“気鋭の考古学者が挑んだ「日本人のルーツ」は、やがて 「神の手」の異名を持つ藤村新一へ 石に魅せられた者たちの天国と地獄。” 『 石の虚塔: 発見と捏造、考古学に憑かれた男たち』 上原善広 新潮社

石の虚塔: 発見と捏造、考古学に憑かれた男たち

石の虚塔: 発見と捏造、考古学に憑かれた男たち

世紀の大事件となった2000年に発覚した旧石器捏造事件.これまでスクープをものにした毎日新聞の記者によるルポルタージュを読んだことがあったが,この事件と,松本清張の短篇で描かれていた考古学の学者の世界,一連の発見を学問的におかしいと指摘していた,フランス帰りの考古学者,これらをつなぐ解説が欲しいと,長らく思っていた.日本の考古学を牽引してきた学者たち,それらは皆情熱をもって取り組んできた人たちなのだが,かれらの生き様に焦点を当てることによって,日本の考古学の特徴と問題点を明らかにする佳作.「路地」ものの作者だからこそかけたともいえるかもしれない.
見返しから

「世紀の発見」と言ゎれた岩宿遺跡を発見した相澤忠洋。
「旧石器の神様」と呼ばれた芹沢長介
気鋭の考古学者が挑んだ「日本人のルーツ」は、やがて
「神の手」の異名を持つ藤村新一
石に魅せられた者たちの天国と地獄。

P.38

鳥居龍蔵は一八七〇年(明治三)に徳島に生まれ、独学で人類学を学び、東京帝国大学助教授までのぼりつめた異色の学者だ。その激しい気性から東大を飛び出したものの、明治から昭和にかけて国内はもちろん朝鮮半島、中国、台湾、モンゴル、千島列島、サハリン、シベリア、ブラジル、ベルー、ボリビアなど、世界各地を精力的に調査した人本人類学の巨人である。調査にカメラを導入したのも、日本では鳥居が初めてだとされている。一九五三年(昭和二八)、八二歳で東京に没している。
 そんな鳥居だが、こと日本の旧石器時代の存在に関してだけは、ことごとく反対と批判を繰り返した。当時としては珍しく、海外での調査経験が豊富だった鳥居からすれば、極東の一島国である日本列島に人類がやってきたのは、縄文時代からだといぅ確信があったのだろう。

P.41 明石原人を発見した直良信夫

直良はその後、病を克服して三〇歳から学業に専念、五八歳でついに早稍田大学教授に上りつめ、一九八五年(昭和六〇)に八三歳で没している。この直良の悲運については、松本清張が「石の骨」という小説にしている。
 明石原人は、最近になってコンピューター解析にょり「原人ではなく新人だった」と否定されるのだが、それからも直良が人骨を発見した同じ地層から、旧石器時代の木片などが発掘されている。しかし、直良が入骨を採集した場所は海岸だったため、現在では波にょって浸食され、すでに海中に没していた。つまり「明石原人」の真相は、いまだ謎につつまれたままだといえる。
 「明石原人」の謎は、他の旧石器時代の地層から人骨が出てくれば解決されるはずだが、日本は酸性土壌で骨を分解してしまぅため、旧石器時代の化石人骨は、現在にいたるも沖_の島々以外の、日本本土では出土していない。

P.68

「ちんや」は、江戸席代、諸大名や豪商に狆(ちん)などの愛玩動物を納め、獣医も兼ねていたところから「种屋」と呼ばれて」いた。明治維新後の一八八〇年(明治一三)に料理屋に転じ、「ちんや」をそのまま屋号とした老舗だ。一九〇三年(明治三六)にすきやきを専門とするようになり、現在も雷門近くに店を構えている。すきやき屋が淺草に多いのは、明治に入って牛肉食が「文明開化」とされた折り、利にさとく食肉産業に詳しかった近江(滋賀県)の路地の者たちが、東京に移り住み、次々にすきやき屋を開業したためである。東京にある老舗のすきやき屋の多くが、近江牛を売りにしているのはこのためである。

P.111 「登呂の鬼」杉原荘介の師,「考古学の鬼」森本六爾

森本六爾は異色のアマチュア考古学者だった。当時では珍しくフランスへ遊学して林芙美子と浮名を流したこともあるほどで、そのドラマティックな人生は、後に松本清張の小説「断碑」のモデルとして描かれているほどだ。病弱で、寝込んでいた森本の口述筆記を担当したのは、まだ二二歳の杉原であった。杉原は「断碑」には「SJとして登場している。

P.123

実は、杉原が岩宿で掘り出したハンドアックス(握斧)は国の重要文化財に指定されているの^だが、相澤がそれ以前に発見している見事な槍先形石器や細石刃は、現在も重要文化財に指定さ口れていない。
 「岩宿遺跡の発見者は相澤忠洋」といぅことは教科書も認める周知の事実となつているにもかかわらず、岩宿出土の石器として国から認定されているのは、現在も杉原の発見した石器だけだ。

P.189

 そこまで掘れば地下水が出てきそぅだが、「水脈に当たれば水は出ますが、遺跡の出るところは昔から人が住んでいたところなので、いくら掘っても水は出ないのです」と言ぅ。またローム層は、火山灰が積もり粘土質になって固まったものなので、とても固い。時にはドライバーを使つて穴をあけてから掘ることもあつたという。

P.225 フランス流の本場の考古学を学んできた竹岡俊樹

日本に戻った竹岡が、やがて「考古学の異端児」となったのは、旧石器型式論という実証的で科学的な手法に注目したことでは、日本で唯一といってよいほど珍しい存在だったことはもちろんだが、それだけではない。現在、竹岡の所属している共立女子大には考古学部がない。さらに竹岡は一講師であり、正職についていない。

P.238 調査会社の経営者 角張淳一

事件が発覚する約三ヶ月半前の二〇〇〇年七月ニ四日、ついに角張は自らの会社アル力のHP上で「前期•中期旧石器発見物語は現代のおとぎ話か」と題して、藤村の捏造を指摘する“起爆剤”となつた論文を一般に公開する。このときも角張は、何度も憲子夫人にも相談している。子供たちを含めた家族の生活に直接関わることだからだ。

P.248

 竹岡はその後、石器型式研究の確立にカを注ぎ、型式論についての難解な専門書から、読みやすい一般書までを執筆。さらには自らの研究手法を応用して、現代の社会問題であるオウム真理教」を読み解く試みなど、広く出版活動を行っている。「学問は、現代の問題に通じていなくてはならない」を信条とする竹岡らしい、異色の出版活動だ。

【関連読書日誌】

【読んだきっかけ】
【一緒に手に取る本】

日本の路地を旅する (文春文庫)

日本の路地を旅する (文春文庫)

異形の日本人 (新潮新書)

異形の日本人 (新潮新書)

被差別の食卓 (新潮新書)

被差別の食卓 (新潮新書)

古代史捏造 (新潮文庫)

古代史捏造 (新潮文庫)

発掘捏造 (新潮文庫)

発掘捏造 (新潮文庫)