“人間が創りまた人間がことばにあてはめようとした文字というもの全体を総合的に理解する試みは始まったばかりです” 『 図説 アジア文字入門 (ふくろうの本/世界の文化) 』 東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所 河出書房新社

図説 アジア文字入門 (ふくろうの本/世界の文化)

図説 アジア文字入門 (ふくろうの本/世界の文化)

東京外語大のAA研(アジア・アフリカ言語文化研究所)の研究者が編んだ一般向けの本.
帯から

アジアは不思議な文字に満ちている

 本当にそうだ.西欧のラテン系文字はアルファベットでほぼ統一されているのに,アジアには何でこんなにも多種多様な文字があるのか.インドがとんでもない多言語国家であること(22の公用語!)も驚きだが,同様に文字も多様.
 Googleで使用言語を選ぶといろんな言語のメニュー画面をみることができて楽しい,特に,丸みを帯びた,マラヤ−ラム文字やビルマ文字は美しい.文字を使うためには,まずそのことばを勉強しなければならないのだが,マラヤ−ラム語は,ちとハードルが高い.教科書と辞書が手に入りにくいのと,文法が複雑らしい.それでも,インドの主要公用語の一つであり,3000万人以上が使っているのである.
 音としての言語と文字の関係,言語の進化と文字の進化との関係,言語の絶滅と文字の絶滅,文字をもたない民族の存在(アイヌやモシ族など),言語の発生と文字の発生,などなど,言語と文字の関係をどう理解した良いのかわからないでいた.本書の「あとがき」に少しヒントが見つかった.

「ことば」を研究する言語学という学問と「ことば」を表す文字とは関係が深そうですが、実はそうではありません。ためしに言語学の入門書や教科書をめくってみると、「ことば」の音やしくみについての説明はありますが、どの本にも文字についてはほとんど触れていません。これは、現代の言語学が出発点で、「ことば」の本質は音であり,音をあらあす文字は「ことば」の本質とは直接関係がないということを宣言したからです。この理解は、偶然にも、古代インドの哲学者が喝破したことばの本質と同じです。ともあれ、現代言語学は、客観的かつ科学的な尺度で、人間のことばを扱うことができるようになりました。この学問的背景として、言語学が発達したヨーロッパやアメリカでは、ラテン文字というきわめて単純化された単音表音文字が行き渡っていたという幸運な環境があったかもしれません。

一方、文字の研究については、わが国でおなじみの漢字など特定の文字については深く研究されていますが、人間が創りまた人間がことばにあてはめようとした文字というもの全体を総合的に理解する試みは始まったばかりです。文字の研究を困難にしている1つに,文字自身の特異な性質があります。文字には確かに系統があり、程度の差はあれ歴史的に変化していく点では、ことばによく似ています。そのため、変化を比較したり、異なる系統の文字を対照的に比べることもできます。しかし文字には、これだけでは把握しきれない、ことばにはないしたたかさがあります。人が今まで身につけていた服を脱ぎ捨て、別の服を着ることができるように、ことばは条件さえそろえば別の文字を身にまとうこともめずらしくありません。この現象を文字の方からみれば、ことばからことばへまるでウイルスのように伝染し増殖していく感すらあります。このプロセスを決定しているのはその時代の人間の意思です。文字はたしかにことばそのものではありませんが、ことばをうつす鏡のようなものです。

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