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“私は官邸で会議を重ね、ついに「財政構造改革法」という法律を作りました。梶山・与謝野のコンピで成し遂げた仕事のなかで、これは傑作中の傑作です” 『全身がん政治家』 与謝野馨, 青木直美 文藝春秋

全身がん政治家

全身がん政治家

期待以上に読みごたえのある一書.4つの原発癌,2回の再発と闘いながら過ごしてきた人生を語る.衆議院議員初当選の10ヵ月後,最初の癌告知を受けたのは,1977年39歳の時.以来,現在に至るまでの闘いの歴史なのだが,長い間,秘書にも家族にも告げずに治療をしてきたところが凄まじい.
 本書の魅力は二つ.一つは,治療に当たった医師たちの医師の立場からの談話.それぞれの時代の最高の医療を受けてきたことがわかるとともに,医師の格闘も垣間見える.
 二つめは,政治家与謝野馨としての発言.国家のために何を考え何をしてきたのか.新聞等のマスメディアを追っかけていたのではわからない,当事者の本音.嘘偽りはないであろう.
本書執筆の経緯について,まえがきより.

三年ほど前に、国立がんセンター(当時。平成二十二年より国立がん研究センター) の名誉総長である垣添忠生先生から、「三十年以上にわたって四つの異時性多重がんと闘ってきた患者としての体験を話してほしい」とのご依頼を受け、国立がんセンターに勤務する専門医の先生方百人以上の前で、一時間ほど自分の闘病体験を詳しくお話ししたことがあります。
 その後も、垣添先生から「この体験をご自分だけのものにするのはもったいない。世の中に出せば、それなりの役割を果たすことができます。医学のことがわからなければ、私たちがお手伝いします」というお手紙をいただいていました。

P.15

それでも私は、自分の病気のことを誰かに話したり、相談したりすることはありませんでした。事務所の人間にも家族にも言わず、たったひとり、自分の胸の内に秘めていたのです。

P.25 癌治療中の選挙に落選し,同じく落選した鳩山邦夫氏とのあいだで,

「これからどうする?親父からもお袋からも、電話一本かかってこないんだよな」
 そう語る鳩山君に、私は、
「正直、この職業は辞めたいと思っているんだ」
と胸の内を話しました。この頃、私は自分の命は短いものだと思っていましたから。
 それを聞いた鳩山君も、「この職業は虚しいかな」と肱くように言いながらうなずく。お互いに同病相憐れむような状況だったわけです。私はそのまま自宅に戻ると、一気に心労が出て寝込んでしまい、全く起き上がれない日が十日ほど続きました。

P.41 与謝野氏の癌治療を知っていたのは,自動車の運転手,林さんただひとり.

この林さんという人は、料亭経営に早めに見切りをつけ、四谷にアパートを建ててのんびりと暮らし、毎日パチンコに麻雀三味だったものですから、奥さんから働きに出るように言われて、私の運転手になったという面白い経歴の持ち主です。口の固さは天下一品でした。

P.43

余命二年というのなら、その二年聞を充実した二年間にしよう。それで、自分なりにいろいろやってみましたが、実際にはそんなものはないのだと気がつきました。長く治療が続き、その都度、経過を見るうちに、だんだん残りの人生を充実させるうまい方法なんてないということがわかってきたのカウントダウンのように考えていた二年という月日が治療をしながら流れていくと、です。日々普通に暮らすことこそ、充実した生活であると悟ったのです。病気だからといって、特別真面目に暮らすわけでもなく、普段通りに生活する以外にはないのだと思いました。

P.51 与謝野氏の最高傑作とは,

私は官邸で会議を重ね、ついに「財政構造改革法」という法律を作りました。梶山・与謝野のコンピで成し遂げた仕事のなかで、これは傑作中の傑作です。私のライフワークとも言うべき財政再建への取り組みは、この時から始まっていました。しかし残念なことに、橋本首相は景気の悪化を懸念して、この法律を適用しないようにしてしまヮた。

P.63

大腸がんというのは実に義理堅い細胞で、引っ越し先の順番をちゃんと守るのだそうです。まず大腸の周りのリンパ節に転移して、次は肝臓へ、その先は肺へという具合に、決まった順番通りに居場所を移していく。

P.64
放射線治療の後遺症に関して 森谷秈皓医師の話

死を意識しなければいけない病気だったわけですから仕方がないのですが、放射線の影響で、一年後よりも二年後、二年後よりも二一年後と、オーバータイムに後発性の障害が出てくるのです。怖いことに、放射線が当たっている腸壁は縫い合わせてもうまくくっつかないんですよ。ですから、放射線を不必要なところへ当てると、大変なことになります。私たち外科医から言わせれば、「切らずに済むやさしい治療」とはとても言えない側面があるわけです。

P.95 放射線治療科 角美奈子医師の話

放射線治療は、記録が命という側面があります。もし放射線が過去に治療した部分に重なってかかってしまったら、非常にシビアな出血をしたり潰療ができたりといった大きなトラブルが起きる可能性がある。放射線治療を「体を切らずにできるやさしい治療」にするためには、やさしくするための注意が必要なのです。当然、時代によって技術的な違いはありますが、どうしても放射線を当でなければならないところだけに当てるというのが治療の鉄則です。そのためにいろいろ工夫をするわけです。

P.117

しかしながら、その時の私の認識では、郵政なんて大した問題ではないと思っていました。小泉さんが意欲を燃やしているからやるけれども、郵政よりも大事な問題が二つあると考えていたのです。
 ひとつは、国家財政の問題。もうひとつが、国際競争力の問題です。日本人がつくる品物が世界で認められ、売れるかどうか。私はこれが日本の二つの命、肝ではないかと捉えていました。党内で財政改革研究会を立ち上げて財政の問題を取り上げ、もう一方では、国際競争力調査会をつくる必要があると考えて活動を続けていました。

P.169

それでお引き受けして、一度に三つの大臣を務めることになったのですが、事務所に
は三大臣時代の国会答弁をファイルしたものが残っています。私は今までに答弁のレクチャーを受けたことはありませんが、これまで一度の訂正も言い直しもないことから、私の答弁を「言葉の花束」と称する人もいました。私の答弁を参考にして役人が答弁の原稿をかいていたくらいです。

P.184

高気圧酸素治療は、昔からある治療法だそうですが、放射線障害にこれほど効果があると、うことは、一般的にはほとんど知られていません。私と同じように放射線治療を受け副作用に苦しむ方たちに、ぜひ治療の選択肢の一つとして知っていただきたいものです。

P.186 東京医科歯科大学柳下和慶医師の話

放射線治療はがん細胞に対して有効ですが、ある一定量の放射線をかけますと、どうしても放射線障害という後遺症が出てきます。放射線が当たった細胞の中でDNAの問題が起きているといわれているので、放射線をかけた直後ではなく、一年後とか一年半後、もしくはそれ以上の時間が経ってから少しずつ障害が現れるのです。
(略)
高気圧酸素治療は、それなりに初期投資がかかりますし、病院としては絶対になければいけない装置ではないだけに、拡がりづらい側面があります。治療装置が少ないと、当然ながら、専門的に携わる医者の数も少ない。ただ、患者さんの立場からする
と、治療効果はかなり高いですし、手術をするわけではありませんので負担が少なく、非常に良い治療法だと思います。医療費も現状では、与謝野さんの治療は一回200点、二千円の三割負担なら六百円に初診料、再診料がプラスされるので、一回の実質的な負担額は九百円くらいと安価です。安価すぎる点が治療施設が広がらない大きな要因です。厚生労働省には考慮を願いたいものです。平均三十回の治療で出血性腸脱炎は血尿が出なくなることが多いですから、放射線療法をよくやっているがんセンターには必ずあってもいい施設だと私は思っています

中山さんはがんのお話もよくしてくださいました。ある時には、「自分の乳がんを手術したんだ」とシャツをたくし上げて、自慢げに胸の手術跡を見せてくれたこともありました。中山さんは、男性では擢患の少ない乳がんになり、その当時、自分より優れた腕の外科医はいないからと、鏡を見ながら自分の乳房のがんを手術したという逸話を持つ方です。

共著者の青木直美氏による文章から

第三章で登場する込山元清医師は、今上天皇の前立腺がん手術の際、東京大学の悩尿器科と国立がんセンター泌尿器科の合同チームの一員として治療に当たられた方です。また、第四章で登場する国立がんセンター東病院名誉院長である海老原敏医師は、三笠宮寛仁親王の主治医でもあります。与謝野氏が受けた下咽頭がんの手術は、寛仁親王が「海老原マジック」と称された、声を残せる手術です。また海老原医師は、こつした外科医人生を振り返り、信頼のおける医師を紹介した『私ががんなら、この医者に行く』(小学館)の著者としても知られています

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執筆を薦めた垣添氏による著書.これもまた感動の一書.
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