“別の言葉でいえば、研究の質感といつてもよい。これは直感とかひらめきといったものとはまったく別の感覚である” 『生物と無生物のあいだ (講談社現代新書)』 福岡伸一 講談社

生物と無生物のあいだ (講談社現代新書)

生物と無生物のあいだ (講談社現代新書)

6年前に出たベストセラーをやっと読む.後半やや冗長な感じがして,同じ著者のものでも『世界は分けてもわからない (講談社現代新書)』,『できそこないの男たち (光文社新書)』,『プリオン説はほんとうか?―タンパク質病原体説をめぐるミステリー (ブルーバックス)』などのほうが完成度が高いようにも感じた.それでも,DNA,ウイルス,プリオンと生物と無生物の境界という生物学の本質を突く非常に上手い啓蒙書.筆者自身の研究体験を重ねているので,記述に厚みがある.
P.22

 野口の研究業績の包括的な再評価は彼の死後五十年を経て、ようやく行われることになった。それもアメリカ人研究者の手によって。イザベル・K・プレセットによる“Noguchi and His Patrons”(Fairleigh Dickson University Press, 1980)がそれだ。本書によれば、彼の業績で今日意味のあるものはほとんどない。当時、そのことが誰にも気づかれなかったのはひとえにサイモン・フレクスナーという大御所の存在による。彼が権威あるパトロンとして野口の背後に存在したことが、追試や批判を封じていたのだと結論している(邦訳『野口英世』〔中井久夫・枡矢好弘訳〕星和書店、1987)。

野口の人物評価は世にいう英雄ではないことは知られるようになっているが,研究業績もかなり怪しいらしい.
P.38

アンサング・ヒーロー
「縁の下の力持ち」を英語ではなんといえばよいだろうか。私が愛用している『日米口語辞典』(朝日出版社一九七七)によれば、“an unsung hero”とある。歌われることなきヒーロー。サィデンステツカーと松本道弘によって作られたこの画期的な辞書は出版後30年を経過するけれど今なお読むほどに楽しい。ちなみにこの項には、「He's doing excellent job through he isn't getting any credit. と説明的に訳したほうが無難かもしれないが、やはり味に欠ける」としたうえでこの味のある訳が掲載されている。

この辞書は私も愛用していた.今でも持っている,魅力的な辞書!
P.56

別の言葉でいえば、研究の質感といつてもよい。これは直感とかひらめきといったものとはまったく別の感覚である。往々にして、発見や発明が、ひらめきやセレンデイピテイによってもたらされるようないい方があるが、私はその言説に必ずしも与できない。むしろ直感は研究の現場では負に作用する。これはこうに違いない!という直感は、多くの場合、潜在的なバィアスや単純な図式化の産物であり、それは,自然界の本来のあり方とは離れていたり異ななったりしている。

「研究の質感」という表現は,氏の慧眼であり,面目躍如というところだろう.単なるひらめきや,よく言われるセレンディピティと一線を画するところに氏の独創を感じるし,氏の感覚には強く同意する.
P.114

ここに三冊の書物がある。一冊目は、ジエ―ムズ・ワトソンが書いた『二重らせん』(江上不二夫・中村桂子訳、講談社文庫、1986)。ニ冊目は、フランシス・クリックが書いた『熱き探究の日々』(中村桂子訳、TBSプリタニ力,1989)、三冊目が、モーリス・ウィルキンズによる『二重らせん 第三の男』(長野敬・丸山敬訳、岩波書店、2005)である。

【関連読書日誌】

  • (URL)“世の中には、こういうこともあるのである” 『野口英世』 in 『明治の人物誌  (新潮文庫)』 星新一 新潮社C
  • (URL)“本は「根っこ」(思想)と「翼」(想像力)を与えてくれる。この二つは、外に内に橋をかける時の大きな助けである” 『日本人の美風  (新潮新書 436) 』 出久根達郎 新潮社
  • (URL)“人類はいまだに闇や死を恐れている。だからことさら自らを鼓舞して、万物の長のような顔がしたいのだ。そして地球を守っているように思いたいのである。しかし懐中電灯の電池が切れてしまえば、人間は闇の中で途方にくれるしか能がない生き物である。” 『マリス博士の奇奇想天外な人生 (ハヤカワ文庫 NF) 』 キャリー・マリス, 福岡伸一訳  早川書房

【読んだきっかけ】最近読んだ『できそこないの男たち (光文社新書)』『世界は分けてもわからない (講談社現代新書)』が特に良かったので.
【一緒に手に取る本】

野口英世

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中井久夫訳!
最新日米口語辞典

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二重らせん (ブルーバックス)

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ブルーバックスに入ったのですね.
熱き探究の日々―DNA二重らせん発見者の記録

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What Mad Pursuit (Sloan Foundation Science)

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二重らせん第三の男

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ロザリンド・フランクリンとDNA―ぬすまれた栄光

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世界は分けてもわからない (講談社現代新書)

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できそこないの男たち (光文社新書)

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