“だからどうすべきかは政治家に任せるべきだという意見をしばしば耳にします。 それは、学者にとって楽な生き方です” 『リスクと向きあう 福島原発事故以後』 中西準子, 河野博子 中央公論新社
- 作者: 中西準子,河野博子
- 出版社/メーカー: 中央公論新社
- 発売日: 2012/11/22
- メディア: 単行本
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5年ほど前でしょうか、ジョン・F・ロスという人の『リスクセンス―身の回りの危険にどう対処するか』(集英社新書) という本を読んだ折り(たいへん勉強になる本でした)、中西さんがリスク管理ということに取り組んでいて、専門書をたくさん出していることをしりました。いろいろなことが複雑に絡み、リスクを定量的に評価することが容易でないような事象について、どのようにリスクを扱うか、ということが焦点でした。中西さんが、原子力のリスクをどう考えているのか、は気になっていました。流域下水道の問題は、大手建設業者、公害企業、行政との闘いであったと私は思っていましたので、類似の構図を持つ原子力についてリスク管理の視点からどのような見解をもっているのだろうかと思っていました。
そこへ3.11です。3.11の新聞記事か雑誌かのどこかで、中西さんが、認識が甘かった、というような反省の弁を述べている、ということを読みました。そこで、今回、書店で発見したのが本書です。
はじめに、より
しかし、原子力発電のことは、日本ではそれほど大きな事故はおきないだろうと考えて、まじめに取り組むこともありませんでした。今回の事故で驚き、自分の不明を恥じ、遅ればせながら、この問題に真剣に取り組むことにしました。それが、第I部「福島原発事故に直面して」です。第Ⅱ部は、私のこれまでに歩んできた道をふり返ったもので、ニ〇一一年一一月から一二月にかけて読売新聞にニ七回にわたって連載された「時代の証言者リスクを計る-中西準子」をべースに膨らませ、再構成したものです。
中西先生は、真理に向かって誠実に取り組んできた研究者であり、そして今もその営みを続けておられることが、たいへんよくわかります。幸せな未来は、こうした真摯で誠実な取り組みの中からしか生まれないであろうと思うのです。
原子力のリスク評価について、積極的に意見を述べてこなかった理由について、
その理由は、原子力発電に反対だったからではありません。そうではなくて、学者やジャナリストなどの有識者が、あまりにも原発推進と反対に二分されていたからです。
3.11後、チェリノブイリへ調査・取材に行きます。
難しいのは、そのことを研究していて間違つたということではなく、そこから逃れようとしていて、したがって、きちんと勉強しない、それでいて、やはり一定の判断をしていたということです。この判断は間違っていたと思います。では、どうすればよかったか、原子炉の構造や炉内の反応については専門でないから、発言すべきではなかったと考えるべきでしょうか。
(略)
だからどうすべきかは政治家に任せるべきだという意見をしばしば耳にします。
それは、学者にとって楽な生き方です。たしかに、学者が安全を保証することがおかしいというのも正論です。「自分の専門外だから言えません」という場合もあるでしょうし、また、「自分の専門ではありますが、動物試験で影響は見られたものの、人への影響はあるかもしれないし、ないかもしれないという状況ですので、結論的には人に影響がある可能性が高いとしか言えません」という場合もあるでしょう。こういう言い方でいいなら、学者という立場は気楽です。また、良心的と評価されるかもしれません。確実に安全とは言えないのだから、危険の確率は必ずあると言えばいいのでしょうか?
P.13 チェリノブイリでも、飯舘村のように、はるか離れた遠いところにホットスポットがある。これが、原子力事故の特徴。
P.20 厳格コントロールから外れた地域に、甲状腺癌の子供が多い。
P.26 長年のパートナーが末期癌になって、「近藤(誠)さんの本って、自分ががんになってしまうと、遠い世界の話のような気になるね」
P.32 「直線しきい値なしのモデル」が罪深く思える時。なぜなら、それが科学的真実であるとしても、不安を助長してしまう。
ただ、放射線が特別なリスクであると考えるのは間違っています。それによって、何が起きるかはほぼわかっているのですから。低線量の影響がはっきりしない、放射線の影響がわからないからというようなコメントを出す識者も多いてすが、それも違います。ここまで影響がわかっているものは少ないのです。原爆が投下され、被ばく者の追跡調査が六五年続いているのです。他の物質でこれだけのデ―タがあるはずがありません。また、国連科学委員会や国際放射線防護委員会(ICRP)を支えた研究者の努力で、ペクレルという放射線の活性を、シーベルトという健康影響に換算していくプロセスなどについては、臓器ごとに影響を調べていて、とても化学物質ではできていないことをしているのです。こういうことを知ってもらって、数字どおりのリスクだということを理解してほしいです。識者の方は、過剰に怖がらせるような発言はゆめゆめ慎んでほしいです。
P.36 損出余命 リスクを算定する尺度
P.39 化学物質のリスク評価 閾値モデルが一般的であったのであるが、
しかし、事情が一変したのは、かなりの数の発がん性物質があることがわかり、発がん性物質の場合、その用量反応関係には、放射線と同じ、直線しきい値なしのモデルの適用を米国政府が採用したからです。このことにょって、どこまでいってもリスクはゼロにはならないといぅことになりました。リスクゼロにするためには、使用を全面禁止しなければならない、しかし、使用を止めることができないといぅことで、どの位のリスクを許容するかが、それぞれの発がん性物質について議論され、提案され、ある場合には裁判になり、決まっていつたのです。
P.76
個人に降りかかるときのことを考えて
リスク評価研究をしていて、実は気の重いことがあります。それは、非常にささやかなリスクを語ることで、暴露したかもしれない人の不安を大きくし、また、差別を呼び込んでしまうことです。そのことガリスクを表に出すことで起きてしまうことガとても辛いです。今回のことで言えば、福島の女の子たちが、そういう差別という被害を受けているかもしれないと思うと、考えてしまうのです。
第二部は読売新聞に連載されていた、自身の人生の歴史。修士発表の時の写真に写る姿は、今話題の 小保方さんににていなくもない。
P.129 1971年下水処理場の調査結果について
調査の成果を発表したいと思った当初、下水道関係のどの雑誌も誌面を提供してくれなかった。知人を通じて紹介してもらった新聞記者にも話しましたが、やはり記事にはなりませんでした。『公害研究』に載せてもらえたのは、宇井さんがいたからです。でも、『公害研究』の編集部も、編集代表だった都留重人さんや、戒能通孝さんは反公害の政治的な論文がいいと思っていて、こんな技術の報告は重要だと思っていなかったらしいです。編集に携わっていた宇井さんと、華山謙さん、岡本雅美さんら技術系の人たちが「これは非常に重要だ」と頑張って、掲載されたそうです。
P.188 日本人が摂取しているダイオキシンの6割は魚由来。80年代までに使われた農薬の影響。除草剤CNPに混入していた不純物がその源。
P.199 安全評価も国際競争 ナノ材料のリスク評価
「新しい技術はリスク評価結果と一緒に世に出されるべきだ」
おわりに 聞き手 河野博子氏による
下水道から環境リスク研究へ。『都市の再生と下水道』を書いた著者の歩みを追ぅことで、循環型社会、持続的発展を実現する道筋が見えてくるのではないか、と考えた。インタビューや補足取材を重ねるぅち、見えてきたのは、下水道や水問題に取り組んでいたころから、環境リスク評価を専門とするまでの中西さんの歩みに一貫しているいくつかの点だ。
まず、常に「対案」を提示する。そして、環境問題は、生産の方法を変えることにより解決されるという考え。そして、何よりも、「けつして逃げない」という姿勢が根底にある。
【関連読書日誌】
- (URL)“むしろ専門的知識や技能を棚上げにして、現場に身をさらすこと。そのときに初めて、付き添いさんの知恵というか、眼力の要となるところがおぼろげながらも見えてきます” 『語りきれないこと 危機と傷みの哲学 (角川oneテーマ21) 』 鷲田清一 角川学芸出版
- (URL)“技術の固まりであるはずの、国策としての原発が、結果的には「偶然」に救われたことになり、とても正気の沙汰ではありません” 『日本は再生可能エネルギー大国になりうるか』 (DIS+COVERサイエンス) 北澤宏一 ディスカヴァー・トゥエンティワン
【読んだきっかけ】
【一緒に手に取る本】
リスクセンス―身の回りの危険にどう対処するか (集英社新書)
- 作者: ジョン・F.ロス,John F. Ross,佐光紀子
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