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“人間はすべての過去を言葉の形で心の内に持ったまま今を生きる。記憶を保ってゆくのも想像力の働きではないか。過去の自分との会話ではないか” 『春を恨んだりはしない - 震災をめぐって考えたこと』 池澤夏樹 写真: 鷲尾和彦 中央公論新社

春を恨んだりはしない - 震災をめぐって考えたこと

春を恨んだりはしない - 震災をめぐって考えたこと

3.11を経験して,池澤夏樹氏の思索
ポーランドの女流詩人,1996年ノーベル文学賞受賞,ヴィスワヴァ・シンボルスカ(Wisława Szymborska, 1923年7月2日 - 2012年2月1日)の詩が引用されている.「眺めとの別れ」(沼野充義訳)

またやって来たからといって
春を恨んだりはしない
例年のように自分の義務を
果たしているからといって
春を責めたりはしない

わかっている わたしがいくら悲しくても
そのせいで緑の萌えるのが止まったりはしないと

P.24

 自然には現在しかない。事象は今という瞬間にしか属さない。だから結果に対して無関心なのだ。人間はすべての過去を言葉の形で心の内に持ったまま今を生きる。記憶を保ってゆくのも想像力の働きではないか。過去の自分との会話ではないか。
(略)
 春を恨んでもいいのだろう。自然を人間の方に力いっぱい引き寄せて、自然の中に人格か神格を認めて、話し掛けることができる相手として遇する。それが人間のやりかたであり、それによってこそ無情な(情けというものが完全に欠落した)自然と対峙できるのだ。
 来年の春、我々はまた桜に話しかけるはずだ、もう春を恨んだりはしないと。今年はもう墨染めの色ではなくいつもの明るい色で咲いてもいいと。

最後の文は,古歌「深草の野辺の桜し心あらば今年ばかりは墨染めに咲け」を受けての文章.
P.59

 災害と復興がこの国の歴史の主軸ではなかったか。

 災害が我々の国民性を作ったと思う。

P.60

加藤周一は『日本文学史序説』において、日本人はデカルトヘーゲルのように精緻な論文による哲学は書かなかったがその代わりに文学の中で充分に思想を表現した、と書いた。不変の真実をではなく移ろうものを扱うのなら文学の方が、なかんづく和歌や俳句などの短い詩が、ずっとふさわしい形式だろう。

P.71

 しかし行政は往々にして杓子定規で融通が利かない。法律を楯にとって誰の得にもならない無駄なことをさせる。阪神淡路大震災の時に「役所の中でも、規律を墨守する者と現場のニーズに応えようとする者との暗躍があった」と中井久夫さんが書いている。(『災害がほんとうに襲った時――阪神淡路大震災50日間の記録』みすず書房)今回も同じことが起こっているのだろう。

P.121 書き終えて

 C・K・ウィリアムズという朗読のおそろしくうまい詩人がスピーチの中で「倫理とは想像力だ」と言った。自分が何を探しているかわかった気がした。
 ジョン・ダンの詩に「誰の葬儀の鐘かと聞いてはいけない。それはおまえの葬儀の鐘だ」とあるのに似ている。人はみな孤島ではなく大陸の一部だ、というのが詩の前段。
 思えば、詩の一行をタイトルに借りたシンボルスカが正にそういう想像力の詩人であった。
 こういうことを考えながら、前へ出ようと思う。

高校時代に読んだ「誰がために鐘は鳴る」の最初に,このJohn Donneの詩があったことが懐かしい.
「人はみな,一島嶼にはあらず」新潮文庫版だったか.

 For Whom the Bell Tolls

No man is an island, entire of itself;
every man is a piece of the continent,
a part of the main.

If a clod be washed away by the sea,
Europe is the less,
as well as if a promontorywere,
as well as if a manor of thy friend's or of thine own were:
any man's death diminishes me,
because I am involved in mankind,
and therefore never send to know
for whom the bells tolls;
it tolls for thee.

【関連読書日誌】

  • (URL)やはり人間は燃え尽きないために、どこかで正当に認知acknowledgeされ評価されappreciateされる必要があるのだ” 『災害がほんとうに襲った時――阪神淡路大震災50日間の記録』 中井久夫 みすず書房
  • (URL)情報はイマジネーションがなければ意味をなさない。時には情報がないということが逃げ口上に使われる” 『復興の道なかばで――阪神淡路大震災一年の記録』 中井久夫 みすず書房
  • (URL)“これからの本が「どうなる」ではなく,「どうする」という意思がなければ,本の世界は何も変わらないだろう.”  『本は、これから (岩波新書) 』 池澤夏樹編 岩波書店
  • (URL)詩は今いるところであなたの心に作用する。知性に働きかけ、感情によりそい、あなたは独りではないとそっと伝えてくれる。” 『イェイツの詩と引用の原理』 詩のなぐさめ1 池澤夏樹 図書 2012年4月号 岩波書店

【読んだきっかけ】家人が図書館から借りてきて...
【一緒に手に取る本】

終わりと始まり

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誰がために鐘は鳴る〈上〉 (新潮文庫)

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誰がために鐘は鳴る〈下〉 (新潮文庫)

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文明の渚 (岩波ブックレット)

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ぼくたちが聖書について知りたかったこと (小学館文庫)

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