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“なぜ私は自ら豚を飼い、屠畜し、食べるに至ったか” 『飼い喰い――三匹の豚とわたし』 内澤旬子 岩波書店

飼い喰い――三匹の豚とわたし

飼い喰い――三匹の豚とわたし

世界屠畜紀行』(2007年,解放出版社)を読んで次は何がでてくるかと楽しみにしていたら,かなり毛色の異なる『身体のいいなり』(2010年,朝日新聞出版)がでてきた.書評などでかなり評判になっていたのは知っていたが,気軽に読めるような本ではなさそうで,未読である.そうしているうちに,出版されたのが本書である.屠畜紀行の続編はなにかと期待はしていたが,さすがにこれは想定外.そうきたかという驚き,期待を外された楽しさ.しかも,岩波書店からなのである.『世界』に連載されていたらしい.なかなかやるじゃない,岩波書店,というのが正直な感想である.タイトルも,「飼い喰い」ですからね.すごい.
 自ら,3種類の豚の子をもらい受け,育て,つぶして,食べるのである.動物を食糧とするために,家畜として育て,殺して,そして肉へと加工するまでの一連の作業の中に,どれだけ多くの人類の長年の知恵と努力がつぎ込まれていることか.そのことが大変よくわかる.そして,なによりも本書の魅力は,著者の行動や筆致が醸し出すユーモアである.3匹の豚に許可をくれた友人の名前をつける,伸,秀.夢である.
 昔NHKで放映していたアメリカのコメディ,「アリー my Love」(原題“Ally McBeal”)の一シーンを思い出した.(wikipedia URL)第17話「人生のテーマソング」の回.豚の肝臓を勝手に移植されてしまった事件に関する裁判(ストーリは忘れてしまった)なのだが,その豚に「マイケル」という名前を与えて,陪審員に復唱させるシーン.固有名を与えることで,親近感が生じるという,象徴的な場面であった.ところが本書の著者は,養豚業の専門家に反対されても,敢えて名前を与える.
見返しより

 自分で豚を飼って、つぶして、食べてみたい―。
一年に及ぶ「軒先豚飼お」を通じて原題の大規模養豚,畜産の本質に迫る、前人未踏のルポ。

はじめに 「なぜ私は自ら豚を飼い、屠畜し、食べるに至ったか」
 本書は,「日本で飼養され、出荷され食べられていった、すべての豚たちに」捧げられている.
P.8 畜産農家に豚を見せてくれと頼んでもいやがられることが多い

 2010年に宮崎県で口蹄疫が大流行したため、一般の人が知ることとなったが、強烈な感染力を持つ病気が、外部からの人や車のタイヤから、豚舎の豚に襲いかかることを恐れてのことだ。牛と比べて豚は、外部から持ち込まれて感染する病気がとても多い。

P.25 豚の交尾風景

雄が雌の腰に前脚をかけた。数回腰の位置をなおしたかと思うと後は、二頭とも静止してしまった。静寂が訪れる。ん、もっとがしゅがしゅした動きはないのかな?
(中略)
「だーから、人間とは違うんだよっ」顔を赤くして困る宇野さんに聞きすがると、10分、豚によってはもっと長く静止したまま射精し続けるのだという。

ごく自然な疑問だろう.「がしゅがしゅ」という表現が,なんだか微笑ましい.
P.50 1961年豚飼養農家戸数90万7800戸,飼養頭数260万4000頭,一戸あたり2.9頭!. 2001年飼養戸数1万800戸,飼養頭数978万8000頭,一戸あたり906.3頭.2009年,飼養戸数6890戸,飼養頭数989万9000頭,一戸あたり1436頭.飼養戸数は牛はこれほどの激減ではないそうである.

 ついでに文部科学省が発表している2010年度の国立大学の教授数を見てみた。2万1704名。これまた案外多い。養豚農場主は、国立大学教授の三分の一なのだ。

大学教授の数と比較してしまうところがなんとなく可笑しい.新入学生は,子豚ということ?育てて,つぶして,食べちゃう?
P.58

 胎盤は、何というか、まあ、内蔵だ。ぐにょぐにょして赤黒い。人間の世界では自分から出てきた胎盤を食べるのが一部で流行っているようで、私の知り合いも食べたと言っていた。しかし豚の胎盤は食用にはなっていない。

胎盤を食べるっていうのは本当か.これは知らなかったが,ちょっと検索してみたところを鵜呑みにすれば,流行りと言うより,昔からそのような習慣はあったらしい.産院によっては対応してくれるという.しかも,生で食べるようだ.驚いた.
P.96 エンタメノンフィクションの,辺境冒険家,高野秀行氏,旅歩き作家,宮田珠巳氏について,

 二人の作品は、いわゆるノンフィクションの生真面目さや、社会にモノ申す的なところがあまりない。ひとことで言えば、事実は小説より奇怪で奇妙で面白い、をそのまま本にしたようなノンフィクションを書く。そういう作品は実はこの世に結構出ているのだが、ジャンルとして認知されておらずに、書店の棚で迷子になりがちなのだった。

P.138 家畜を素人が解体してはいけないらしい.

 さてこの猪,遺伝学的にはほとんど豚なのだが、野生獣であって家畜ではない。だから自家屠畜は違法ではない。屠畜場に持っていく必要はないし、屠畜場でも受け付けてくれない。

P.152 ロシアで開発されたズーコンポスト,ウジ―究極のエコ飼料兼豚糞処理

 蠅は糞に卵を生みつける。卵が孵化すればウジとなる。ウジは糞の中の栄養分を食べて育つのだ。これに目をつけたのがロシアの宇宙局。宇宙空間において、何とか人間の排出物を分解しつつ、宇宙食を創り出すことができないか。つまり自給自足できないかと、
 そう、ウジ虫は高タンパク食品なのだ。しかも汚い場所でもすくすく育つために、とてつもない抗菌力を体内に秘めているとのこと。蜂の幼虫も高タンパク食品だというし、たしかに理には適っている。ただし、自分の糞を食べて育ったものを、食べられるか,という心のハードルが、やたらに高い。
 ロシア宇宙局は、イエバエの品種改良を進め、卵からわずか七日間で糞を完全分解し、ウジ,つまり幼虫はさなぎ寸前まで成長するという、ハイパーなイエバエを作り出した。

P.154

 このシステムを聞かされてまず気になったのは、そのロシアから来た蠅である。在来種保護問題は、昨今非常に厳しい。海外からそんな蠅を持って来られたんだろうか。ところご驚いたことに、蠅は検疫フリー生物なので問題ないという。

P.159

 ひと昔前は、家庭残飯と畑のくず野菜で豚を飼養することは、ごくあたりまえのことだった。
(中略)
「飲食店だとつま楊枝が残飯に混ざってね、豚によくないから楊枝は分けておいてくださいってお願いして集めたらしいよ」なんて話しも聞いた。旭市は漁港が近いので、くず魚を煮てやった時期もあったが、脂が黄色くなって肉の匂いも良くなく,「黄豚」と言われてすぐに廃れたそうだ。

P.163

(略)鹿島地区だけで11社の飼料会社があり、年間400万トンの飼料を生産している。
(中略)
 鹿島港は巨大だ。ちょうど停泊していたパナマック船(最大サイズの貨物船)も、巨大なんてものではなく、全体を視界に入れることはできなかった。

P.211 セルフ屠畜は違法です

 豚を一頭つぶせば、ヨーロッパの農家では家族が冬越えできるのだ。三頭の肉を食べるのにどれだけかかるのか、考えただけでも気が遠くなる。何より、違法行為をしたら原稿に書けないし、誰にも話すこともできない。それは困る。

こころのどこかに,誘惑はあるらしい.
P.245 豚一頭からどれくらいの肉が取れるのか?

生体重から計算すると「肉」として出回るのは半分以下ということになる。しかし肉を筋肉と言い換えれば無理もないかと思う。哺乳類は筋肉だけで生きているわけではない。

P.247 どうにか頭,皮まで

 血をもらうことはできませんかねえと,千葉県食肉公社の内藤さんには一年前からお願いしていたのだが、さすがにこれは却下となった。現在日本では、血の食利用はほとんどの衛生検査所で許可してくれないのだ。

タイ料理でも,フランス料理でも(ブダンノワール),韓国料理でも(スンデ),豚の血を使った料理があるとのこと.
P.267 輸入自由化の影響 苦労して育ての豚の,食肉としての値段の安さにショックを受ける

 一体何がきっかけで、こんな苦しいことになってしまったんでしょうかとたずねると、それはまちがいなく、1971年からの輸入自由化のせいですよという答が公社専務の麻生和さんから返ってきた。

P.303 

 また海外からの飼料輸入に頼って国内自給率を下げていること、外気にすらほとんど触れられない豚飼養環境なども、否定的に取り上げられがちだった。これも一転して、被ばくリスクを低める材料としてもはやされるようになってしまった。

 著者は,この3匹をつぶして,すべて食べることを試みる.一流のシェフに頼んで,調理してもらい,ブログで参加者を募って食べた.P.284には,『料理通信』という雑誌に掲載された写真が挟み込まれている.美しくお化粧をして,きれいな洋服を着た著者が,そっとてをそえているのは,「伸
」の頭蓋骨.
 飼い始めてから,食べ尽くすまでの一連の行動に対する,著者のご両親の反応が面白いのだが,それは読んでのおたのしみ.
【関連読書日誌】
-(URL)以前は人が獣類を圧倒していたのに、いまや人が獣類に負け始めている” 『女猟師』 田中康弘 エイ出版社
【読んだきっかけ】
仙台丸善にて発見!
【一緒に手に取る本】

身体のいいなり

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