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“「わたしは知らない」という、この小さな言葉をわたしはそれほど大事なものだと考えています。それは小さなものですが、強力な翼を持っています” 『終わりと始まり』 ヴィスワヴァ・シンボルスカ 訳:沼野充義  出版社:未知谷

終わりと始まり

終わりと始まり

池澤夏樹の文章に誘われて、シンボルスカの詩集を買ってしまった.大切な1冊.
ノーベル賞受賞講演と訳者である沼野充義氏による解説「普遍のユートピアに抗して」が付く.
訳もたいへん良い.
帯から

この世界にはまだ――
よりよtいことを選択しながら
生きて行く可能性が残されている

詩集のタイトル『終わりと始まり』となった詩.冒頭の連

戦争が終わるたびに
誰かが後片付けをしなければならない
物事がひとりでに
片づいてくれるわけではないのだから

最後の二つの連

それがどういうことだったのか
知っていた人たちは
少ししか知らない人たちに
場所を譲らなければならない そして
少しよりももつと少しし力知らない人たちに
最後にはほとんど何も知らない人たちに

原因と結果を
覆って茂る草むらに
誰かが寝そべって
穂を嚙むみながら
雲に見とれなければならない

『眺めとの別れ』冒頭
惜別の詩である

またやつて来たからといつて
春を恨んだりはしない
例年のように自分の義務を
果たしているからといつて
春を責めたりはしない

わかつているわたしがいくら悲しくても
そのせいで緑の萌えるのが止まつたりはしないと
草の茎が揺れるとしても
それは風に吹かれてのこと

最終連

わたしはあなたより十分長生きした
こうして遠くから考えるために
ちょうど十分なだけ

『手品ショー』
偶然がちょっとした手品を見せてくれる
で始まる.最後は,

世界はなんて小さいんだろぅ
腕を広げて世界を抱きしめるのだつて
簡単だ、と
そしてさらに一瞬、わたしたちは輝かしい
偽りの喜びに満たされる

P.98 ノーベル賞講演から

彼らは知っているから、自分の知っていることだけで永遠に満ち足りてしまう。彼らはそれ以上、何にも興味を持ちません。興味を持ったりしたら、自分の論拠の力を弱めることにもなりかねないからです。そして、どんな知識も、自分のなかから新たな疑問を生みださなければ、すぐに死んだものになり、生命を保つのに好都合な温度を失ってしまいます。最近の、そして現代の歴史を見ればよくわかるように、極端な場合にはそういった知識は社会にとって致命的に危険なものにさえなり得るのです。
 だからこそ、「わたしは知らない」という、この小さな言葉をわたしはそれほど大事なものだと考えています。それは小さなものですが、強力な翼を持っています。そして、わたしたちの生を拡張し、わたしたち自身の内なる空間の大きさにまで広げてくれるだけでなく、さらにはこのはかない地球を浮かべた、わたしたちの外の空間にまで広げてくれるのです。

P.108 沼田氏による解説「普遍のユートピアに抗して」より

 しかも、「個」としての彼女の言葉は、驚くほど親しみやすい。それに対して、一般に現代詩は――特に欧米の「先進国」では――ジャンルとして発展していくに従って、ますます難解になり、一部のエリ―卜読者だけのものになりつつある。そういった現代詩の宿命的な行き詰まりと際立った対照を成しているのが、シンボルスカの詩の誰にでもわかる(と一見思える)平明さ、すがすがしい簡潔さ、そしてほのかに官
能的なしなやかさだと言えるだろう。難解な実験を一貫して拒むその姿勢をあえて禁欲的と呼びたい。ここで形式面について一言付け加えておけば、シンボルス力の詩は精妙な言葉のメロディに満たされているが基本的には一定のリズムも押韻もない「自由詩」に近いものであり、行わけはされているけれども、連の構成もかなり自由である。だからといって散文的だというわけでもない。ここにあるのは、形式的な洗練そのものよりも、凝縮された詩的形式のなかでいかに思想を表現するかということに心を砕いてきた詩人にいかにもふさわしい、しなやかな形式と言うべきものだろう。

シンボルスカの,「太陽のもとではすべてが新しい」「なにごとも二度はおこらない」という言葉は,フランクルの「あたかも、二度目の人生を送っていて、一度目は、ちょうどいま君がしようとしているようにすべて間違ったことをしたかのように、生きよ」を思いおこさせる.
【関連読書日誌】

  • (URL)人間はすべての過去を言葉の形で心の内に持ったまま今を生きる。記憶を保ってゆくのも想像力の働きではないか。過去の自分との会話ではないか” 『春を恨んだりはしない - 震災をめぐって考えたこと』 池澤夏樹 写真: 鷲尾和彦 中央公論新社
  • (URL)“どんなことも、私たちが共に過ごした人生を、私たちが共になしとげたすべてを、私とエリ―から奪うことはできない。私たちは決して、別々になることはないんだ” 『フランクル『夜と霧』への旅』 河原理子 平凡社

【読んだきっかけ】
【一緒に手に取る本】

終わりと始まり

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シンボルスカ詩集 (世界現代詩文庫)

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橋の上の人たち (りぶるどるしおる)

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