“日本の人々は生と死との冷厳な現実を、恐らくは西洋の人々以上に、底の底まで知っている” 『死よ驕るなかれ  (岩波新書 青版 (40)) 』 ジョン・ガンサー, 中野好夫, 矢川徳光訳 岩波書店

死よ驕るなかれ (岩波新書 青版 (40))

死よ驕るなかれ (岩波新書 青版 (40))

ジョン・ダンの詩で思いだし,引っ張り出してきた古い本.
著者のジョン・ガンサー(1901-1970)は,著名なジャーナリストで,「ヨーロッパの内幕」など「XXXXの内幕」などの著書で知られる.読んだのは1977年.第一刷りがでたのは,1950年だから,60年以上も前の本である.

原題は,“Death Be Not Proud A Memoir".

ガンサーには一人の息子がいた.恐らく,知性溢れる両親のもとで,経済的にも恵まれ,当時としては最高の教育を受けていた.また,彼自身も,才気煥発,才能に恵まれ,高校時代から既に大学レベルの物理学を学び,芸術にも秀でていた.将来を嘱望される秀才であり,両親にとってはかけがえのない一人息子であった.ところが,神様は残酷なもので,高校生の時に,星状芽細胞腫(アストロブラストーマ)と診断され,17歳でその生涯を終える.本書は発病から死に至るまでの戦いの記録であり,父親による回想録である.

1947年当時のあらゆる医学的知識を総動員して,おそらく受けうる限りの最高の治療を試みる.外科手術,X線照射,食餌療法,マスタード療法.マスタード療法のマスタードは,毒ガス兵器に使われるマスタード・ガスであり,これを静脈に注入すると抗がん効果が現れるという最新の知見に基づく治療であった.マスタード療法は,改良された化学物質が,抗がん剤として使われている.

日本語版への序文より

ある感情―たとえば仮借なき不運にもめげぬ希望、勇気、苦難の克服、信仰というようなもの―は、どこにあっても変わりはない。日本の人々は生と死との冷厳な現実を、恐らくは西洋の人々以上に、底の底まで知っている。

母の言葉

死はいつでも、人間を、とつぜん、生命に直面させます。何ものも、たとえ自分の子供の誕生でさえも、その子供の死ほどには、人間を生命に接近させるものはありません。

お医者さまがたは無力でした。私たちも無力でした。そして、必要な時には必ず私どものそばにいてくださる神、無限の智慧と慈悲と親切とをそなえておいでになる神様、全能にまします神―その神様もまた、神様なりに、無力でいらっしゃいました。

ジョン・ダンの詩は,本書の冒頭に引用されている.ヘミングウェイの「誰がために鐘は鳴る」とともに,桂冠詩人ジョン・ダンを知ったきっかけ.

死よ、驕るなかれ、汝を呼びて、力あり、
恐るべきものとなすものあれど、しかはあらず。
汝がたおしたりとうぬ惚るる人も、死するにはあらず、
あわれなる死よ。汝は我を殺すことあたわず。
汝(な)が影にすぎざる憩い、また眠りすら、大いなる楽しみの源といえば、
まして汝は、さらに大いなる楽しみの源ならむ。
われらの優れたる人々こそ、むしろ汝がもとへとは急ぐものを――
けだし、そは肉体の憩い、彼らが霊の救いなればなり!
汝は運命、奇禍、暴君、また希望(のぞみ)たえし人びとの奴隷。
毒物と戦争と疾病とともにこそ、汝は常にあれ。
ただ眠らしむることよりいえば、罌粟(けし)、さては魔呪すらも、
汝が一撃より験(しるし)まされるものを。さらば、汝、何すればとて驕るや?
やがてたまゆらの短き眠り過ぎなば、われは永遠(とわ)に目覚め、
もはや死は、たえてあらじな。死よ、死すべきは汝なれば!

ジョン・ダン

【関連読書日誌】
“悲しみの谷では、翼を広げよう” 『死の海を泳いで―スーザン・ソンタグ最期の日々』 デイヴィッドリーフ, David Rieff, 上岡伸雄訳 岩波書店
【読んだきっかけ】
1977年3月読了.
【一緒に手に取る本】

ガンサーの内幕 (1963年) (みすず・ぶっくす)

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ジョン・ガンサーの伝記がでているらしい.
Inside: The Biography of John Gunther

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悪性グリオーマを発症した外科医による記録.昔に読みました.
医者が末期がん患者になってわかったこと (中経の文庫)

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