“原子力発電にかかつているコストはこれだけなのであろうか。むしろ、原子カ発電には直接発電に要するコスト以外にも様々なコストがかかつているのではないだろうか” 『原発のコスト――エネルギー転換への視点』  (岩波新書)  大島堅一 岩波書店

原発のコスト――エネルギー転換への視点 (岩波新書)

原発のコスト――エネルギー転換への視点 (岩波新書)

 原子力発電のコストを考える上で、基本文献となりうる書物。論じるべきことが、要領よく整理されている。推進にせよ、反対にせよ、本書での論拠を出発点にに議論されることを望みたい。見通しよくまとめられているので。将来への(子孫への)負債を増やすだけの、その場しのぎの選択をしていないのか。日本国民の知恵と価値観が試されている。
引用したい箇所は多いが、最初の2章分にとどめておく。
見返しより

他と比べて安いと言われてきた原発の発電コスト。立地対策費や使用済燃料の処分費用などを含めた本当のコストはいくらになるのか。福島第一原発事故の莫大な損害賠償を考えると、原発が経済的に成り立たないのはもはや明らかではないか。再生可能エネルギーを普及させ、脱原発を進めることの合理性をコスト論の視点から説得的に訴える。

はじめに

原子力発電にかかつているコストはこれだけなのであろうか。むしろ、原子カ発電には直接発電に要するコスト以外にも様々なコストがかかつているのではないだろうか。また、このコストをめぐって、様々な問題が生じているのではなかろうか。

第一章 恐るべき原子力災害
P.8

福島第一原発事故の特徴は何であろぅか。次の五つに整理できるであろぅ。
第一に、世界で初めて地震津波によってて起こった大事故であるということである。2007年の新潟県中越沖地震のときには、東京電力柏崎刈羽原発に大きな影響がでたものの、大事故にまでは至らなかった。その意味では、神戸大学名誉教授•石橋克彦が警告を発していた「原発震災」が初めて現実となつた。
(中略)
第二に、事故を起こした原子炉の数が複数に及んでいるということである。
(中略)
第三に、事故の一応の収束までに非常に長い期間を要しているといぅことである。スリーマイル島原発事故は事態の収束までに数日しかかからなかった。チェルノブイリ原発の事故でも事故後約二週間で収束し、7ヵ月後には石棺によって封じ込めが行われた。
(中略)
第四に、被害地域の広域性である。
(中略)
第五に、汚染の不可逆性である。

P.18

 大気への放射性物質の放出は、東京電力によれば、事故直後の数日間が最も量が多く毎時1000兆ベクレルであった。四ヵ月以上きた七月下旬〜八月上旬の放出量は、毎時ニ億ベクレルで、事故発生直後からすれば1000万分の1にまで減つているという。ただし、この放出量に問題がないとは到底いえない。ここで注意すべきことは、日本で福島第一原発事故以前はこのような膨大な量のが環境に放出されたことがなかつたということである。新潟県中越沖地震の際に柏崎刈羽原発から大気中に漏れた放射能(ヨウ素131)の量は四億ベクレルであつたが、この量ですら大きな社会問題となつた。このことを想起すれば、事故数ヵ月たっても続いている放射能の放出状況は極めて異常である。

P.21

放射線による影響は直接的なものにとどまらない。確定的影響とは異なり、確率的影響は、確定的影響がでる閾値より低い量の被爆をしても生じ、その影響については閾値はないとされている。

P.33

とはいえ、新しい目安において示されている年間一ミリシーベルトといぅ被曝量は、学校などの施設にいる時間だけを対象にしたものであって、子どもの生活全般を考慮してのものではない。

P.34 水と食品の汚染について

 暫定基準のままでよいかどうかは議論の余地がある。例えば飲料水の基準をみると、放射生ヨウ素はWHO飲料水水質ガイドラインの三〇〇倍に相当する。また食品中の放射性セシウムは、チェルノブイリ原発事故後の食品輸入の制限値一キログラムあたり三七〇ペクレルを超えた五〇〇ペクレルである。

P.36 除染について

問題点はさしあたって三点ある。第一は、除染地域の区分をし、国のかかわる役割を変えていることである。法律では、環境汚染が著しい地域を「除染特別地域」に指定し、これについては国が除染を実施するとしている。その一方で、「環境の汚染状態が環境省令で定める要件に適合しない」ところは「除染実施区域」とし、除染の実施主体を市町村においている。
(中略)
第二に除染費用の負担を誰が行うのかという問題である。
(中略)
第三には、除染で出る放射性廃棄物の最終処分地が決まっていないことである。

第二章 被害補償をどのように進めるべきか
事故費用の4つの区分:(1)損害賠償費用、(2)事故収束・廃炉費用、(3)現状回復費用、(4)行政費用
P.42

廃炉については、これまで一一〇万キロワットの原発一機あたり六三〇億円程度(沸騰水型原
子炉六五九億円、加压水型原子炉五九七億円)の費用がかかると、電気事業連合会(電事連)によって試算されていた。だが、これは正常な運転をして廃炉に至った原子炉の場合である。
(略)
年間の被曝量をーミリシーべルトに抑えるとすると、警戒区域と計両的避難区域を含む2000平方キロで除染する必要があり、費用は、放射性廃棄物貯蔵施設の建設だけで80兆円にのぼるという報道尾あ。
 (4)行政費用は、国、各種自治体が行う防災対策と放射能汚染対策、各種の検査などが含まれる。また、放射能汚染によって出荷できなくなつた食品の買い取り費用もある。

第三章 原発は安くない
第四章 原子力複合体と「安全神話
第五章 脱原発は可能だ

本書の内容をより詳しく知りたい読者は、拙著『再生可能エネルギ―の政治経済学』(東洋経済新報社、2010年)、『原発事故の被害と補償』(除本理史との共著、大月書店、2012年)、『国民のためのエネルギー原論』(植田和弘、梶山恵司らとの共著、日本経済新聞出版社、ニ〇一一年)を,ご覧下さい。
 すべての科学は批判的であるべきですが、こと原子力政策については、社会科学の領域でも批判的に研究している専門家は極端に少なく、時として孤独な作業を強いられます。その中で、福島第一原発事故以前から精力的に研究されてきた室田武氏、吉岡斉氏、長谷川公一氏、清水修ニ氏、飯田哲也氏の論考には、常に光を見る思いでした。
 また、原子力技術について批判的立場から啓蒙されてきた高木仁三郎氏(故人)、瀬尾健氏(故人)、安斎育郎氏、小出裕章氏、小林圭ニ氏、今中哲ニ氏、野ロ邦和氏、舘野淳氏の著作に多くのことを学びました。

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