“演劇は、人類が生み出した世界で一番面白い遊びだ。きっと、この遊びの中から、新しい日本人が生まれてくる” 『わかりあえないことから コミュニケーション能力とは何か (講談社現代新書) 』 平田オリザ 講談社
わかりあえないことから コミュニケーション能力とは何か (講談社現代新書)
- 作者: 平田オリザ
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2012/12/17
- メディア: Kindle版
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帯より
近頃の若者に
「コミュニケーション能力がない」
というのは、本当なのか「子どもの気持ちがわからない」
というのは、何が問題なのか
第一章 コミュニケーション能力とは何か
P.25
しかし、そういつた「伝える技術」をどれだけ教え込もうとしたところで、「伝えたい」という気持ちが子どもの側にないのなら、その技術は定着していかない。では、その「伝えたい」という気持ちはどこから来るのだろう。私は、それは、「伝わらない」という経験からしか来ないのではないかと思う。
P.29
しかし、つい十数年前までは、「無口な職人」とは、プラスのイメージではなかったか。それがいつの間にか、無口では就職できない世知辛い世の中になってしまった。
いままでは問題にならなかったレベルの生徒が問題になる。これが「コミュニケーション問題の顕在化」だ。
第二章 喋らないという表現
P.47
私が公教育の世界に人ってー番に驚いたのも、実はこの点だった。教師が教えすぎるのだ。もうすぐ子どもたちが、すばらしいアィデアにたどり着こうとする、その直前で、教師が結論を出してしまう。おそらくその方が、教師としては教えた気になれるし、体面も保てるからだろう。だいたいその教え方というのも全国共通で、「ヒント出そうか?」と言うのだが、その「ヒント」はたいていの場合、その教師のやりたいことなのだ。
表現教育には、子どもたちから表現が出て来るのを「待つ勇気」が必要だ。
P.59
私自身は、もはや「国語」といぅ科目は、その歴史的使命を終えたと考えている。明治期、強い国家、強い軍隊を作るために、どうしても国語の統一が必要であった。それ以降一四〇年間、よく「国語」は、その使命を果たしてきた。しかし、すでにその使命は終わっている。
第三章 ランダムをプログラミングする
第四章 冗長率を操作する
P.101
そして、否が応でも国際社会を生きていかなければならない日本の子どもたち、若者たちには、察しあう・わかりあう日本文化に対する誇りを失わせないままで、少しずつでも、他者に対して言葉で説明する能力を身につけさせてあげたいと思う。
だがしかし、「説明する」ということは虚しいことでもある。
柿くえば 鐘が鳴るなり 法隆寺
を説明しなければならないのだ
TPP (環太平洋戦略的経済連携協定)に入ったからと言って、第三の開国が成就するわけではない。本当に私たちが行っていかなければならない精神の開国は、おそらくこの空虚に耐えるという点にある。コミユニケーションのダブルバインドを乗り越えるというのは、この虚しさに耐えるということだ。
P.109
私たちが、「あの人は話がぅまいな」「あの人の話は説得力があるな」と感じるのは、実は冗長率が低い人に出会つたときではない。冗長率を時と場合によつて操作している人こそが、コミュニケーシヨン能力が高いとされるのだ。
P.111
九〇年代後半、私の名前や著作が、狭い世界ではあるが演劇界で少しは流布し始めた頃、ある方から『くりかえしの文法』(大修館書店)という本を紹介していただいた。
日本語教育の重鎮、プリンストン大学東洋学科教授(当時)の牧野成一先生にょって書かれたこの名著には、私がこれまでここに並べてきた理屈が、もっと精緻に、そして当然のことだが学問的な裏づけをもつて書かれている。
P.112
人生は、辛く哀しいことばかりだけれど、ときに、このよぅな美しい時間に巡りあえ.る。普段は不定形で、つかみ所のない「学び」や「知性」が、あるときその円環を美しく閉じるときがある。その円環は、閉じたと思う先から、また形を崩してはいくけれど。
第五章 「対話」の言葉を作る
P.126
民主主義が権力の暴走を止めるためのシステムだとするなら、小粒かもしれないが、市民一人ひとりとの「対話」を重視する政治家を生み出す小選挙区制というシステムは、成熟社会にとつては、存外悪い制度ではない。熱しやすく冷めやすい日本民族の特性を考えるなら、議院内閣制もまた、さして悪い制度だとは思えない。
第六章 コンテクストの「ずれ」
P.137
先にも書いたように、いま、医療コミユニケーションの問題はどこの大学でも取り組んでいて、おそらくそれなりの成果もあげている。だが、そこで取りあげられる多くの事象は、はつきりとしたコミユニケーション不全やハラスメント、あるいはインフオームド・コンセント(医師の説明責任や患者さんとの合意形成)の問題などが主流である。ただ、本当に大事なことは、そして一般社会でもっとも多いのは、先の劇の中の主婦のような、「言い出しかねて」「言いあぐねて」といつた部分なのではないか。演劇は、まさにそういった曖昧な領域を扱うのには、たいへん擾れた芸術であり、またそこから引き出される教育的な効果も確実にあるだろう。
P.149
身体に無理はよろしくないのであって、私たちは、素直に、謙虚に、大らかに、少しずつ異文化コミユニケーションを体得していけばよい。ダブルバインドをダブルバインドとして受け入れ、そこから出発した方がいい。
だから異文化理解の教育はやはり、「アメリカでエレべーターに乗ったら、『Hi』とか『How are you?』と言つておけ」という程度でいいはずなのだ。
P.155
この一連の物語は、私たちに様々な示唆を与えてくれる。敬語は、日本語や韓国語の根幹をなす大きな特徴であり、またそれは、単に言語の問題を越えて、文化全体を支えている要素でもある。しかし、グローバルな社会で、国際水準の仕事をしようとすると、その「文化」さえも捨てなければならない、捨てないと勝ち進めない局面が少なからず出てくる。では私たちは、何を守り、何を捨てていくべきなのだろうか。これは、そう簡単には答えの出せない問いかけだ。
第七章 コミュニケーションデザインという視点
P.167
両国にいまだに根強い嫌韓、反日の感情も、こういった近親憎悪的な事例、あるいはそこに由来•派生する事柄が多くある。日韓だけではない。世界中を見渡しても、隣国同士はたいてい仲が悪い。その原因の一つは、文化が近すぎたり、共有できる部分が多すぎて、摩擦が顕在化せず、その顕在化しない「ずれ」がつもりつもって、抜き差しならない状態になつたときに噴出し、衝突を起こすという面があるのではないか。
P.198
シンパシーからエンパシーへ。同情から共感へ。これはいま、他の分野でも切実な問題となつている。
医療や福祉や教育の現場で、多くの有為の若者たちが、「患者さんの気持ちがわからない」「障害を持った人たちの気持ちが理解できない」と絶望感にうちひしがれて、この世界を去つていく。真面目な子ほど、そのような傾向が強い。
第八章 協調性から社交性へ
P.209
読者諸氏は、PIS A調査(Programme for International Student Assessment)といぅ名前を聞いたことがあるだろぅ。OECD (経済協力開発機構)が、参加各国の一五歳を対象に三年ごとに行つている世界共通の学力調査だ。
P.215
OECDがPISA調査を通じて求めている能力は、こういつた文化を越えた調整能力なのだ。これを一般に「グローバル・コミュニケーション・スキル(異文化理解能力)」と呼び、その中でも重視されるのが、集団における「合意形成能力」あるいはそれ以前の「人間関係形成能力」である。
P.219
科学哲学が専門の村上陽一郎先生は、人間をタマネギにたとえている。タマネギは、どこからが皮でどこからがタマネギ本体ということはない。皮の総体がタマネギだ。
人間もまた、同じようなものではないか。本当の自分なんてない。私たちは、社会における様々な役割を演じ、その演じている役割の総体が自己を形成している。
P.220 秋葉原連続殺傷事件の加藤被告の書き込み
「小さいころから『いい子』を演じさせられてたし、騙すのには慣れている」
私は、「演じる」ということを三〇年近く考えてきたけれど、一般市民が「演じさせられる」という言葉を使つているのには初めて出会つた。なんという「操られ感」、なんという「乖離感」。
「いい子を演じるのに疲れた」という子どもたちに、「もう演じなくていいんだよ、本当の自分を見つけなさい」と囁くのは、大人の欺瞞に過ぎない。
いい子を演じることに疲れない子どもを作ることが、教育の目的ではなかつたか。あるいは、できることなら、いい子を演じるのを楽しむほどのしたたかな子どもを作りたい。
あとがき から
演劇は、人類が生み出した世界で一番面白い遊びだ。きっと、この遊びの中から、新しい日本人が生まれてくる。
【関連読書日誌】
- (URL)“自死が少ないのは、風土だけが理由ではない。人と、人を想う人が作りだした場がある” 『自死の少ない町にて −徳島県旧海部町を歩く』 森川すいめい みすず 2012年 12月号 みすず書房
- (URL)“信頼してもらう,愛してもらう力を身につけることが大切なのだ.” 『特集 就活の虚実』 宮台真司 週刊ダイヤモンド 2月12日号
- (URL)“専門でない研究領域の人たちに,そして市民に,みずからも一個の研究者ではなく,同時に一人の市民でもある者として,どんなふうに語りかけてゆけばよいのか,とことん悩むこと。そのときの語りづらさというものを,研究者はこのあたりで,とことん経験すべきではないかとおもう” 『語りづらさの経験を』 鷲田清一 科学 2012年 04月号 岩波書店
【読んだきっかけ】
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