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“死者は永遠に去って、生者に語りかけには絶対戻って来ない、と思うのは、明らかに間違っている。死者は生者に語りかけに戻ってくる。それこそが彼らのすることだし、死者の主な仕事と言っても良い。” 『アンドレとシモーヌ―ヴェイユ家の物語』 シルヴィヴェイユ, Sylvie Weil,稲葉延子 春秋社

アンドレとシモーヌ―ヴェイユ家の物語

アンドレとシモーヌ―ヴェイユ家の物語

ヨーロッパ,特に,フランスを主たる住処としたユダヤ人一家,ヴェイユ家の,それを囲む一族のものがたりである.ただ,著者,シルヴィ・ヴェイユ父親が,アンドレ・ヴェイユであり,叔母(父親の妹)がシモーヌ・ヴェイユであるとなると,単なる一族の物語ではない、特別な意味を持って来るであろう.
 アンドレ・ヴェイユは,リーマン予想を追いかけた数論の大家であり,シモーヌ・ヴェイユは,1943年に34歳で亡くなったフランスの思想家である.なんという兄妹であることか.ともに,20世紀を代表する知性.シモーヌのことは,名前くらいしかしらなかったが,本書で,彼女がフランスでは,聖者のように扱われていることを知った.そんな,父と叔母をもった著者.ことに,シモーヌの生まれかわりという見られ方をすることの多かった,著者の重圧.
 表帯より

ヴェイユ家の人々が
「活き活き」とよみがえる
気むずかしくかんしゃく持ちの父アンドレ
現実感覚にまったく欠ける叔母シモーヌ
聖女のママンになった祖母セルマ
振りまわされてばかりの几帳面な祖父ベルナール
そして、叔母にそっくりな容姿で生まれてしまった「私」

 裏帯より

叔母シモーヌの死とともに
ばらばらになってしまった「家族」を
つなぎなおすために紡いだ、〈肯定〉の物語

P.16

死者は永遠に去って、生者に語りかけには絶対戻って来ない、と思うのは、明らかに間違っている。死者は生者に語りかけに戻ってくる。それこそが彼らのすることだし、死者の主な仕事と言っても良い。

P.17

彼は歴史家として、歴史を通じて、数の定理に関して大著を作成しようとリサイクルしたのだった(『数論-歴史からのアプローチ ハムラーピからルジャンドルまで』)。この本の口絵には、七世紀の唐の太宗皇帝の墳墓の浅い浮き彫りの写真が掲載されており、軍馬を現していて、さらには、数学者S・S・チャーン(陳省身)によって、中国の故事「老馬識途」(韓非子『説林』)の書が寄せられている。

P.50 以下は,アンドレに関する記述

というのは、私たちの天才は、数学だけでは済まなかった。彼の脳はその触手をあらゆる方向へと伸ばす蛸のようだった。彼は、ラテン語の詩句もギリシャ語の詩句もホメロスやテオクリトスその人が朗誦しているかのように響かせることができた。そのうえ、彼は現代ギリシャ語の文法や文字、現代の選文集とは似ても似つかない文字の大部の書物を読んでいた。またサンスクリット文字を読みこなしていた。その字体は全く奇妙としか言いようがない。彼はダンテのイタリア語を話し、セルバンテススペイン語を話した。同様に、ほとんどの現代の言語を。ただし、彼がそれらの言語を生き生きと話したわけではないとは付け加えておくべきだろう。

P.74 アンドレが,著者に語ったことば.これが満たされる人はほんの一握りだろう.

情熱を抱く。そしてその情熱で、生活の糧を得ることができるのであれば、それはこの低俗な世の中で望み得る最善のことだ。
これこそが、父が私に言っていたことである。

P.98 そう.この頁には,ブルバギの写真がある.本でしか知らなかったブルバギの写真!

こうしたことにもかかわらず、シモーヌは兄を狂信的に賞賛し、そして純粋の真理の形に近づくとして、彼を羨むことができたのだ。数字や式でノートの何ページも埋めて、彼女は、アンドレの横で、数学者集団ブルバキの会議に参加し、彼女は数学的知識を理解するために、大いに苦労していた。これはブルバキの会議での写真が明らかにしている。ブルバキメンバーの一人クロード・シュヴァレー家の庭で、全員が、肘かけ椅子に腰をおろしている。アンドレは皆の頭上にある大きな鐘を揺らしている。シモーヌだけが、自分のノートに勤勉にも身を屈めている。

P.126 父方,母方のそれぞれの一族の歴史が語られる.どれも,一つの物語である.

今、名字を、正確にはユダヤ系の名字を話題にしているので敢えて話すのだが、一族によれば、初代ラインヘルツ(狼に喰われた男、もしくはその父親)は役人に賄賂を渡してまで「清い心」を意味する高貴な名字を手に入れたとのことである。オートリア・ハンガリー二重帝国に住むユダヤ人に名字が与えられた頃の話である。ローエンヘルツ、獅子の心、この名前にも心惹かれたかもしれない。だがまた、賄賂を出せない、ひとりの貧乏な甲斐性無しが、私たちの祖先の前か後ろで名字をもらう順番を待って、費用のまったくかからないが優美ではないカルキュル・ビリエール(胆石の意)という名を受け取って、帰宅するといった光景もあったのかもしれない。

P.131

ひょっとして、コサックの襲撃にさらされたこの列車の家族の物語は、単なる言い伝えなのだろうか。おそらくは、私たちはジュール・ヴェルヌの『皇帝の密使』の独自のヴァージョンを作ることができただろう。とにかく、テーブルセットが入った箱とエルミーヌの結婚支度一式(家庭で刺繍した品々)のみならず何冊かのベートーヴェンの楽譜が入っていた皮の大型トランクが、タガンログとロストフの間のどこかで確かに消えてしまったのは事実である。

P.133 ヨーロッパに住んでいたユダヤ人を襲った恐るべき現実.

その他にガリツィアの他の小さな町出身の一万から一万二千人のユダヤ人も、同様に、絶滅を待ちながらベレジャニの町で囲い込まれて、生存者はほとんどいない。
かなり以前のことだが、私が関心を持ち始め、過去を顧みて、それほど遠い昔ではない私の祖先が生きていたその場所に、親近感を持って自分の視線を注ぎ始めてすぐに、私は、直ちに身の毛がよだつ実態に気づいた。このことを私は言わざるを得なかった。
因みに、これらの町は、現在では、ウクライナ共和国に属している。

P.138

イジドールは二年間不在であった。その後、彼は帰国し、「アメリカは物質主義者の国で、文化のない国であるから、ストラスブールアブラハムヴェイユの一族には居心地が悪いであろう」と報告した。

P.140

彼女はこれらすべてのことを、数十年後に私をサンフランシスコに呼んだ際に語った。私はハーヴァード大学の学籍簿の記録を調べ、ブランシュー=カリフォルニアが、その年、ハーヴァード大学で博士号を授与されたおそらくは唯一の女性ではないことを知った。プシュケという名前の人物が、博士号授与名簿にあったプシュケが男性であったとは想像しにくい。それでは、彼女の話にいささか誇張があったのだろうか。あるいはプシュケは、アルフォンスの娘よりはるかに従順な内気で仕様もない人物で、式典に出席することをずっと以前から断念しており、賢明にも、自分の博士号が郵送されるのを待っていたのだろうか。

P>168 アンドレは,結局,フランスでは教授職を得ることができなかったと言う.

アンドレは、数学という名のもとで、フランスが宣戦した際にフィンランドに留まるという自らの思慮のない選択により、全生涯、報いをうけた。国土解放後、アンドレは、大学でポストを再び得てフランスに当然帰国するものだと思った。コレージュ・ド・フランス〔フランソワ一世が創立したパリにある高等教育機関〕も話題に上った。ブルバキの仲間であった何人もが努力し、アンドレのために力を振り絞って闘ったにもかかわらず、戦後の恨みと敵対関係が、大学の「体制的な」そして「独善的」教授陣から成る秘密結社のような小集団が道を外さぬよう、彼のフランスへの帰還に立ち塞がることに成功した。

P.205 著者が,シモーヌへ書いた手紙.重たい,重たい現実.

それでも、私にはあなたに書きたい追伸があります。
わかりますか。一九四二年末に、あなたにロンドンで会った人のことですが、彼が、私に以下のことを断言しました。強奪や、強制移送や、ユダヤ人の母親から引き離された子供たちや赤ん坊たちが、「非人道的な条件の下」(私はその年のBBCの公式発表を引用しています)、ピティヴィエやドランシーの仮収容所に送られるのを、あなた方は知っていたと。そして、そのドランシー仮収容所から……そのとき、あなた方が知っていたならば、「私自身の絶望の底から、私を引き出すことができるのは両親だけだ」と書いているあなたが、どうして、無惨にも母親から引き離され、恐怖に慄く哀れなユダヤ系の赤子たちに、想いの欠片ひとつ寄せず、言葉ひとつ掛けなかったのか。それは何故なのでしょうか。

P.214 アンドレは日本が好きだったんですね.

日本は感情を隠す国であると、父は、最初の日本滞在の後、家族に語っていた。彼は日本人になって戻ってきた。「私は昨夜お約束に伺えませんでした。母が亡くなりましたので」と人は言うだろう。これらの言葉に微笑みを添えるだろう。微笑みというよりはむしろ、かすかにばつが悪そうな笑いだ。
父は、声色、表現、軽い会釈、特にばつが悪そうな笑いを完壁に真似していた。彼の説明によれば、相手の居心地を悪くさせてはいけない、自分の悲しみを相手に押し付けてはならない、これが重要なのである。それで、「私の母は亡くなりました」という言葉に、かすかな笑いがつくのだ。「もしかしてあなたの居心地を悪くさせるかもしれないことに申し訳ございません」というのである。

P.223 京都賞受賞時におけr,黒澤明監督とのひとこま.

「私はあなたより大きく得をしていますよ。私はあなたの作品を好きになり賞賛することもできるが、あなたは私の仕事を好きになることも賞賛することもできないですから」
この褒め言葉に裏の意味を看てとる人がいるかもしれない。だがそれは、アンドレの意図からは遥かに遠かった。

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【読んだきっかけ】
書店にて
【一緒に手に取る本】

数論―歴史からのアプローチ

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根をもつこと(上) (岩波文庫)

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ヴェイユの言葉 (大人の本棚)

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娘の眼から―マーガレット・ミードとグレゴリー・ベイトソンの私的メモワール

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なんか,この本を思いだしました.これも名著です.