“ケインは社会のどん底で長い時間を過ごし、どん底に漂う問題を扱った。それは事実だ” 『 カクテル・ウェイトレス』  (新潮文庫) ジェームズ・M.ケイン, James M. Cain 解説:チャールズ・アルダイ 新潮社

カクテル・ウェイトレス (新潮文庫)

カクテル・ウェイトレス (新潮文庫)

長く生きていると良いこともあるものだ.もう一度会いたいと思っていた人に,ひょんなところで再会したり,かつて深い感銘を覚えた書き手の文章に,も一度出会ったり.この本もそんな一冊である.解説によれば,ケインの遺作とされた作品を探し当て,再編集して刊行されたものである.ここ1,2週間の間に,週刊誌や,新聞紙上で,このケインの最新刊に触れている人が複数いた.ジェームズ・ケインというのはそいう存在だったのだ,ということを改めて認識した.
 ケインの「郵便配達は二度ベルを鳴らす」は,かれころ40年弱前の中学2年生の時,まだ読書を趣味にする以前の頃,たまたま,浜松谷島屋書店の本店で文庫本を買って読んだのが出会いである.ハード・ボイルドというのが作品の売り文句であったと記憶しているが,ハード・ボイルドなんて言葉を知ったのもこの文庫本であったかもしれない.「郵便配達は二度ベルを鳴らす」はジャック・ニコルソン主演の映画で広く世の人に知られるようになったと思うが,それ以前に,巨匠ルキノ・ビスコンティ監督によって映画化されている.私がビスコンティの名前を知り,「家族の肖像」を岩波ホールで観るのはずっと後のことだ.ハード・ボイルドと同時に不条理ということばも,「郵便配達」あたりで知ったのだっけ.
 本書も,ケインらしいストーリ立て.最後にもう一波乱あるのかなとは思ったが.ケイン自身は,出来上がりに必ずしも満足してなかったらしく,だからこそお蔵入りになった.「郵便配達は二度ベルを鳴らす」も本書「カクテル・ウエイトレス」も,どこにでも普通にありそうな街場の幸せと不幸を背負った人たちのものがたりであるが,なぜ惹かれるのかと言えば,適度に善人で適度に悪人になる市井の人たちへの賛歌,愛情みたいなものを感じるのである.適度に善人で適度に悪人(人は皆アンビバレンツな要素を持つもの)であるが故に,運命に弄ばれる.本書のように,最終的に幸せ(?)をつかむ場合もあれば,「郵便配達は二度ベルを鳴らす」のヒロインのような場合もある.それは,紙一重でしかない.
P.487 本書を発掘したチャールズ・アルダイによる解説より

 ケインは社会のどん底で長い時間を過ごし、どん底に漂う問題を扱った。それは事実だ。しかし、彼の作品は、それにもかかわらず偉大なのではなく、それだからこそ偉大なのだ。その結果として、これと同時代の作家の作品は多く忘れ去られてしまっているのに、彼の本だけは力強い反応をその後も得て、今も得つづけている。

P.504

 ケインと同世代の作家、類い稀な卓越した才能に恵まれたレイモンド・チャンドラー(因みにチャンドラーはアカデミー脚本賞にノミネートされた『深夜の告白』のシナリオの共同執筆者でもある)はケインを嫌った人々のひとりだった。

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