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“人生は哀しみとともに歩むものだが、決して悲嘆するようなことばかりではない” “ ただ私は一冊の、一行の言葉が、人間に何かを与え、時によっては、その人を救済することがあると信じている” 『なぎさホテル』 伊集院静 小学館

なぎさホテル

なぎさホテル

伊集院静が,作家としての地位を確立する前の若い頃,7年間をすごしたという「なぎさホテル」,このホテルのことは,伊集院のエッセーでときおり語られ,ずっと気になっていた.こうして,1冊になって,特別な感慨をもって,このホテルとホテルを取り巻く人々の人生を読む.伊集院の小説やエッセーが多くの人を引きつけるのは,人生の哀しみを十分知った上での凛とした生き様がその後ろにあるからだろう.

帯から

このホテルは今でも私の夢の中に生き続けている
苦悩する若者を温かく受け入れ、
家族のような目で見守ってくれた伝説のホテルとその人たち。
絶望から再生へ、作家・伊集院静が誕生するまでの
7年余りを初めて綴った自伝的随想15章。

持って行き場のない怒りをかかえて、うろうろと街を徘徊し、人を妬み,裏切り,失望し、大勢の人たちに迷惑を掛けて生きていた。
 それでも、あのホテルの一室で見つめていた時間の中に、甘酸っぱい匂いがしてくるのは、或る日,突然迷い込んできた、一人の若者を、家族のような目で見守ってくれた人たちがいたからだろう。

P.8

私はこのホテルで大人の男へのさまざまなことを学んだ。人生は哀しみとともに歩むものだが、決して悲嘆するようなことばかりではないということである。

P.136

ただ私は一冊の、一行の言葉が、人間に何かを与え、時によっては、その人を救済することがあると信じている。音楽の中にある力にも、舞踊にも、絵画にも、彫刻にも、戯作にも、一見世の中に直接的に必要とは思えない分野にも、人間にとって欠かせないものが存在するから、こうして人間は、それらを手離さないと思っている。

P.171

山頭火を私が今ひとつ好きになれないのは、ひとつに同郷人(山口・防府)ということもあるが、中央指向への執拗な強さと、それを否定し、前述のような句を平気で詠む、彼の身の置き方に卑しさを感じるからである。

前述の句とは,「焼き捨てて日記の灰のこれだけか」.これにつづいて次のように書く.

吉行淳之介氏に関する誰かの随筆か何かに(ひょっとすると担当編集者の述懐かもしれない)、吉行氏が嫌悪するもののひとつは、酒場や、それに似た場所で、いずれ小説を書く書くと酔い戯れに口にして、いっこうに小説を仕上げない輩である、とあった。しかも珍しく荒々しい口調だったという。今でも、そういう類いの人はいるが、吉行氏は、小説を仕上げることが、己へのみじめさ、他者への自己の露見を含めて、いかに切ないものか、それが氏の荒々しい口調になったのではと思う。

P.174

画家のジョアン・ミロは、晩年のインタビューで、彼の陶版画や大きなモニュメント製作を手伝った(画家は共同作業と呼ぶが)陶工たちの素晴らしさを何度も口にし、彼らに技術を伝授して来た父、祖父、親方,兄弟子…といった、すでにこの世にない人々を絶賛していた。画家は、彼等の無名性に尊厳を抱くと語った。そこに気付くまで、八十年の歳月を要した、と吐息を雫した。

TV番組の取材で,ミロの作品と人生を追った時のことを別のエッセーで書いている.いかなる作品もその人の人生が反映されているものであり,人生がだめな人は,その作品もだめだというのが氏の持論であるが,ミロの人生は好きになれない,と言う.

ほとんど触れられていないけれど,なぎさホテルの思いでは,氏の前妻,女優の故夏目雅子の思い出と重なる.これも別のエッセーだが,結婚直前に,氏の故郷山口へ,家族とともにお墓参りに行った時の描写が忘れられない.その1年後,夏目雅子はそのお墓にはいることになる.夏目雅子は,単なる美人女優で,お嬢さん女優でもない.本気で女優を志した情熱の人であった.

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