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“情報はイマジネーションがなければ意味をなさない。時には情報がないということが逃げ口上に使われる” 『復興の道なかばで――阪神淡路大震災一年の記録』 中井久夫 みすず書房

復興の道なかばで――阪神淡路大震災一年の記録

復興の道なかばで――阪神淡路大震災一年の記録

災害がほんとうに襲った時――阪神淡路大震災50日間の記録』と合わせて貴重な2冊.著者から見習うべきことは多いが,なによりもまず,記録をとろうとした,ということだろう.突発的に発生したともいえる大騒動の中で,「すこしでも記録をとる」ことに思いがいった人は少ないのではないか.中井氏の精神科医としての,あるいは科学者としての直感とも言える.
 東関東大震災で被災した仙台では,震災後数日後からダイエーは店を開けたそうである.もちろん何時間待ちの長蛇の列.おそらく,神戸大震災の経験が活きているのだろうと言われる.
 いつ来るかもしれない次なる大震災に私たちが備えるべきことは,備蓄食糧を買ったり避難訓練をすることではなく(もちろん,それはそれで大切なことであるが),こうした過去の記録を読んで,仮想体験を積んでおくことなのかもしれない.
被災後,雑誌などに寄稿したものを時系列にならべたのが本書.本書の成立の経緯は,以下のあとがき,から.

私が老兵として参加した神戸の震災は一六年前であった。それから二年で私は神戸大学の精神神経科を退職した。本書の内容は、その復興期のもので、『1995年1月・神戸』に続く第二冊目の報告書『昨日のごとく』(一九九六年四月刊)から、私の書いた部分の三分の二を(同書に収めた「日程表より」は今回入れなかった)採ったものである。この二冊目はほとんどと言ってよいくらい捌けなかった。関心の持続期間は一年ぐらいであることが示唆される。震災の三日目から、私の先生であった故・土居健郎先生から依頼を受けた。土居先生に半定期的に「こころのケア」を中心に神戸の現状、特に困りごとを報告せよというのである。お前の家の電話回線はいつでも通話できるようにしてあるとも。

 『「甘え」の構造』の土居健郎先生(1920年3月17日 - 2009年7月5日)のお名前がここで出てくるとは.
精神科医の見た二都市 1995年2・3月 被災後東京を訪れた時の記録.
P.17 川も一つのポイントであるという.神戸は川が非常に少ない町らしい.川は防火帯であると同時に,避難の妨げにもなる.
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神戸の経験は、ふだんから余計なほどに多くの橋をつくったほうがいいことを示している。市内の小河川には五〇メートルおきに橋があった。それでも渋滞は橋の挟で起こった。まして仮設橋はふつうのスピードで通過することができない。ゆっくりと渡らなければならないものであるから、当然数が多くなくてはならない。