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“人は何の経験がなくとも、バカになつて突つ込んでいけば、誰か助ける人が出てきてくれる” 『イベリコ豚を買いに』 野地秩嘉 小学館

イベリコ豚を買いに

イベリコ豚を買いに

野地秩嘉さんの書いたものとの出逢いは随分と昔になるが、気負いのないよい文章を書く人である。目線が低く保たれていて、安心して読めるのである。それでいていわゆる“いい話”をたくさん仕入れてくる。
 さて、豚を飼って喰った内澤旬子さんがいたかと思ったら、この人は、スペインへ行って、イベリコ豚を飼った、調理して、喰って、売ったのである。家人が、デパートで、100g7000円の生ハムが売っていたといって大騒ぎしていたのだが、生ハムが好きらしい家内は、2000円の生ハムさえ買うことができず(まあ当然と言えば当然)、500円のフルーツジュースを飲むという普通はしない贅沢をして、溜飲を下げたらしい。ということがあったので、たまたま、通りがかった百貨店で、切り落とし100g800円で売っているのをみつけ、夫婦で食した。生ハムというのは、こういうふうに美味しいのかと、感激したのであるが、その時、著者の野地秩嘉の名前に惹かれて読んでいたのが本書。これは何としてでも、イベリコ豚のペジョータの生ハムを試して見なければなるまい。
 著者が、イベリコ豚の生産者と、加工業者と、調理人のそれぞれと信頼関係を築いていく感動の物語でもある。
P.50

生産者協会はィベリコ豚の定義について、さまざまな規定を作ったが、その骨子は次の3点に要約できる。
①イベリコ豚とは母豚が純イベリコ種の豚だけに限る。
②種豚は純イべリコ種の豚もしくはデュロック種に限る。
③イべリコ豚と呼んでいいのは邓パ礀セント以上、純イベリコ種の豚の血が人っているもの。つまり、母親がイベリコ種で父親がデュロックの豚はOKだが、その子どもが他の種の豚と交配されたものはイベリコ豚とは認めない。

P.52 3種のイベリコ豚

「まず純イベリ力種のベジョ―タ。これが最高級のィベリコ豚だ。
 毎年7月から8月に誕生した純イベリ力種の豚のうち、生後3か経過した段階で骨格の良いもの、発育が良いものを選出し、餌は最低必要数量のみ投与して養豚する。そして誕生から約ー年経った翌月の8月に、その年のどんぐりの収穫量予測から最終的な放牧頭数を決めるんだ。誕生から約15月経っ10月から11月にべジョ―タ養豚場(どんぐりの森)で養豚が開始される。
 ペジョータは誕生から12か月経過後でもどんぐりの実がなるまで体重は80キログラムに抑えられ、10月、11月に実がついてからはどんぐりと雑草を主として無制限に食べることができるようになる。その,结果、約2,3か月で体重が約80キログラムもー気に増加する。こうして養豚されたイベリコ豚の中には、誕生から約2か月経過後に仕上がった際に180キログラム以上にまで達するものもいる。」

ドングリを食べさせない純イベリコのセボ、イベリコとデュロックとの交雑のセボ
P.60

「焼く時には海塩を振っているのだが、甘い脂が塩を包み込んでしまうので、しよっばさを感じなくなる。イべリコ豚を焼く時はくれぐれも塩を振りすぎないように注意しなくてはならない。スペイン人のなかにはイベリコ豚のグリルには塩よりも醤油が合うと主張する人もいるので、うちの店には醤油も置いてある」

P.156 著者がたどり着いた、イベリコ豚ペジョータが美味しさが引き立つ調理法がなんと!

イベリコ豚を使った焼きそば。ペジョータと市販のもやしと焼きそば。まず、イベリコ豚のバラ肉をスライスし、フライパンでこんがり焼く。脂が多く出てきたら、キッチンぺ礀パ―で拭き取つて、適量を残す。こんがりと焼けたバラ肉は別皿に取つておく。
 次に袋のなかから蒸し麵を取り出して、皿に置き、上から日本酒を振りかける。麵ひとつに対して、おちょこー杯分の酒が目安である。振りかけたらラップで覆わず(:レンジへ入れ、2分間、チンをする。そぅして、麵がほぐれたらイベリコ豚の脂が残つたフライパンに投入し、じつくり焼く。この時、フライパンは揺り動かさなくていい。焦げ目がつくくらいまでしつかり焼く。小麦粉は脂と出会つて焦げるくらいまで焼けた時、香ばしさが生まれる。

でもこれでは、商品にはできない。最終的に、スモークした生ハム、名付けてマルディグラハム、にたどり着くのだが。
P.168

「世界には、パン粉ってものがないんですよ。あったとしても、乾燥したバゲットをおろし金で
おろしたような細かいパンの粒です。
(略)
 正確に言ぇば、日本の食パンを使ったパン粉、生パン粉がないんです。日本の食パンってのはおいしいんですよ。それを生パン粉にして揚げたとんかつだからうまいんです。とんかつの味つてのは肉だけじやなく、パン粉と揚げ油の味です。肉が大したことなくても、おいしいとんかつはできます。野地さんが食べたィベリコ豚のとんかつがおいしくなかったのはパン粉と揚げ方がダメだつたからでしょう。肉のせいじやないです。

P.216

マルデイグラハムのステーキ(2人分)
〈材料〉
•マルデイグラハム250グラム
•イベリコ脉へジヨータラ―ド又は無塩ハター15グラム
•クレソンお好みで
〈作り方〉
フライパンにラIド又はバターを人れ、中火にかける
マルデイグラハムを2枚にカツトして入れ、両面をこんがり焼く。
(略)
マルディグラハムのサンドィッチ(2人分)
〈材料〉
•マルデイグラハム(ぉ好みの厚さにスラィス)約125グラム
•食パン(•八つ切り)4枚
.イベリコ豚べジョータラ―ド、又は無塩バタ―(柔らかくしておく)20グラム
.はちみつとマスタード{お好み)はちみつマスタードとは両方を等分で合わせたもの。
〈作り方〉
食ハンにラ―ド又はハターを塗つてトーストする焼く前にパターを塗ることで力リツとした仕上がりになる。
 トーストにはちみつハターを塗ってかイぺリコ脉ベジョータハムのスイスをはさむ。はちみつバターがなければジャムでもいい。

P.225

食は文化だと言いきれる食品はそれほどたくさんあるわけではない「食は文化」と名乗つても許される食品とはたとえばスペィンで作つている生ハムだ。スペィンの農民の生活のなかから生まれた食品で、ー頭の豚を無駄にしないように作つたものである。肉に添加するのは塩だけ。あとは自然の温度のなかで熟成させる。肉に液を注射して増量することなんかありえない。いまでは食品メーカーが作つているけれど、自家製のそれをいまでもこしらえている農家はある。その技術を守つて、塩だけで生ハムを製造している企業もある。
 上質の生ハムはお金の力では絶対に作れない食品だ。
 食は文化だと主張することのできる食品とはこういうものではないか。
 生活のなかから生まれたもので、作るには時間と手間がかかる。大量生産にはなじまない。偽装がしにくい。作つている最中に自分たちの生活、伝統について考えることがある。
 ここにあるょうな条件を満たしたものだけが文化と呼べる食品だと、わたしは思う。

P.228

人は何の経験がなくとも、バカになつて突つ込んでいけば、誰か助ける人が出てきてくれる。そぅすればハムを作ることはできる。人間はやればできる。少なくとも ハムを作ることはできる。いや ハムができたんだからわたしはソーセージも肉まんもケーキもポテトチッフも、食品ならば作ることができるのではないか。商品を作るのは能力ではない。情熱だ。

【関連ブログ】

  • (URL)“なぜ私は自ら豚を飼い、屠畜し、食べるに至ったか” 『飼い喰い――三匹の豚とわたし』 内澤旬子 岩波書店
  • (URL)『サービスの天才たち』 野地秩嘉 (新潮新書
  • (URL)“彼ら自身は平凡な市井の人ではあるが,やっている仕事は非凡なのである” 『日本一の秘書―サービスの達人たち  (新潮新書 411) 』 野地秩嘉 新潮社
  • (URL)“近藤さんの本は海外情報や面白おかしい話の羅列ではない。人間と国という大きなテーマを考えながら書いたものだから、彼が亡くなってからずっと支持されている” 『美しい昔 − 近藤紘一が愛したアジア」』 最終回「ゆんの父親」 野地秩嘉  SKYWARD 2012年 8月号 日本航空インタナショナル

【読んだきっかけ】
【一緒に手に取る本】