“オイラーの水晶のように透明なラテン語は、西洋の学者たちがこの言語で書くのをやめたときに西洋文明が失ったものに気づかせてくれる” 『素数に憑かれた人たち ~リーマン予想への挑戦~』 John Derbyshire, 松浦俊輔訳 日経BP社

素数に憑かれた人たち ~リーマン予想への挑戦~

素数に憑かれた人たち ~リーマン予想への挑戦~

 何度読んでも,いつ読んでも面白い.実によくかけた本であると感心する.
 数学の難問が解けたり,解けそうになると,必ず一般向けの解説書や,解決に至る物語を綴った歴史書が出版される.そして読んで面白いのは,その両方を目指した本であり,実際数多く出版されている.暗号,四色問題フェルマーの大定理ポアンカレ予想,すべて然りである.その中で,私がこれまで読んできた中では,本書がベストである.
 本書は,リーマン予想を扱ったものなのだが,素数という題材そのものが魅力的で謎に満ちているという以外に,本書が成功している理由は二つある.奇数章に数学的な記述,偶数章に歴史的な時代背景をおくという構成の妙があるのだが,そのどちらの章も実にうまく書いているのである.
 著者は,大学で二つ三つの数学の講義をとった程度の読者を対象におき,なんと,リーマン予想微積分を使わずに説明をするという目標をおいたらしい.残念ながらこの目標はわずかばかり達成できなかったようだが,落ちこぼれを作らないための努力,仕掛けがあって,少しでもこの素数の世界の不思議さを伝えようというサービスが行き届いている.
 もう一つの,偶数章の充実ぶりが本書のもう一つの大きな魅力となっている.数学者をとりまく様々なエピソードが添えられていて,数学史の域を越えて,数学者を軸とした西洋史を語っているという感じであり,だからこそ数学者たちの生き様が,活き活きと伝わってくるのであろう.
 それは,例えば,こんな一文からもうかがえる.
P.88

オイラーの水晶のように透明なラテン語は、西洋の学者たちがこの言語で書くのをやめたときに西洋文明が失ったものに気づかせてくれる。オイラーラテン語で書いた最後の一流学者だった。ラテン語で書かなくなったことは、ナポレオン戦争以後に生じた変化の一つである。ナポレオン戦争の終結を告げるウイーン会議は、ヨーロッパに原状回復を図る反動勢力の集まりだったが、実際にはこの戦争がすべてを変えてしまい、会議の後で同じことは何もなかったのがおもしろい。このことについては、歴史家のポール・ジョンソンの『近代の誕生』とい好著がある。

 さらにこの後には,オイラーを語るのに,リットン.ストレイチー(イギリスの伝記作家としてつとに有名.ケンブリッジの人ではなかったか)が引かれていたり,次のようなエピソードも添えていたりする.

 オイラーは初のポピュラー・サイエンスのベストセラー、『あるドイツ少女への手紙』を書き、一般の読者へ向かって、なぜ空が青いのか、なぜ月は昇るときに大きく見えるのかなど、よくある疑問について説明している。

ちなみに,本書の1/3くらいのところで,オイラーが証明した素数に関する『黄金の鍵』に到達する.(下記)

sは任意の数なのだが,驚くべきは,左辺は,「自然数(n)」に関する和であるのに対し,右辺は,「素数(p)」に関する積の式となっている.素数は飛び飛びでその規則性すらわかっていないのに,こんな等式が成り立つのだ.s=1とおいて,両辺を展開すると下記のようになる.

リーマン予想への道筋は,ここからだんだん難しくなっていく.

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