声をあげることによって、「可哀想だから変えてやろう」というのではなく、政治家がやらざるを得ない状況に持ってゆく。

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