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“どんなことも、私たちが共に過ごした人生を、私たちが共になしとげたすべてを、私とエリ―から奪うことはできない。私たちは決して、別々になることはないんだ” 『フランクル『夜と霧』への旅』 河原理子 平凡社

フランクル『夜と霧』への旅

フランクル『夜と霧』への旅

フランクルの私生活は,その著作ほどには知られていない.家族などいろいろな人へのインタビューが本書の魅力
P.118

ブーヘンヴァルト強制収容所は、ドイツの文化都市ヴァイマールの近くにあつた。ここにフランクルはいたことはない。しかしここに囚われていた人たちが歌つた「ブーヘンヴァルトの歌」に、「私たちはそれでも人生にイエスと言おう」という一節があったのだという。

P.130

なるほど......と私は納得しそうになつた。しかし、「それでも人生にイエスと言おう」という歌は、のどかな時代につくられたわけではない(歌詞には意志を示す助動詞があるので、「言おう」。フランクルの本の題は「言う」)。
それに、フランクルは、大虐殺の時代を知っている。知っているどころか、実際にアウシュヴィッツ=ビルケナウで生死の選別をくぐりぬけて、そこで妻と永遠にわかれた。解放されて、ウイーンに帰り着いても、両親も妻も、兄も二度と帰らなかった。家族で生きていたのは、オーストリアに移住した妹だけだった。
 それから一年もたたない翌春の講演で、フランクルはこの歌を引き合いに出して、「どんな状況でも人生にイエスと言うことができるのです」と語ったのだ。
 そして晚年、代表作を書き改めた決定版を本にするとき、「それでも人生にイエスと言う」を書名にした。
 フランクルは、収容所で何を体験したのだろうか。

P.161

ダッハウ記念館の資料などによると、カウフェリング収容所群には合計約三万人のユダヤ人が収容されたが、病気や栄養失調や過重労働のために、一万人以上が死んだ。
 三角屋根の半地下の小屋がどのよぅなものだったか。このあたりの収容所を解放したアメリカ軍の活躍を描いたアメリカのテレビドラマ「バンド•オブ•ブラザ―ス」(スティーヴン•スピルバーグ、トム.ハンクス製作総指揮)のDVDで、見ることもできる。

P.187 1997年9月2日,92歳の生涯を終えたとき、現地の新聞が書いた記事からの引用

《 彼は精神科病院で働き、自分のクリニックも開いたが、一九四二年には医師として働き続けることが不可能になり、家族ともどもテレ―ジェンシュタットの収容所へ送られた。それから、自分の父、母、兄、最初の妻を失った。しかし彼は生き抜いた。そして、多くの人がとんでもないと思うようなことを言つた。父を最期までみとることができて自分はもっともすばらしい時間を過ごした、と。そして、強制収容所でのすべての苦しみにもかかわらず、「私はいったい誰を憎めばいいんだ」とフランクルは問うた。自分が知っているのは犠牲者だけで、加害者を知らない、と言ったのだ。フランクルのもっとも知られた演説は次のようなもので、しばしば誤解された−−人間にはただ「品性のある人種と品性のない人種」のふたつがあるだけで、品性のある人は少数だったし、これからも少数派にとどまるだろう、そして政治体制がならず者を押し上げて権力の座につければ、どんな国でもホロコーストを起こしうる。
 フランクルは意味について三十冊の本を書き、アメリヵでは『一心理学者の強制収容所体験』は世界をもつとも変えた十冊の1つに選ばれた。〔アメリカの議会冈書館と「今月の本クラブ」会員が選んだ「もっとも影響カのある本」ベスト10に入った=1991年11月20日付ニューヨークタイムズ
 しかし故郷ウィーンでの状況は、はずかしいものだった。彼の親しい友人たちは彼が亡くなってから沈黙を破って、フランクルの家のドアに落書きされたハーケンクロイツナチスの鉤十字のマーク〕を一度ならず消したことがあると語った。年とった夫妻がそれを目にすることがないようにと......》

P.194

 これについても、「viktor & I」の最後の方で、フランクル夫妻の伝記の筆者であるアメリカの心理学者ハドン•クリングバ―グ•シユニアが、語っている。
 宗教の違うヴィクトールとエリ―は、別の墓に入ることになる。それについてクリングバーグがインタビュ―の際に、「お二人は、別々に生まれて、受けた教育も違うし、最後にまた別々になるんですね」と言うと、ヴィクトールはこう答えたという。 
 「どんなことも、私たちが共に過ごした人生を、私たちが共になしとげたすべてを、私とエリ―から奪うことはできない。私たちは決して、別々になることはないんだ」
 傍らで聞いていたエリーも言つた。
 「ええ、まつたくそのとおり」

【関連読書日誌】

  • (URL)自然は人間の営みとは無関係に美しい” 『秋、穂高で』 医師の山歩き 3 山本太郎 みすず 2012年 12月号 みすず書房
  • (URL)何千もの幸運な偶然によって、あるいはお望みなら神の奇跡によってと言ってもいいが、とにかく生きて帰ったわたしたちは、みなそのことを知っている。わたしたちはためらわずに言うことができる。いい人は帰ってこなかった、と” 『夜と霧 新版』 ヴィクトール・E・フランクル 池田香代子訳 みすず書房
  • (URL)自己反省を持つ人にあっては「知ることは超えることである」ということを信じたい。そして、ふたたびかかる悲劇への道を、我々の日常の政治的決意の表現によって、閉ざさねばならないと思う” 『夜と霧――ドイツ強制収容所の体験記録』 V.E.フランクル, 霜山徳爾訳 みすず書房
  • (URL)心理療法には、どうしても譲ることのできない点がある。それは、人間というものは、憎しみを分かつためではなく、共生共苦の慈悲を分かつために生まれてきた、ということである” 『素足の心理療法  (始まりの本) 』 霜山徳爾, 妙木浩之[解説] みすず書房

【読んだきっかけ】
【一緒に手に取る本】

“犯罪被害者”が報道を変える

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