“嬉しいことに、『回転について』は誰にも読まれなかった本であるというケストラーの主張が完全に間違っていたことを、ここにご報告できる”  『誰も読まなかったコペルニクス -科学革命をもたらした本をめぐる書誌学的冒険  (ハヤカワ・ノンフィクション) 』 オーウェン・ギンガリッチ 柴田裕之訳 早川書房

一粒で二度美味しい本である.しかし,一冊で二兔(天文学史的愉しみと書誌学的愉しみ)を追うにはそれなりの努力を要するであろう.
帯の文句によれば

天才科学者をつなぐネットワークは、
本の余白の書き込みで成り立っていた

コペルニクスの古典600冊の行方から
科学史上の謎とドラマに迫る会心の書

著者オーウェン・ギンガリッチは,1930年生まれのスミソニアン天文台名誉教授,ハーバード大学天文学天文学史教授.まさに彼が,生涯をかけて調べ続けた結果をまとめた「会心の書」であろう.
著者曰く,

 本書では以下、きわめて専門的な十六世紀の学術論文が、宗教改革さえもしのぐほど重大な革命の起爆剤となったいきさつを探り、この本が破格の値のつく文化的シンボルへと祭り上げられていった過程をたどっていく。だが,もっとはっきり言えば、本書は『コペルニクスの『回転について』の注釈つき調査』のできあがるまでをまとめた個人的回顧録なのだ。こちらの本は、二〇〇二年二月に出版された四〇〇ページに及ぶ参考目録で、コペルニクスの最高傑作六〇〇部について一点一点説明したものなのだ。

 ものの見方や価値の大きな変革が急激に起こることを「コペルニクス的転回」というが,これはカントが自らの認識論に対して用いたのが最初らしい.さてここで,天文学史上の問題は,天動説から地動説への「コペルニクス的転回」は,本当にあったのか,ということと,転回があったとすればどのように転回が起こったのか,ということになる.
 コペルニクスによる『回転について』の初版(1543年ニュルンベルク),第2版(1566年バーゼル)のうち現存する600冊を調べることによりその答えに近づくことができるのである.なぜなら,その時々の所有者による詳細な書き込みがあるからである.100冊に及ぶ『回転について』の書き込みを調べることによって,当時の専門家が,いつ,どこで,何を考え,何を思ったか,を探ることが出来るのである.まさに,explore なのである.これがとっても大変で,だけど愉しい旅であることが本書を読むとよくわかる.

P.17

嬉しいことに、『回転について』は誰にも読まれなかった本であるというケストラーの主張が完全に間違っていたことを、ここにご報告できる。もっとも、そう確信するのにほぼ一〇年を費やし、本の及ぼした影響を入念に実証するのには三〇年の歳月を要した。最終的に見つけ出した本の所有者は、聖人や異端者、ならず者、音楽家、映画スター、呪医、蔵書マニアら、じつにさまざまだった.だが、なかでも興味深いのは、もともと天文学者の手元にあって書き込みがされた本だ。太陽中心の宇宙論が現実の世界を記述したものとして受け入れられるまでの紆余曲折が、これらの本から浮かび上がってくる。ここに登場する天文学者たしの争いと、新しい現実と折り合うために教会が繰り広げた苦闘のどちらにも興味が尽きない。

アーサー・ケストラーは有名なジャーナリスト,科学ジャーナリストで『夢遊病者たち』の中で,『回転について』を誰にも読まれなかった本,という烙印を押しているのだ.それを覆した著者の科学史上の功績は大きいだろう.でも,ケストラーはなぜ間違えたのか.

【関連読書日誌】
【読んだきっかけ】
書評.
【一緒に手に取る本】

天体の回転について (岩波文庫 青 905-1)

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ケストラーと言えばこれ,
真昼の暗黒 (岩波文庫)

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だが,私のケストラーとの出会いは,高校生のとき名古屋の丸善で,下記を手に取ったことに始まる.
サンバガエルの謎―獲得形質は遺伝するか (岩波現代文庫)

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日本でもかなりよく読まれました
偶然の本質

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機械の中の幽霊 (ちくま学芸文庫)

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ホロン革命

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ケストラー自身ユダヤの血を引き,中央アジアのユダヤ国家についての本もある.
ユダヤ人とは誰か―第十三支族・カザール王国の謎

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自伝も出てるのですね.
ケストラー自伝―目に見えぬ文字

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