“政府での仕事は大儲けできるものではないが、私はCIAで働いた日々の1日たりとも、『フォーチュン』誌の〈働きたい会社ベスト500〉の“最高経営責任者(CEO)”と交換したいと思わない” 『フェア・ゲーム』 ヴァレリー・プレイム・ウィルソン, 高山祥子訳  ブックマン社

フェア・ゲーム

フェア・ゲーム

普通に,つまり何気なく,新聞を読んだり,テレビのニュースを聞いていて,あれっ,と違和感を持つことがある.
その違和感とは,論理の流れ,事実の流れが,なんとなく腑に落ちないというものであって,その原因は自身の無知によるものではあるが,ものを知らない一般庶民にとって,この違和感は,身を守るために重要な感覚ともなる.かつて,そのことを感じたのは,例えば,FSXの開発に関わる報道であった.その背景は,ニッポンFSXを撃て―たそがれゆく日米同盟 (新潮文庫)を読んで初めて理解した次第.本件も似たようなところがある.元ニジェール大使による告発,その後に続く,その妻がCIAに勤務するスパイであったという報道.CIAという言葉だけできな臭く感じる日本人にとって,その背景にある真実を知る由もない.
 先日公開された映画「フェア・ゲーム」を観た.普通は映画の原作本などは買わないのだが,書籍の方が映画より情報量は多いことが多いから,CIAという組織の内実を知りたいとも思ったし,何より,この本は原稿に検閲がされていて,黒塗り部分がそのまま印刷されている,というその出版形態への興味あった.検閲を行ったのは,CIA出版物検討委員会であり,勤務契約上必要だとのこと.
 黒塗り部分の多くは,その後の報道により公知のものが多いにも関わらず,CIAは許可しないらしい.ちなみに,原著には,ジャーナリストのローラ・ローズン氏による後書きが付録としてついていて,黒塗り部分を推測できる部分もあるという.ちなみに,その翻訳を読むことができるURLが,日本語版には記載されている.
 上杉隆氏による日本語版序文「9・11と3・11」より

この『フェア・ゲーム』の時代の米国よりもアンフェアな洗脳国家になりつつある日本で生き抜くために必要なものは何か。それはヴァレリーが示してくれた「疑う力」に他ならない。「疑う力」を養うために、本書は3・11後を生きる日本人にとって必須のガイドブックとなるに違いない。

 序文の前に,日本語版編集部による「ジョージ・W・ブッシュ政権とイラク戦争」と題する背景説明がある.立花隆氏が,「現在の大学生にとって有史とは,9・11以降のこと」と言うように,2001年,J・W・ブッシュの大統領就任以降の出来事の流れを補っておかなければ,本書の内容はつかめないであろう.
 探偵ごとと同じく,この「疑う力」は,「違和感」からはじまる.だから,みずからの嗅覚をするどく研ぎ澄ませておくこと,そして,違和感を放っておかないことが大事,ということか.
 著者ヴァレリー・プレイム・ウィルソンによる序文より

個人的な経験とCIAに対する失望にかかわらず、私は仕事を愛していたし、国に仕えたことを誇りに思っている。(中略)政府での仕事は大儲けできるものではないが、私はCIAで働いた日々の1日たりとも、『フォーチュン』誌の〈働きたい会社ベスト500〉の“最高経営責任者(CEO)”と交換したいと思わない。

 一アメリカ市民は,真珠湾をどう受け止めたか。元空軍大佐の父親の記憶

1941年12月に日本が真珠湾を攻撃した際には、シャンペーンのイリノイ大学で勉強をしていた。その翌日,大学構内から人影が消えたことを、父は覚えているという。適正な男子学生全員が、軍務の登録をしに出払ったのだ。

 CIAでの面接試験でのこと

「あなたが海外のホテルの部屋で男性情報提供者と会っていると、突然ドアを叩く大きな音がしました。“警察だ、中に入れろ!”という声がします。どうしますか?」

さて,模範解答は?
 P.64

 増大する核拡散の脅威を専門に扱う部署が、1996年以前に合衆国政府にひとつもなかったというのはショックだった。1995年に東京で起きた地下鉄サリン事件で、我が国の保安の落ち度が明らかになった。

P.103夫がニジェールへ核取引の証拠を探しに行く

あのときチェイニー副大統領が、前例がないほど頻繁にCIA本部にやって来ては、分析者と会い、イラク大量破壊兵器WMD)を持っているという政府の主張を補完できる証拠を探していることを、私は知らなかった。

P.153

(夫の)ジョーが“その年、真実を告げた者”として、第1回ロン・ライデンアワー賞を受賞することになったのだ。ロン・ライデンアワーとは、1969年にミライでの大量虐殺の詳細を、議会とニクソン大統領とペンタゴンへの手紙に書いたベトナム退役兵だ。

P.160アメリカ人は皆,ひとそれぞれの多様な来歴を持つ.

曾祖父のサミュエル・プレイムヴォッキは、1892年にウクライナの小さなユダヤ人村からシカゴに移住した。

P.162彼らの味方についた弁護士が,リック・フィッツジェラルド
P.188

9・11以降,権力の廊下で幅を利かせている新保守主義イデオロギーによれば、中東の地図を“改造”するためにイラクでの戦争を選択したことは、望みどおりの結果をもたらすはずだということだ。私たちの社会では、年を追うごとに“有産者”と“無産者”の格差が増した。この国の自慢だった中間階級は、ますます重圧に苦しんでいる。基本的な市民的自由が攻撃にさらされている。

P.237 People for the American way 25周年記念におけるジョーの講演から

 かつてジョージ・オーウェルは書きました。“世界的欺瞞の時代には、真実を口にすることは革命的行為だ”と。これは世界的欺瞞との戦いです。

 町山智浩氏による日本語版解説によれば,映画『フェア・ゲーム』を監督したダグ・リーマンは,『ボーン・アイデンティティ』でCIAによる外国の国家元首暗殺を描いた監督で,その父,アーサー・L・リーマンという弁護士で、レーガン政権によるイラン.コントラ疑惑を追及した上院調査委員会の首席顧問でもあったという。
 そう,映画の最後に本人が登場する!
 夫妻は,大統領府,CIA,マスメディア,ジャーナリズムからの攻撃にさらされる中,夫婦関係も危うくなる.だが,(映画にも出てくるが)彼女は,最終的に,「どんなことあってもこの結婚生活だけは,守る」と決意する.それは,最後の意地であったろう.
【関連ブログ】
『策謀家チェイニー 副大統領が創った「ブッシュのアメリカ」』  バートン・ゲルマン  (朝日選書)
もう1回読みかえしてみたい.
【読んだきっかけ】
映画を見た,本屋で見て.
【一緒に手に取る本】
スパイものや,国際疑惑ものは,何を信じてよいのかわからないところがあるが,下記は,信頼している本.

秘密のファイル〈上〉―CIAの対日工作 (新潮文庫)

秘密のファイル〈上〉―CIAの対日工作 (新潮文庫)

秘密のファイル〈下〉―CIAの対日工作 (新潮文庫)

秘密のファイル〈下〉―CIAの対日工作 (新潮文庫)

たそがれゆく日米同盟―ニッポンFSXを撃て (新潮文庫)

たそがれゆく日米同盟―ニッポンFSXを撃て (新潮文庫)

イラク戦争を理解する上で,必読の書と言われる本.ちょっと驚きの本.何の理由もなくテロなんてしない.
イラク戦争のアメリカ

イラク戦争のアメリカ

以下は,本書で紹介されている本.
暗号名イントレピッド (上) (ハヤカワ文庫 NF (118))

暗号名イントレピッド (上) (ハヤカワ文庫 NF (118))

単行本は1978年刊.筆者がCIAに興味をもったきっかけ.(P.20)
八月の砲声 上 (ちくま学芸文庫)

八月の砲声 上 (ちくま学芸文庫)

単行本は1986年刊.2002年当時の中東の雰囲気は,上記書に描かれている第一次世界大戦初期の雰囲気に似ていた,という.(P.109)
On the Brink

On the Brink

CIAヨーロッパ課のチーフで,2005年に退職した人の著書.(P122)
Hubris: The Inside Story of Spin, Scandal, and the Selling of the Iraq War

Hubris: The Inside Story of Spin, Scandal, and the Selling of the Iraq War

この疑惑を最初に指摘したジャーナリストによる本『傲慢:混乱と醜聞、イラク戦争を売る』(P.228)
攻撃計画(Plan of Attack)―ブッシュのイラク戦争

攻撃計画(Plan of Attack)―ブッシュのイラク戦争

(P.228)
わたしはCIA諜報員だった (集英社文庫)

わたしはCIA諜報員だった (集英社文庫)

帝国の傲慢(上)

帝国の傲慢(上)

元CIA職員による本.故に,著者は,本書の刊行がこれほどの妨害を受けるとは思っていなかった(P.236)