“この話を聞いて、国際標準の獲得とは別に、中国独自の国家標準を策定しようとしている事実に驚きを感じた” 『「電池」で負ければ日本は終わる』 岸宣仁 早川書房

「電池」で負ければ日本は終わる

「電池」で負ければ日本は終わる

日本のもの作り力と国際競争力の低下が叫ばれる中,国内産業の将来を考える上で,是非とも読んでおく書であろう.エネルギー問題を考える上でも参考になる.本書の話題は「電池」であるが,ここに書かれたさまざまなことを敷衍してみる必要有り.岸宣仁氏による特許に関する著書(『中国が世界標準を握る日 The Day China Grasps the De-Facto Standard (ペーパーバックス)』『ゲノム敗北―知財立国日本が危ない!』)から多くのことを学んできたので,安心して読むことができた.とにかく勉強になりました.副題は,「新エネルギー革命の時代」.
第一章 リチウムイオン電池(LIB)は日本のオリジナル
P.14 乾電池の発明は,屋井先蔵(やいさきぞう),1885年ことだそうである.

原理の発明はヨーロッパ勢に負うところが大きかったが、一九世紀後半、日本も明治時代に入ると電池の開発が盛んに行われるようになった。普段、それほどありがたみも感じずに「乾電池」と呼んでいるこの汎用製品、今日、世界で年間四五0億本も生産されているが、実はひとりの日本人によって発明された事実はあまり知られていない。
 その人物は、名前を屋井先蔵という。教科書などに登場することもほとんどないので、初めて名前を目にした読者も多いと思うが、電池開発の歴史を紐解く限り、世界に誇る日本人のひとりといっていいだろう。

P.18 リチウムイオン電池の発明者

ソニーの商品化に先立って発明したのは、旭化成イーマテリアルズ電池材料事業開発室・室長であり、旭化成フエロIも務める吉野彰、六四歳。

P.37 こんなこともあったのですね.

八九年、NTTがカナダの電池メーカーと提携して発売した金属リチウム電池が発火事故を起こした。前にも書いたように、金属リチウムは反応性が高く、それ以前から発火の危険性がしばしば指摘されていた。

第二章 電池が死命を制するEV新時代
P.32 テスラ・ロードスターの電池探し

ところが、当時この製品をつくっている松下電池、三洋電機ソニーの三社と何度も交渉したが、EV用の販売は想定していないから、安全性に関する厳しい質問を浴びせられるだけで交渉がまるで進展しない。そんなとき、三洋電機の技術者の中に一人の理解者がいて、ケルティの説明を理解してくれただけでなく、三洋側の質問にその技術者がテスラの代わりに熱意を持って答えてくれ、電池購入の契約にまでこぎ着けることができた。O六年末頃の話である。

テスラの秘密は電池制御にあるらしい.
P.80

 加えて、中国の電池メーカー、比亜迫(BYD) の動向も見逃せない。
 農村出身の王伝福総裁が九五年に設立した民営企業で、広東省深別に本社を置く。王は政府系研究機関の高級エンジニアのポストを捨て、単身BYDを創業した立志伝中の人物である。アメリカの著名な投資家、ウォーレン・パフエツトが率いる投資会社が一O%の出資をして大きな話題を呼んだ。日本との関係でいえば、技術力に定評のある金型大手オギワラの館林工場を買収し、M&A(企業の合併・買収)を駆使して事業のさらなる拡大を図る姿勢に「電池大王」の異名を取ったこともある。

第三章 創エネ,省エネ,そして蓄エネの時代
P.86 住友銀行元副頭取の吉田博一氏が創業したエリーパワー.

リチウムイオン電池は強い力がかかると発熱するなど大型化が難しいといわれてきたが、エリーパワーがこれだけのハイベースで大型蓄電池の生産能力を拡充できるのには理由がある。日本の電池メーカーの多くが正極材料にコバルト酸リチウムなどを採用しているのに対し、同社は早くからオリピン系(リン酸鉄リチウム)という独自の材料を使っているからだ。

第四章 新エネ革命の3点セット
P.114

新エネルギー革命をめぐる諸外国との覇権争いを制するには、リチウムイオン電池だけでなく、ネオジム磁石や炭化ケイ素(SiC)パワl半導体も重要な役割を担う。私自身、これら日本のオリジナル技術を「新エネ革命三点セット」と呼んでいるが、以下、ネオジム磁石とパワー半導体の商品化の経緯にも触れておこう。

P.125

今から二0年前の一九九二年、中国の郡小平副首相(当時)は南巡講和で、「中東に石油あり、中国にレアアースあり」と述べ、その重要性を早くから見抜いていた。このような方針を受けて、中国政府は九0年代まで外貨獲得のためレアアースの輸出を奨励してきた。

P.128

エアコンの省エネ効果で知られる「インバータ」は、パワー半導体を組み込んだ部品を指すが、日本はこの分野で世界のトップを走る。日本メーカーの中では三菱電機の世界シェアが高く、とりわけ中国市場で著しい伸、びをみせており、山西健一郎社長はのっけからこんな現状を披露した。

P.140

新聞や雑誌などのインタビューで、田中はしばしば「エネルギー政策は単なる技術政策ではなく、市場政策であるという視点が重要」と強調している。このキーワードに込められたポイントは何なのか、まずはその解説から話を始めることにした。

第五章 肝心のLIB世界シェアで韓国の後塵を拝す
P.154

そこで問題となるのは、設計図面など電子データがどのような法律で保護されるかである。特許でもなく、著作権でもなく、日本の法律ではこの項の冒頭に自記した「営業秘密」として守られるのである。

P.163

「EVの時代になれば、アメリカは絶対電池を自分の固でつくらせる」と重ねて指摘した吉野だが、「材料となるとちょっと違う」と念を押して、この部分は日本が世界に冠たる存在であり続けるべきだとの考えを強調した。

P.171

前者の急速充電器まコンビニエンスストアの駐車場やガソリンスタンドなどにぽつぽつ設置され始めているが、日本では東京電力や自動車大手が規格づくりを主導した「CHAdeMO(チヤデモ)」という方式が主流になっている。チヤデモは「チャージ(充電)」と「ムーブ(動くこを組み合わせた造語で、「お茶でも飲んでいる聞に充電する」の意味を込めた。

非接触充電システム

いや、すでに実証実験に入っている海外企業もある。米無線通信半導体大手のクアルコムは、電気自動車向け無線充電技術の実用化にめどをつけ、二0一二年初めからロンドン東部のテツクシティで、五O台のEVを使って実証実験を進めている。

第六章 LIBの仮想敵国は米中?国際標準化がカギ
P.179

そこで、八五年に日本で最初の基本特許を出願した吉野が、どのような知財戦略で臨んできたか、本人の基本的な考えを質してみることにした。話は、吉野が発明人、旭化成が出願人、となった特許の出願状況から始まった。
「出願件数にすると、累計で三五O件ぐらいでしょうか。これは全部をひっくるめたもので、このうち基本特許といえるのは、定義が難しいのですが、人五年と入六年のを柱に三つぐらいと考えています。ただ、私は基本特許とは別にク関所特許。という考え方を大事にしていまして、電池の基本構造を表現する基本特許に対し、関所特許はまさにネジの一本を表わします。けれども、そのネジしか使えませんとなった時に、極めて強力な力を発揮する特許を関所特許と呼んでいるのです」

P.200

この話を聞いて、国際標準の獲得とは別に、中国独自の国家標準を策定しようとしている事実に驚きを感じた。一三億人を超える巨大な人口を擁する中国ーーそのうちEVを購入できる層がどれくらいか推測は難しいが、仮にボリュームゾーンといわれる中間層を四〜五億人と想定するなら、中国が国家標準を定めてこのクラスの購買力人口を取り込んでしまえば、日米欧の自動車メーカーはそれに合わせて製品をつくらざるを得ない。

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