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“そして、いつの日か再び、「常識を覆す」本物の大発見に出会えることを楽しみにしている” 『捏造の科学者 STAP細胞事件』 須田桃子 文藝春秋

捏造の科学者 STAP細胞事件

捏造の科学者 STAP細胞事件

 STAP騒動を、報道の現場から取材を続けた、毎日新聞記者、須田桃子氏による著書。発表時の興奮から、騒動の顛末までを、バランス良い筆致で、小気味よく語る。それまでの生物学分野への取材の中で、人脈と信頼関係を築いていたからこそ可能となった取材が多い。日経サイエンス2015年3月号にも、STAPの全貌と題する特集がある。サイエンスの記事はよりコンパクト。
 本書で特筆すべきところの一つは、ネイチャーに採録前、不採録となった、ネイチャー、セル、サイエンスの投稿論文と、その査読結果を入手し、分析しているところだろう。バカンティ氏の責任は重い。かれもだまされていたのか?
 騒動が終結して、事実が明らかになってから(本書帯にある「誰が、何を、いつ、なぜ、どのように捏造したのか」は、まだ明らかになっていない、と言えよう)、的確な論評をすることは用意だ。事実が明らかになる前、事実が断片的にしか伝わっていない段階、そして、メディアやネットを介した噂の伝搬がある中で、科学という学問の性質、本質を理解し、それぞれのタイミングで、どのような判断をするか、それが非常に重要だろう。権威ある有識者は勿論、一般市民においても、それぞれの知識と立場で、何が「正しい」と考えるのか。

P.48 CDB前副センター長、西川伸一氏の発言。そのとおりなんです。捏造だとしたら、いずればれることは普通の賢さを持った人間ならわかることであった。

「科学で捏造が生まれるほとんどのケースは、起こることが予想されていることを実験的に、他に先駆けて示そうとする場合だ。(中略)STAP細胞は誰も考えつかなかったことで、結果はこれまでの常識ともまったく異なっている。マウスのiPS細胞のときと同じでお手本がない。こういう結果は捏造からは生まれない」

実験ノートをつけることが、研究・思考を進める上でも、実験結果の信頼性を担保する上でも、発見の先取権守る上でも、いかに重要なことであることかは、実験科学の研究者は、初歩の段階からたたき込まれている。とことが情報科学や、コンピュータサイエンスなどの多分野では、一般的ではない。
 小保方氏の実験ノートの少なさは、初歩的なトレーニングがなされていないことを示す典型的な証拠であるが、反論会見の時に公開した実験ノートの一部はあまりにお粗末で、なぜ、このようなものを公開したのか、ずっと疑問であった。次の記述を読んでなるほどと思った。
P.210

ある関係者は、ノートの一部公開の理由を、後日こう推測した。「他の部分には多少はまともな記述もあったようだ。弁護士があのべージを選んだのは、彼女に直感はあるが通常の研究能力はない、従って共同で実験し、論文を書いた他の著者に責任があるーーと暗に示す意図があつたのだろう。責任能力回避の伏線だと思う」

P.313

 なぜ、ネイチャーへの再投稿時だけ同様の指摘がないのか。グラフを見比べてやっと理由が分かった。再投稿版の論文では、同じグラフの十日目以降、つまり遺伝子の働きが減衰していく部分が削られていたのだ。新聞と同様、論文もスぺースが限られている。実験デー夕のうち、掲載すべきデータを取捨選択する過程で不要なデー夕を省くこと肉体は、改ざんとは異なり、不正行為とは言えない。しかし、このグラフの改変については、ネイチャーへの再投稿にあたり「不都合なデー夕」を意図的に削除した可能性があるのではないか――。
 生命科学系のある研究者は「その通りだと思う」と認めた上で、「実験の全てが自分にとって“都合の良い”データにはならず、多かれ少なかれ都合の悪いデータも出てきます」と削除に理解を示した。

P.339

「研究全体が虚構であったのではないかという疑念を禁じえない」。日本学術会議(大西隆会長)は七月二十五日、理研に対し、検証突験の結果にかかわらず、保茌されている試料の調査で不正の全容を解明し、結果に基づき関係者を処分するよう求める声明を発表した。「虚構」という言葉にもはや何の違和感も覚えなかったが、日本の科学者の代表機関閲がそうした表現を使う段階まできたのか、と思うと感慨深かった。

自他共に認める秀才研究者であり、実務家としても有能であった笹井氏が、信じて加担してきたSTAP細胞。その根幹となる諸データがいけない、とある時点で気がついたに違いない。その時の氏の衝撃、自己嫌悪、察してあまりあるものがある。笹井氏が小保方氏にあてた遺言。「絶対にSTAP細胞を再現して下さい」「実験を成功させ、新しい人生を歩んでください」
P.349

一方、ある研究者は、小保方氏への遺言について、メールにこう記した。
「足かせを一生かけたとしか思えません。はいたら踊り続けなくてはならない『赤い靴』ですね」

P.368

ニ〇一三年のノーベル医学生理学賞を受賞したランデイ•シエクマン米カリフオルニア大学バークリー校教授(細胞生物学)は、ノーベル賞受賞決定後、ネイチャーなどの編集方針を「商業主義」と批判し、同誌とサイエンス、さらに米科学誌セルの三大一流誌に今後論文を投稿しないことを宣言した。八田浩輔記者の取材によると、シェクマン教授はSTAP問題について「今回の問題は、インパクトのある研究成果を選りすぐるネィチヤーなどの有名誌自身の責任も大きい。事実を偽るような重圧に研究者を追い込む環境を作つている」と危機感をあらわにした。

P.377 科学者、かくあれかし

 自分の中には、科学者はこうあってほしいという、いわば理想像があるということだ。あえてその最低限の要素を挙げるとしたら、あくなき好奇心と探究心、実験や観測のデータに対する謙虚さ、そして誠実さと科学者としての良心ーーだろうか。
(略)
 そして、いつの日か再び、「常識を覆す」本物の大発見に出会えることを楽しみにしている。

【関連読書日誌】

  • (URL)毎日新聞旧石器遺跡取材班 (新潮文庫
  • (URL)“つまりは,科学ジャーナルは,不正のチェックはしていない,ことになる” 『論文捏造  (中公新書ラクレ) 』 村松秀 中央公論新社
  • (URL)“気鋭の考古学者が挑んだ「日本人のルーツ」は、やがて 「神の手」の異名を持つ藤村新一へ 石に魅せられた者たちの天国と地獄。” 『 石の虚塔: 発見と捏造、考古学に憑かれた男たち』 上原善広 新潮社

【読んだきっかけ】
【一緒に手に取る本】
捏造について、定評のある3冊

論文捏造 (中公新書ラクレ)

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背信の科学者たち 論文捏造はなぜ繰り返されるのか?

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発掘捏造

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常温核融合スキャンダル―迷走科学の顛末

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STAP細胞で探すと以下がみつかる。評価は知らない。
STAP細胞に群がった悪いヤツら

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