“その人は、ステージのかぶりつきまで押し出してきて、人一倍大きな手拍子を打ち、踊る役者たちに向って、「イヨッ、日本一!」「待ってマシタ!」等の掛け声をだれ揮ることなく浴びせかけている。「ここにもひとり、本当にテレビドラマを愛している人がいるのだ」と、そう思うよりほかに僕には理解の仕様がなかった。” 『淋しいのはお前だけじゃない』 市川森一 大和書房

淋しいのはお前だけじゃない

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淋しいのはお前だけじゃない [DVD]

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市川森一氏が逝った.新聞では,ウルトラセブンの脚本を書いた人,というような紹介のされ方が多いが,そうじゃないだろう,と思っていたのは私だけだろうか.市川森一の名前を人口に膾炙したのは,「淋しいのはお前だけじゃない」をはじめとするドラマであろう.
 テレビにしろ映画にしろ演劇にしろ,その脚本を読むのは,かなりのエネルギーを必要とする.仮に,演じられたものをテレビや生の舞台で見ていても,同様であろう.せりふとト書きだけのテキストから,多くのことを「あたま」で想像して,補って物語を自ら作らないといけない.自ら演出をしながら読んでいかなければならないのだが,エネルギーは要するが,(その時間さえあれば)楽しい知的活動でもある.
 時間に限りがあるので,脚本をそうそう読み込めるわけでもなく,したがって,それほど多くの本をもちあわせていないが,本書は最初に買った脚本かもしれない.手元にあるのは1988年,大和書房刊,初刷りのものである.
帯から

リアリズムに敢然と背を向けた
大人のための童話劇
向田邦子賞,テレビ大賞,ギャラクシー賞を独占受賞し、朝日新聞紙上で丸谷才
一氏が絶賛した傑作中の傑作。本書を読ますして、テレビ・ドラマは語れない。

巻末には,朝日新聞紙上(1982.9.10)の丸谷才一の文章が再掲されている.帯裏にはその抜粋が掲載されている.

丸谷才一氏絶賛
われわれが見るのは大人のための童話劇であって、それは日常的な現実の外へ快く連れ出してくれる。そこには実用的な誠実主義の押し売りがなく、その代わり『青い鳥』や『不思議の国のアリス』に通ずる遊びごころがある。そしてこれこそは、『淋しいのはお前だけじゃない』を在来のテレビ・ドラマと分かつ最も重要な点であつた。この作者は、リアリズムからふはりと離れることをきれいにやつてのけたのである。しかも、話の辻褄を合わせながら。でたらめにはならずに。 (一部抜粋)

 こんな昔の本を,何故棄てずに今までとってあったのか.それも,本棚の比較的目立つところにおいてあった.おそらく,このドラマの郷愁のような雰囲気に寄るところも多いだろうが,今度もう一度手にとってみて改めて気がついたのは,市川森一のあとがきである.敢えて全文を引こう.

あとがき
忘れられない光景がある。
一九八二年度テレビ大賞の授賞式の大会場で、大賞の光栄に浴した「淋しいのはお前だけじゃない」の出演者たちが、受賞のお礼返しにと、西田敏行梅沢富美男泉ピン子以下十二名うち揃って、目も彩(あや)な「隅田川ぞめき」の舞踊を披露した時のことだ。
 予定外のとび入りアトラクションに会場は湧きに湧いた。その中で、ひときわ目立つ声援を送っている人が目にとまった。その人は、ステージのかぶりつきまで押し出してきて、人一倍大きな手拍子を打ち、踊る役者たちに向って、「イヨッ、日本一!」「待ってマシタ!」等の掛け声をだれ揮憚ることなく浴びせかけている。
「どこのオッサソやろ?」と近づいて見ると、誰あろう、NHKの川ロ幹夫氏その人ではないか。僕は、感動してしまった。当時、川口さんはNHKの専務理事だった筈だ。そんな偉い人が、己が立場も身分も省みずに、ヤンヤとはしゃいでくれている。「面白いドラマだった」と、心から喜んでくれている。なにが、川口さんをあんなにも喜ばせているのか? 狭い利害関係だけでは判断し難いことだった。TBSのドラマがテレビ大賞を獲ったからといって、NHKの川口さんの得になることは何もない。それどころか、むしろひとつの賞を競い合ったライバルではないか。そのドラマに、心底からの拍手を送ってくれる、この人は……。「ここにもひとり、本当にテレビドラマを愛している人がいるのだ」と、そう思うよりほかに僕には理解の仕様がなかった。受賞を喜び舞い踊る役者たちの姿よりも、僕は、そんな連中に「日本一!」と声を掛けてくれる川口さんの姿に、不覚の涙を流してしまった。
 告白すれば、この作品は、生みの親である作者にとっては、近所(業界)の評判も悪い、はみだしヅ子の厄介者だった。理由は単純で、成績(視聴率)が合格点に達しきれなかったからである。「もう(高橋)一郎クンとは遊ばせませんッ」と言ってまわる恐いオバサソも近所にはいた。そんな悪ガキを「坊やにもイイトコあるョ」と、頭ヨシヨシしてくれたのが、丸谷才一さんであり、井上ひさしさんであり、小田島雄志さんであり、山田太一さんといった当代一流のかたがただった。おかげで、悪ガキは村から追放されずに済んだ。のみならず、ダメ親のために、第一回向田邦子賞ギャラクシー賞までもらってきてくれて、アララという問にとんでもない孝行息子に変身してしまった。
 放送評論家の佐怒賀三夫氏は、かつて、僕のこれらの作品群を「テレビドラマの現状についての対抗陳述だ」と評されたことがあるが、それは、結果的には当っているかも知れない。
 僕はまだ、テレビ大衆が、フィクショナルなものを全面拒絶しているとは断言したくない。そんな囈言(うわごと)を言っているせいかどうか、僕のドラマは、ついつい、現状のテレビ文化に対して「フィクション復興を」陳述しつづけるという立場に晒されてしまう。似非リアリズム本流の中で、こんなに淋しく、心細い立場もないが、独りで支えきれなくなったら、そのつどに思い出せばいいのだろう。かの日の、川口さんの「待ってマシタ」の掛け声を、高橋一郎さんの頼もしい笑顔を、丸谷才一さんの励ましを―そして、自らに言い聞かせる台詞はただひと言、
「淋しいのは……」
一九八八年九月
市川森一

劇中劇をうまく使ったこの作品は,後年の宮藤官九郎のドラマに影響を与えているのではなか,と思う.
【読んだきっかけ】
ドラマを見たので.どこか,忘れがたいものがあった.1982だから,大学生の時.(末尾キャスト参照)
【一緒に手に取る本】

蝶々さん(上) (講談社文庫)

蝶々さん(上) (講談社文庫)

ドラマは遺作となりました.
聖母モモ子の夢物語

聖母モモ子の夢物語

万葉の娘たち

万葉の娘たち

港町純情シネマ (1983年)

港町純情シネマ (1983年)

上記三つも覚えています.

淋しいのはお前だけじゃない
TBSテレビ(13回連続)
一九八二年六月四日〜八月二七日
●メイン・スタッフ
制作― 大山勝美
プロデューサー― 高橋一郎
制作マネージャ― 片橋謙二
演出― 高橋一郎
  ― 浅生憲章
  ― 赤地偉史
音楽― 小室等

演出補― 中川善晴
殺陣― 國井正廣
技術(T・D)― 中島靖人
チーフカメラ― 中村秀夫
照明― 加藤静夫
音声― 大友武士
デザイン― 桜井鉄夫
美術制作― 丸谷時茂
劇中劇指導― 梅沢武生
協力― 梅沢劇団
●キャスト
【花村月之丞一座グループ】
沼田薫(嵐熊吉)― 西田敏行
沼田よし江― 泉ピン子
由良常子(花村月之丞)― 木の実ナナ
竹沢市太郎― 梅沢富美男
畑中洋口郎(中村京四郎)― 河原崎長一郎
久保三郎(坂東玉二郎)― 矢崎滋
山村謙二郎(尾上松之助)― 山本亘
小川妙子(芳沢みなと)― 萬田久子
松永健次(市川染太郎)― 潮哲也
清水政吉― 原保美
【ローズランドグループ】
国分英樹― 財津一郎
馬場利夫― 小野武彦
西方― 尾藤イサオ

三宅辰夫― 柴俊夫
ペラ谷口― 佐々木すみ江
小川靖― 橋爪功
サリー― 長谷川哲夫
南郷マリヤ― 北林谷栄
大谷理恵― 小林麻美