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“ぼくは思いだす、ベンヤミンよりわずか若く、一九一九年に二0歳の無名の詩人だったベルトルト・ブレヒトが、ローザと革命の敗北とを悼む「くれないのローザのバラード」を書いた、といわれていることを。” 『 バイエルン革命と文学  (1981年)  (白水叢書〈52〉) 』 野村修 白水社

バイエルン革命と文学 (1981年) (白水叢書〈52〉)

バイエルン革命と文学 (1981年) (白水叢書〈52〉)

1981年1月刊.同年3月読了とある.恐らく大学生協で購入して読んだもの.山口昌男著作で,ブレヒトを知り,本書で,ローザ・ルクセンブルクを知り,トラーの「夢みるちからのない者に、生きるちからはない」という言葉を知る.ブレヒトのローザを悼む詩と,トラーのこの一言故に,大切に持っていたのが本書.
著者は,1930年生まれの京都大学教授.残念ながら故人らしい.
裏面の紹介文より

 一九一八年十一月、芸術都市ミュンヒェンを首都とするバイエルン邦でも革命が起こった。労働者評議会(レーテ)か議会か、革命か反革命か、うち続く急激な流動状況に様々な対応をしめす多くの文学者の姿(ブレヒト、トラー、マルト、マン等)がそこにはあった。
 本書は、これらの文学者の具体的活動を跡づけ、とりわけ若きブレヒトの文学的出発にとっての革命の意味を追いながら、希望と絶望とが激しく交錯する局面での行動についての思考材料を提出し、過渡期に生きる〈われわれ〉の在り方の問題を提起する労作である。

序章 水死したむすめの歌

ぼくは思いだす、ベンヤミンよりわずか若く、一九一九年に二0歳の無名の詩人だったベルトルト・ブレヒトが、ローザと革命の敗北とを悼む「くれないのローザのバラード」を書いた、といわれていることを。この詩はしかし残されていず、ぼくらはかれの友人ハンス・O・ミュンステラーの回想をつうじて、そのうちのわずか四行を知るにすぎない。

  革命のくれないの旗は
  とうに屋根々々から吹き払われた…
  くれないのローザは
  泳いでいった、ただひとり解放されて

P.16

この詩がローザへの悼歌でもあるとは、だがおそらく誰も語ったことがあるまい。そのようなことはおよそ考えられない、というほうがむしろ自然だろう。なぜならこの詩は、第一に、アルチュール・ランボーやゲオルク・ハイムの「オフェーリア」の系譜を直接に引き継いでいるし、第二に、詩集とは別に戯曲『パール』最終稿のなかにも置かれて、詩人パールがかれの犠牲となった女たちによせる、残酷で優しい歌として機能しているのだから。
 それにもかかわらず、同時にこの詩は、それ以前のブレヒト自身の詩の少なくともニ篇を、背後に隠しもっている。そうぼくは思う。そのひとつは先に触れた「くれないのローザのバラード」であり、もうひとつは「娼婦エーヴリン・ロウの伝説」である。

I 1918年11月7日
P.45 トーマス・マンの日記からの引用 一八年一一月八日金曜

昨夜、あの音楽家〔引用者注、ヴァルター・ブラウンフェルス〕と連れだって帰宅する途中、わたしは政治的な会話をわざと打ち切って、みずみずしい星空の美しさを指ししめしたものだった。永遠のものはひとの気もちを静観的にする。人間的なものは根底において、政治的なものと無縁である。〔…〕それに革命というものは、現実化すれば保守的になるものだ。

P.50

ユダヤ人の独裁、文士の独裁という、やがてアイスナー政権にもその後の評議会共和国にも向けられることになる反革命側の悪宣伝と共通の発想が、この日記にももう現われていることは、注目されていいだろう。

P.58

いささか杜撰な付言をあえてするならば、トーマス・マンやりルケが何を経験したにせよ、かれらの文学の進路にとって、バイエルン革命はひとつの通過駅にすぎなかった。かれらの文学の骨格はすでに形成されていて、それが大きく変化することはなかった。しかし、この革命がその文学の終着点に、あるいは逆に出発点に、なったひとたちもある。このうちの前者には、グスタフ・ランダウアーが、またある意味でエーリヒ・ミユーザームが数えられる。後者のほうは当然ながら若いひとたちで、トラーやグラーフ、それに当時まだまったく無名だったブレヒトなどがそうだったといえるだろう。

II 青春 戦争と革命 歳の市 ブレヒト その一
III 歌 『バール』『夜打つ太鼓』
P.101

つまり原詩に即していうなら、兵士たちは主観化され、また客観化される。かれらが自己を見、状況を見る視点は、連を追って移動し、交錯し、複合してゆく。そして最後に「おれたち」という姿勢がふたたび回復される。このような手法によって、かれらが屈折のすえ、その屈折から得られた冷静さは手離すことなく、意識的に「おれたち」を再形成してゆくことが、たぶん暗示されている。−−ぼくの結論をここで急いでしまえば、これ、がブレヒトの出発点なのであり、その後のかれの仕事は、この詩の最終行から展開してきていると思われる。

P.123

まとめれば、一九一九年とそれ以後のブレヒトについて、「革命の間奏曲はまもなく忘れられた」とはいえない。それどころか、一見してカクメイのカの字も現われぬ作品さえが、「てめえらの天国を覗いて」いる「おれたち」の視線に、浸透されている。ハンス・マイヤーは初期ブレヒトについて、かれが表現主義その他の当時の文学潮流・社会潮流から「意識的に隔絶」して、アウクスブルクという「地方」の、いわばアウトサイダーの友情共同体を自己の精神世界とした、といった意味のことを述べていた。たしかにそういえば、かれは流行の潮流とは別のしかたで文学と社会にかかわっていたし、さしあたって、意識的なコミュニズムからも遠かった。けれども、ぼくの考えでは、マイヤーの言いかたには不十分なところがある。ブレヒトの世界をかたちづくったアウクスブルクが、ミュンヒェンとともに革命の渦中にあって、一九一八/一九年の闘そういうアウクスブルクでもあることを、ぼくは補足しよう。それを「地方」と争を経過した、それは、記憶をもっぱら風化させる「中央」に対峠するものとしての「地方」でもあるだろう。つづく二0年代のブレヒトの仕事を特色づける、冷静な認識とラディカルな非妥協性は、「天国」のなかでの「おれたち」の意識の所在を、はっきりとあかしだてている。

IV シュヴァーピングのひとびと
P.138

バイエルン革命は、ひとつの側面からすると、ニO世紀初めのシュヴァービングを活性化させていた自由と一種の連合主義の精神が、その狭い地域をこえ、また芸術という局限された領域をこえて、あふれだしていったものと見えるところがある。ここの芸術家たちの一部は、かれらがそれなりにここで現実化していた精神を、いまや労働者のなかへ、大衆のなかに持ちこむことによって、この革命の熱烈な意欲を、理想主義を、無垢を体現すると同時に、その反面でまたこの革命の不用意さ、未成熟、性急さ、夢想性をも体現することとなったのだった。

V 嵐と夢
VI ある選ばれた生涯
P.180

夢みるちからのない者に、
生きるちからはない。
Ernst Toller

P.204

幼くしてポーランド人差別・ユダヤ人差別のなかに生き、若くして戦争の悲惨を知ったかれは、死ではなく愛の支配する世界の実現をめざしてドイツ革命の渦中に身を投じた。その後の二0年間、しだいに険悪化する情勢のなかで、かれは同じ理想のために書き、語り、行動しつづけた。戯曲『ヒンケマン』の冒頭に、「夢みるちからのない者に、生きるちからはない」というモットーを置いていたかれは、そのあいだずっと、友愛の究極の勝利を夢みるちからを保持していたのだろう。そのちからが尽きたのだろうか。

終章 革命行動と倫理

わたしの愛するひと、が
わたしにいった
きみが必要だ、と。

だから
わたしは気をつけて
道をゆき
雨だれをさえ怖れる
それに打たれて殺されてはならない、と。

ブレヒト「朝に晩に読むために」

この本でいままでぼくは、革命と文学の、ないし状況と文学の関連を直接に問題として理論的に考察するのではなく、もっぱら、幾人かの文学者の人物像をバイエルン革命とその挫折という具体的な過程のなかに浮かびあがらせてみること、そしてこのことをつうじて問題意識を分けもつひとびとに多少の思考材料を提供することに、ぼくの任務を限定してきた。しかし最後の章では、ひとつの側面からだけではあるが、ぼくは問題へのぽくなりの接近を試みることにしよう。

P.223

思うにブレヒトは、若いルカーチブハーリンとは違って、二重の意識のもたらす「選択や動揺」を、問いと答えの弁証法的な連鎖を、切りすでるのではなくて生かそうと考えたのだ。ぼくらはかれから、ぼくらがひとつの未踏の局面に向きあうたびに、そのつどぼくらの経験と記憶の総体を動員し、活性化しながら、歴史哲学的にも倫理的にも考えぬくことを、もとめられている。

【関連読書日誌】

  • (URL)私が介護の原則は「説得より納得」ということに気がつき、母の希望にそった、母中心の介護に変えたとたん、母はみるみる回復した。母の痴呆は介護に対する不満、私に対する最大の抗議だった” 『母 老いに負けなかった人生 (岩波現代文庫)』  高野悦子 岩波書店

【読んだきっかけ】
【一緒に手に取る本】

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ブレヒトの詩 (ベルトルト・ブレヒトの仕事)

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