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“「一番小さな声を聞け」というルールに従うなら、この場合、被害者遺族がそれだ。手紙を書き、末尾に自分の携帯の番号を書き入れてポストに入れた。私は手紙ばかり書いている” 『殺人犯はそこにいる: 隠蔽された北関東連続幼女誘拐殺人事件』 清水潔 新潮社

足利事件と呼ばれた事件でえん罪とされた菅野さんが無実となって釈放されたことはよく知られている(もう忘れられつつあるかもしれない)。足利事件を含む複数の幼女誘拐殺人事件に、真犯人がいることを告発する書、そしてそれを警察が再捜査しようとしないことを告発する書、そして、日本の警察機構、司法、マスメディアの問題を指摘する書である。筆者は、足利事件等の報道で、多くの賞を受賞しているジャーナリスト。2014年2月9日朝日新聞の書評欄に、福岡伸一氏による「執念に満ちた取材で闇に迫る」と題する書評がでた。「たいへんな問題作である」で始まる。その通りであろう。帯に「この本を読まずに死ねるか!」とあるが、それは少し大袈裟な気がする。TBSの報道特集や、NNNのバンキシャ!における調査報道をみてきたものにとって、本書で書かれている内容、あらましは、ほぼ知っている事実である。しかし、一連の報道が関連づけられて、整理されて書籍化されたことの意義は大きいであろう。日本の警察機構、司法制度に残された怖さは、認識しておくべきことである。桶川ストーカー殺人事件の顛末とその本質、解明に尽力したのは同じ記者(筆者)によるものであることは本書で初めて知った。福岡氏は書評で、「どうやってルパンを特定できたのか。機微なことが一切書かれていない」ことを欠陥として指摘したが、それは、被疑者の人権を守るためのジャーナリストとしての矜恃ではないだろうか。黒いファイルの中身はいつか明らかになるだろう。
P.58

この鑑定を担当したのは、科警研法医第二研究室のM室長、主任研究官のS女史、そしてアメリカでの研究を元にMCT118法を導入したとされるK技官。目新しいこの捜査方法に警察は高い評価を与え、マスコミもまた絶賛。「時の人」となつた彼ら三人は、新聞の写真人りインタビュ―記事にも登場していた。

P.144

私は事件を報じるにあたつては、どうしても詩織さんの遺族に会いたかつた。「一番小さな声を聞け」というルールに従うなら、この場合、被害者遺族がそれだ。私は猪野家を取り巻く他社同様、断られることを覚悟の上で詩織さんの遺族に取材を申し込んだ。手紙を書き、末尾に自分の携帯の番号を書き入れてポストに入れた。昔も今も変わらない。私は手紙ばかり書いている。

これは、桶川ストーカー殺人事件について解説した一節。被害者が残した「遺言」をもとに、警察発表にのせられることなく真摯な取材と続けてきた筆者は、遺族への取材がかなう。
P.147

 苛立ちと無力感ばかりを募らせていた私の前に救世主のように現れてくれたのは、記者クラブとは直接関係のない民放テレビ局の情報番組だった。テレビ朝日のキャス夕ー鳥越俊太郎氏などが県警の怠慢捜査の問題点をオンエアしてくれたのだ。
 番組の視聴者に民主党女性議員がいた。
 彼女は「これは変な問題」と認識し、上尾署も県警本部も飛び越えて、国会の予算委員会という場で私の書いた記事を読み上げた。「〈だめだめ、これは事件にならないよ〉〈男と女の問題だから、警察は立ち入れないんだよね〉これは事実なのでしようか?」と議員は警察庁刑事局長に詰め寄った。
 国会質問をきっかけに、事態は大きく動き出す。

P.178

 検察官との面会を終えて出てきた松田さんから経緯を聞いた私は、思わず呟いていた。
 被害者鑑定をやつてなかつたんだ……。
 これは重大な疑惑を孕んでいる。今になつて松田さんのDNAを採取しなければならないということは、事件当時の科警研は、被害者や関係者の型すら解らぬまま鑑定を実施していた可能性が高い。つまり、シャツから「引き算」せぬまま科警研は犯人の型を決めていたということで、そうであるなら極めて危険な鑑定と言うほかない。
ところで、松田さんと検察官との話は意外な方向へと向かつた。

松田さんとは、養女誘惑殺人事件の被害者の一人の母である。
P.179

水面下で密かに行われていたこの被害者鑑定を取材していたのは私だけだった。報じなければ、この事実は誰にも知られることなく消えていくに違いなかった。私は五月三一日の『バンキシャ!』を皮切りに、いくつもの番組で「ごめんなさいが言えなくてどうするの」という松田さんの言葉と今さらの被害者鑑定を流し続けた。

P.192

昼間は単調な作業が続く。ベルトコンベアに載つたピンクとブルーのゴム手袋をビニ ール袋に詰める作業。菅家さんは「そのゴム手袋が羨ましかつたんですよ」と洩らした。家事に使われるその製品は、やがて塀の外に出て行けるからだ。

切ない。
P.197

誰もやつてくれないのならば。
「桶川事件」では殺人犯を特定し、警察に情報を提供した。ニ〇〇六年には静岡県浜松市で起きた強盗殺人事件犯人のブラジル人を一万八千キロ追跡し、ブラジルの片田舎で発見、取材後に男の居場所を静岡県警に通報した。翌〇七年に男は代理処罰という形で禁錮三四年という判決を受けた。

P.258

窮すれば「個別の事件については云々」「法と証拠にのっとって云々」と使い分ける法務省の答弁には腹立たしいばかりだったが、この三日後、柳田稔法務大臣が放言した。
『法相はニつ覚えておけばいい。『個別の事案については答えを差し控えます』これは良い文句です。あとは、『法と証拠に基づいて適切にやっております』と。まあ、何回使つたことか」なるほど。それでか。私は膝を打った。法務省法務大臣の「仕事」ぶりには呆れるしかないが、〈法相就任を祝う会〉で放ったこの一言で、柳田大臣は辞任に追い込まれた。あんな答弁がまかり通ることに怒りを覚える人間が私だけではないのだと知つて、少々ホツとした。

P.285

 当局は、まさか数ヶ月後に「足利事件」の再鑑定が不一致になろうとは夢にも思つていなかつたのだ。後は、法務省という縦割り組織が、隣で何をやつているのかもわからぬままにお役所仕事を遂行したのだろぅ。周辺を取材しても、そんな話しか出てこないし、万が一にもMCT118法が「問題になるかもしれない」といぅ可能性を少しでも把握していれば、むしろそんな危険な死刑を執行するはずがない。私には、単に縦割り組織の失態としか思えないし、この失態こそが、のちに大きな闇を形成せざるを得なくなつた理由ではないかとすら思える。

足利事件のえん罪がはっきりし、そのDNA鑑定に疑義がもたれていた時期に、同じDNA鑑定で犯人とされて死刑判決を受け、再審申請を準備していた飯塚事件の被疑者が、死刑を執行された。この事実をTV番組で知った時は、背筋が寒くなるおもいをしたものである。
P.307

 別の死刑執行に立ち会った経験を持つ元検事に話を聞いてみることにした。
「確定判決が出た検察庁から、検事が死刑に立ち会うんです。執行までが長いので、公判を担当した検事はすでに異動していない場合がほとんどですから」
 話を聞いて意外に思った。死刑求刑をする検事と執行に立ち会う検事は別だというのだ。立会者は法務省から送られた関係書類を読んで、事件内容を理解した上で拘置所に向かうのだという。

【関連読書日誌】

  • (URL)“土居の第一世代の弟子となった石川は、土居が亡くなる二〇〇九年まで四五年間、「土居ゼミ」に通い、最期まで師事した” 『永山則夫 封印された鑑定記録』 堀川惠子 岩波書店
  • (URL)“現象は一元的ではない。多元的で複層的だ。複雑に絡み合っているからこそ、僅かな歯車の食い違いが大きな過ちへと転化して、なし崩し的に事態が進行する” 『「自分の子どもが殺されても同じことが言えるのか」と叫ぶ人に訊きたい』 森達也 ダイヤモンド社
  • (URL)“本当の悪魔とは、巨大に膨れ上がったときの民意だよ。自分を善人だと信じて疑わず、薄汚い野良犬がドブにおちると一斉に集まって袋叩きにしてしまう。そんな善良な市民たちだ” ノベライズ リーガルハイ 2 古沢良太(脚本), 百瀬しのぶ(ノベライズ) 扶桑社

【読んだきっかけ】書評。購入当日、一晩で読み切り。
【一緒に手に取る本】

桶川ストーカー殺人事件―遺言 (新潮文庫)

桶川ストーカー殺人事件―遺言 (新潮文庫)