“少年期からすでに退行的な気分に全身を蝕まれ、後ろだけを向いて生きてきた私は、種村さんの〈落魄〉を巡る考察に小躍りした。(そうだ、何もいらない。思い出だけが人生た)。落魄という最後の切り札を手に入れることで私は残りの人生を気楽に切り抜けらないものかと、小狡く考えたにちがいな” 『夢でまた逢えたら』 亀和田武 光文社
- 作者: 亀和田武
- 出版社/メーカー: 光文社
- 発売日: 2013/04/18
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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ゴシップの愉しみ、
そして
活字とテレビの黄金時代。
ビー卜たけし、佐野洋子、椎名誠、手塚治虫、ナンシー関……。
忘れられない人たちと交わした、あの曰。
追憶、感傷、シニカルな笑いが織り交ぜられたエッセイ集。
「あのときの、あの人に、もう一度会いたい」
漫才ブーム直前に出会ったビートたけしの素顔をはじめ、マンガの
神様•手塚治虫との密室での濃密なおしゃべり、80年代・90年代
のテレビのワイドショーや深夜番組などで観察した人たち、長年、
交流を深めてきた魅力的な作家たちの素顔を綴る。
P.39
「ゴミ男は、十数年にわたって毎朝毎朝ゴミ出してって言わないとゴミ出さなかったの。(中略)でも一回だけなの、覚えるってことがないの。時々カンニン袋の緒が切れて私がポロ雑巾みたいに荒れ狂うと無邪気な顔して『ヨ―コ、家事嫌いなの』って言ったの。
おう、おう、言ってやろうか、家事なんか大嫌いだよ。一年や三年、五年は好きだよ、気まぐれにやるんだったら面白えよ、お客が来た時だけ、料理とソ―ジして花飾るんだつたら張切ってやるよ。仕事の息抜きだったら文句言わないよ――」(『覚えていない』(新潮文庫)
すごいなあ。恐ろしいでしょ。ふつうは、ここまで書けんでしょ。このころは、すでに怖いものなし、無敵のヨーコさんである。
私くらいしか興味を持たないような賀問をそれとなくぶつけると、まず大体は答えてくれたビ―トくんには感謝だ。あと、もうひとつ訊きそびれていた質問があって、それは六八年の新宿歌舞伎町にまつわる、ある伝聞の真偽だ。ビートくんと、作家デビュ―する前の中上健次、そして“連続射殺魔”永山則夫の三人が、ある店で面識があったという都市伝説めいた噂は真実だったのか。
P.190
本章のタイトルは,何と『落魄(らくはく)と消えた女優をめぐる引用の織物』
消えた女優とは裕木奈江.
この文章で、私は種村季弘さんの新刊『人生居候日記』の帯にあった“男性最高の快楽は落魄である”に触れ、自分の願望を正当化しようとしている。種村さんのエッセイ中には、こんな一節があつた。
「かねてから私は、男性最高の快楽は落魄ではないかと考えている。落ちぶれた男ほどエロテイックなものはない。ピカピカの現役男性などというのは、せいぜいセクシュアリティーの範疇にしか属さない。一方、食用鶏のように全身の毛を抜かれ、身ぐるみはがれて落ちぶれ果てた男は、若さの内実をうしなって思い出しか持ち合わせがない。その分だけ夢とエロティシズムに近づいているのだ」
少年期からすでに退行的な気分に全身を蝕まれ、後ろだけを向いて生きてきた私は、種村さんの〈落魄〉を巡る考察に小躍りした。(そうだ、何もいらない。思い出だけが人生た)。落魄という最後の切り札を手に入れることで私は残りの人生を気楽に切り抜けらないものかと、小狡く考えたにちがいない。
P.205
われわれ一行は三人。ひとりは、北海道で超人気を誇る地方出版社を営む、館浦(たてうら)あざらし君。年二回刊の温泉情報誌「北海道いい旅研究室」は、札幌の紀伊國屋書店はじめ道内の大型書店でも、村上春樹や渡辺淳一のべストセラーの売り上げを抜く愛読者を擁する。有名温泉をただヨィシヨするだけのガイドブックと違い、泉質やサ―ビスを徹底的に検証する姿勢が道民の支持を得ているようだ。
P.210
出会いのきっかけは何だったろう。そうだ、『オキナワ紀聞』という、写真と文章、ともに私の知らないオキナワのつまった本を、いまはなき「週刊宝石」の見開き書評欄で、こんなオキナワ本、読んだことなかったと書いた。そうしたら、ていねいでスマ―トなお礼の葉書きが届いたのだ。
P.214
マブイ(魂)は、沖縄を象徴するもっとも重要な言葉だ。ふとした油断でマブイを落とすと、心身に異変が生じたり、衰弱が始まる。近年この国で“プチうつ”などと診断される症状も、沖縛なら「あ、どこかでマブイ、落としたねえ」Lということで、ユタ(巫女)に頼み、マブイを落とした場所を特定してもらって、マブイを呼び戻してもらう。
【関連読書日誌】
- (URL)“人間はすべての過去を言葉の形で心の内に持ったまま今を生きる。記憶を保ってゆくのも想像力の働きではないか。過去の自分との会話ではないか” 『春を恨んだりはしない - 震災をめぐって考えたこと』 池澤夏樹 写真: 鷲尾和彦 中央公論新社
- (URL)“土居の第一世代の弟子となった石川は、土居が亡くなる二〇〇九年まで四五年間、「土居ゼミ」に通い、最期まで師事した” 『永山則夫 封印された鑑定記録』 堀川惠子 岩波書店
- (URL)“人々がゆううつや不安,イライラなどの都合の悪い感情を,異物としての外在化,つまり外からくるものとしてとらえる傾向が強くなっている” 『眠れぬ夜の精神科―医師と患者20の対話 (新潮新書)』 中嶋聡 新潮社
【読んだきっかけ】嵐山光三郎のエッセー
【一緒に手に取る本】
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