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“それに倣うことを“好し”としなかったはずなのに、知らず知らずのうちにその生活感は流されていってしまっている。時として、その土地に根付いた文化、風習を伴ったものも一緒に持っていかれてしまう。” 『東京路地裏暮景色 (ちくま文庫) 』 なぎら健壱 筑摩書房

東京路地裏暮景色 (ちくま文庫)

東京路地裏暮景色 (ちくま文庫)

なぎら健壱嵐山光三郎.この二人は人生を楽しむ達人である.
なぜそう感じるのだろうか.知性と人情の絶妙なバランス.人生のはかなさをかみしめながら,日々を楽しむ術.
『東京路地裏暮景色』というタイトルが本書のすべてを表している.雑誌『荷風』への連載をまとめたもの.
深川―はじめてのホッピーと、死んだT
P.65

73年にセカンドアルバムが発売され、そのアルバムに収録された〈悲惨な戦い〉なる一曲がヒットした。マネージャーから「今までの四万円の給料が、来月から十万になるぞ」と言われた次の月、事務所は倒産した。

「何それ?」と訊くと、反対側に座っていたSが、「アルコール分のない、ビールのような飲み物で、焼酎を割って飲むんだよ。口当たりはいいけど、調子に乗って飲むとやらるぞ」と、ニヤリとしながら言った。

そう,昔「ホッピー」というのがありました.ノンアルコールビールの走り?
工事人夫をしながら音楽活動をしていたなぎらは,コンサートのためダム工事という実入りのよい仕事に,一人だけ帯同できなかった.
P.70

 コンサートが終わり、肩を落として会館をさるとき、その花輪が眼に入った。それは生花のスタンド花ではなく、パチンコ屋の開店で見るような造花の、まさに花輪であった。紅で縁取られた幕には「祝・なぎらけんいち賛江  ○○組建設一同 与利」と書かれていた。たった一本だけの、あまりその場所に不釣り合いなその花輪は、異彩を放ってはいたが、堂々としていた。ありがたかった……そしてなぜか申し訳なかった。涙が流れ、その花輪をしばらく見上げていた。

あたしと吉祥寺―どこか波長の違う街
P.83

 二五年来、あたしは吉祥寺にある『MANDARA-LA2』というライブハウスで、月一度のライブを行っている。それなのに吉祥寺をあまり歩かない。これは自分の中にある、かつての吉祥寺と、今の吉祥寺とのギャップに戸惑いを覚えるのが嫌なのかもしれない。
 憂い儚んでいるわけではないが、あの頃の吉祥寺を歩いてみたい。あたしがいた、まだ青い頃の吉祥寺を……。

高田渡の“お兄さん”―酒と日本橋久松町

久松町の酒喰州(しゅくず)

立ち飲み屋の名前です.
上野のあたし
P.106

浅草が「もうこれ以上の行楽客はいらない」という、贅沢な突っ撥ねでもって山手線の乗り入れを拒んだため、山手線は浅草を迂回して上野駅に停まることになった。これが上野をさらに発展させることになったのである。

P.111 32歳急性白血病で急逝したアイドル中川勝彦の思い出。上野二丁目を飲み歩いたという

また勝ちゃんはアイドルであるがため、カミさんや子供がいることを公表できないことで悩み、また葛藤していた。歳が離れているし、気心が知れているということで、酒場でそんなことも打ち明けてくれた。で、最近知ったことなのだが、そのときの子供が、売り出し中のアイドル、中川翔子である。

しょこたん,である.日曜昼の番組「ウチくる!?」にでていたゲストが,しょこたんに向かって「わたしあなたのお父さん知っているのよ」と言っていた.
八重洲のシゲちゃん
P.127

 まだ人がまばらな八重洲界隈をひたすら歩く。かつての流行り唄、〈上を向いて歩こう〉ではなく、下を向いて歩こうというやつである。理由は簡単,落ちている小銭を目当てに歩くのである。これを仲間内で、地見屋(じみや)と呼ぶ。

両替屋は,十円玉9枚をじゃらじゃらさせながら,公衆電話の周りをうろつく.すると,小銭のないひとが,100円くずれないかと,声をかけてくる。「申し訳ないけど90円しかないのですが」「90円で結構です」となって,10円のゲット.または,千円札をもって,「すみませんが、小銭にくずれませんか」とこちらから声をかける.あいにく相手がくずれないとわかると,あからさまに困った顔をする.「幾らいるの?」「10円か20円でいいんですけど」...
“下町の空気”が漂う町―柳橋・両国・錦糸町
P.147

 とくに柳橋は、東京の花街の中でも六花街(ろっかがい)(柳橋、新橋、葭(よし)町、浅草,赤坂,神楽坂)のひとつで、もっとも名を馳せていた場所だが、柳橋芸者がひとりもいなくなり、その灯が消えることを余儀なくされた(現在は柳橋の代わりに向島を加えて、六花街と称することもある)。

昭和30年代東京―小遣いが欲しかったあの頃
P.196

 今の大人たちは時としてそうした自分たちの子供時代の遊びを提唱し、ある意味で強要することがる。それは悪いことではないが、多少問題があるのではないだろうか。

あとがきより
P.329

 今都会には、土地に対しての執着や責任のない人たちが余所から移り住み、自分たちの育んだ空気をそこに持ち込む。その土地で生まれ育った人たちは、戸惑いを覚えながら傍観をしている。それに倣うことを“好し”としなかったはずなのに、知らず知らずのうちにその生活感は流されていってしまっている。時として、その土地に根付いた文化、風習を伴ったものも一緒に持っていかれてしまう。気がついたときには、もう取り返しがつかなくなっている。

 しかし過日、その土地で生まれ、そこで暮らしている人たちはハタとあの頃のことを思い出す。思い出をひとつひとつ拾っては、そこに埋もれている自分を拾ってみる。そして、その時代に自分を当てはめる。良しにつけ悪しきにつけ、懐かしい思い出としてうなずく。そこには自分が過ごした町がある。

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【読んだきっかけ】
本屋にて.衝動買い.
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