“『お母さん、ぼくには何の財産も残さなくていいよ。ぼくは何もいらない。その代わり、勉強の面倒だけは見てください』” 『あんぽん 孫正義伝』 佐野眞一 小学館

あんぽん 孫正義伝

あんぽん 孫正義伝

存命中の人の評伝を書くことは難しい.褒めるにしろ,けなすにしろ,自身の見解を率直に表現することを妨げる要因がたくさん発生するからだ.仮に,そのようなことをしたつもりでも,周囲がそうとみなしてくれるとは限らない.ましてや,いまだ時の人,渦中の人である,孫正義が相手である.だが,本書は見事に成功していると言えよう.著者の力量によるものであろうが,孫正義という対象そのものが,本書の成功を産み出している面もある.自身の家族,来歴,出自に関わることが,明らかにされる.孫を産み出したものが何であったのか,それが本書の主題.
 『津波と原発』で,本書を執筆中であることを知り,出版を楽しみにしていた.また,「本」の未来を語るとき,『だれが「本」を殺すのか』を著した佐野の見解は,孫のそれと異にする.
P.7 著者が冒頭で,自信作であることを表明するというのも珍しいが,それはあたっている.

本書はこれまで書かれてこなかったこれらの事実を徹底的に追求し、その成果をすべて盛り込んだ。いささかの自負を込めて言うなら、本書は死の直後に刊行されてペストセラーになったジョブズの評伝に負けない面白さだと思っている。

P.57 「時差」は彼の経営哲学のKWとか.

孫はしぼしば、日本の情報革命がアメリカに比べて決定的に遅れているのは、日本人が過去にとらわれすぎているからだ、日本人が穎しいものを取り入れるのに抵抗淋あるのは、アメリカ人が持つ知恵との時差がありすぎるからだ、と語っている。

P.96 日本国籍を取るとき,姓を「孫」とすることにこだわった時のいきさつ

そこでまず、日本人である妻が、裁判所に大野という姓を「孫」に改姓する申請を行った。裁判所でなぜ変更したいのかと理由を聞かれた妻は、それ溺夫の姓だからだと.答えた。日本人で韓国姓に変更したいと言ってきたのはあなたポ初めてだ、と言われた歩、裁判所は、結局、改姓を認めてくれた。
孫は再度、法務省に行き、「日本入に本当に『孫』という韓国嫉の先例はありませんか。よく調べてください。一人いるはずです」と粘った。

P.107 孫の電子翻訳機に対して,元シャープ副社長 佐々木正氏(電卓の開発で世界的に有名)は,私財を差し出したのですね!

私はすぐにシャープの人事部に内線電話を入れ、私の退職金を計算してもらった。そして自宅の評価額も調べた。その結果、両方合わせれば、なんとか一億円になることがわかった。これなら、万が一焦げついても、何とかなるだろう。そんな計算をして、孫くんの保証人になる覚悟を決めたんです。

P.178

それに、新聞は右肩下がりの低減傾向ながら、消滅してはいない。本も電子書籍元年と言われて久しいにもかかわらず、紙の本は消滅し、電子書籍がそれに代わって定着する気配はまだまだ感じられない。そのわけを尋ねると、孫は言下に言った。
「みんな頭が悪いからです」
新聞や本などのビークル(惰報搭載物)が、アナログからデジタルの世界になかなか癸展しないのは、関係老[の頭の悪さ演原因と一刀のもとに切って捨てる。

P.182 佐野の強い主張

盤(たらい)の中の水浴いくら濁っているからといって、大事な赤ん坊ごと流す愚を犯してはならない。孫がいまやろうとしている情報革命は、そういう結末になるような気がしてならない。
あらためてこれだけは言っておきたい。他人の権威は失墜させてもいいが、自分の権威だけは守りたい。私をそんなろくでもない人間と一緒にしてほしくない。
私がここで言いたいことを要約すれぼ、人間の本当の価値を決める“知の等高線”を一切なくしたフラットな社会に、人間は本当に耐えられるのか、ということである。
一見平等なその社会は、おそろしく退屈で人間の努力や生真面目さを奪う結果になるのではないか。そんな世界が本当に実現したら、何を糧にし、何を目標にして生きていいかわからない人間が大量に生まれ、たぶん自殺者が続出することになる。

P.216 このあたりのインタビューに見られる,孫の率直さ,正直さが魅力であるように思う

(佐野)―孫さんにホリエモンと同じようないかがわしさを感じている人がいると思います。これは日本一の大金持ちになった孫さんへのやっかみもあると思いますが、この見方に是非反論してください。俺はホリエモンとは、ここが違うよって(笑)。
(孫)「僕はあの事件(ライブドア粉飾決算に関する証券取引法達反容疑で逮捕)で堀江さんが正しかったか間違っていたかを判断する材料を持っていないんです。でも、大企業だって堀江さんのようにある一線を越えることだってままあるわけですよ」

P.247 

 (佐野)―九九年に東海村のJCOで臨界事故が起きました。あのときの官房長官野中広務です。

 このとき,野中は,常磐線を1日止めたという.そして,安全を確認してから運転を再開した.それに比して,今回の原発事故における政府の対応は何たることか!という佐野の怒りである.
P.250

(孫)「僕は福島に行く前日、西日本を中心に十七の県知事に直接電話でかけあって、合計三十万入分の被災者の受け入れ枠をとっていたんです。佐賀県だけで三万人。避難民が二十数万入というから、じゃあ三十万人分、屋根付き、畳付き、風呂付きで、無償で受け入れます。食事も病院も学校も、全部受け入れ準備をしますと。そのうえで福島に乗り込んだ。僕はただ理想論を言ってるんじゃない」

P.254

 しかし、孫正義に対する世間の見方は違った。その典型が「天罰」発言をして被災者の大顰蹙を買った石原慎太郎だった。石原は根っからの「三国人」嫌いでも知られている。
 石原は震災後のテレビ番組で「孫なにがしが百億寄付したって言うけど、あの男は本当に寄付したのかね?そんなことで人気取りした男に日本のエネルギー政策をまかせられるのか。大体、太陽や風車で日本の電力が本当にまかなえると思っているのかね?」という発言をして、孫への嫌悪感をあらわにした。
その後も石原は雑誌で「なぜ日本人はかくも堕落したのか」などという、自分のことは棚にあげたとんでもない夜郎自大な発言をして、その発表媒体ともども満天下に恥をさらした。私に言わせれぱ、いまや石原慎太郎は“使用済み核廃棄物”でしかない。

P.282 孫の親類が巻き込まれた山野炭鉱ガス爆発事故と,今回の原発事故を対比させつつ,孫の心の動きを探る.

送られてきたコピーの奥付けを見て、この小説は『男たちの遺書』という炭鉱災害者とその遺族の境遇をまとめた本の中におさめられていることがわかった。
同書の作者は佐々木博子さんといい、福岡県中間市に在住している。彼女に会って、「鳳仙花」取材中の話を聞いた。彼女は八幡製鉄に勤務している時代、佐木隆三などとも同人誌活動を通じて交流があったという。
はじめに断っておけば、彼女は国本太郎が孫正義の母方の祖父にあたる人物だということはまったく知らなかった。国本太郎は、いまをときめくあの孫正義の実は祖父にあたるんです、というと、彼女は「えーっ!」と言ったきり絶句した。

P.289 山野炭鉱ガス爆発事故の民事裁判の弁護人となった角銅弁護士へのインタビュー

(佐野)やはり会社側に落ち度はあったんですか。
「会社というより、当時の国の政策に落ち度がありました」
国の政策に落ち度があった。この証言は今回の福島第一原発事故の本質も言い当てて重い。

P.297 佐賀市郊外の地,金立

金立は、今から約二千二百年前、日本が縄文時代から弥生時代に変わろうとしている頃、秦の時代の中国にいた徐福という人物が不老不死の薬を求めて日本に渡来したとき最初に足跡を残したといわれる土地である。

P.342 孫正義の母(玉子)の妹へのインタビュー 

 この話を聞きながら、不覚にも思わず目頭がうるんだ。三憲が運転するバイクの荷台に乗って、三憲の体にしがみつく玉子とのカップル姿は、今村昌平の初期の傑作映画「豚と軍艦」のワンシーンそのものではないか。
 長門裕之扮するこの映画の主人公のチンピラが、ヤクザの内輪揉めに巻き込まれて自滅していく様や、吉村実子演じる恋人が男たちに躁瑚されながら、自分の足でしっかり生きていく様は、まるで三憲と玉子の若き日の場面を切り取ってきたかのようである。

 下記で,姉とは孫の母を指す.

「(略)あれは確か、うちの母が入院していた頃だったと思う。アメリヵ留学中の正義さんが一時帰国したんです。そのとき、母の病室で、姉が何気なく『この子はお金のかかる子なのよ』と漏らした。それを聞いた正義さんが、こんなことを言ったんです。
『お母さん、ぼくには何の財産も残さなくていいよ。ぼくは何もいらない。その代わり、勉強の面倒だけは見てください。そのための世話だけはしてください。たとえ借金してでも、勉強だけはつづけさせてください。いつか、必ずお金持ちになって恩返しします。かばんにたくさんのお金をつめて、お母さんに持ってきてあげるから』

P.352 1961年の韓国のGNPは,北朝鮮のそれを下回っていた!

一九六一年五月十六日、朴正煕は軍事クーデターによって韓国の権力を掌握した。
朴正煕が政権を取得した当時の韓国の国内総生産は、意外と思われるかもしれないが、まだ力が強かったソ連の経済援助を受けていたこの頃の北朝鮮を下回っていた。
世界最貧国グループの仲間だった韓国が急成長した引き金は、ペトナム戦争への参戦によってもたらされた特需景気と、日韓条約締結による日本からの経済・技徳援助だった。

P.358

―韓国では経営者がSNSをするようになると、社員が緊張する。孫社長ツイッターを使う申で生じた幸福感は何か。またそれによってソフトバンクの社員は緊張しないのか。
「初めソフトバンクの新三〇年ビジョンさえ提示できれば、私のツイッターは閉めるつもりだった。ところがやっているうちに仕事上で非常に役立つということに気がついた。いまはただ面白くてやっている。多くの人びととつながることができるし、話し合う過程自体が楽しいからだ。指摘されたように、社員は私が仕事のためにツイッターをすると、とても緊張するようだ」

P.262 韓国でのインタビューを踏まえて,韓国の新聞の記事

〈不運は続くものだろうか。最近日本の政界の動きを見ながらそのような気がしている。東日本大震災福島第一原発事故後、孫社長は大規模な太陽光発電所(メガソーラー)建設計画を最初に提案した。多くの地方自治体が同調した。菅直人首相も興味を持って積極的推進を約束した。
だが、すぐにめちゃくちゃになった。白本の指導者の菅首相は不信任案通過の窮地に追い込まれるとすぐに退陣するかのように煙幕を張り、「そのようなことはない」と急変するなど「政治サーカス」の真髄を見せている。

これに対する佐野の感想,「どうだろうか。孫に対して一方的で、薄っぺらな論評しか出ない日本の新聞に比べて、韓国の新聞の方がずっとうがった見解を展開しているとは思わないだろうか。」
P.390

だが、孫は無意識の中で、在日の血族のしがらみの中でしか生きてこられなかった一族を激しく嫌悪しているのではないか。自分自身でもわからない過去に対するその信じられないほどの斥力が、未来への驚異的な推力を生み出しているのではないか。そんな気がしてならない。孫は私のインタビューに、「親父や親類がやっているような仕事で金儲けしようと思ったらいくらでもできた。でもそれじゃ、在日をカミングアウトして帰化した意味がない。あえて茨の道を行くことが、僕に与えられた使命なんです」と繰り返し語っている。

【関連読書日誌】

  • (URL)今回の大災害は、これまで通用してきたほとんどの言説を無力化させた。それだけではない。そうした言葉を弄して世の中を煽ったり誑かしたりしてきた連中の本性を暴露させた。” 『津波原発』 佐野眞一 講談社

【読んだきっかけ】
出たのを知って一気に読む.
【一緒に手に取る本】

津波と原発

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だれが「本」を殺すのか〈上〉 (新潮文庫)

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だれが「本」を殺すのか〈下〉 (新潮文庫)

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