“人は、人生において重大なことが起こるときには、何らかの予兆があると思つている。これから起ころうとしていることに何らかの予感をおぼえ、それが襲ってきたときには準備ができていると思つている” 『ヴァイオリン職人の探求と推理』 (創元推理文庫) ポール・アダム 青木悦子訳 東京創元社

ヴァイオリン職人の探求と推理 (創元推理文庫)

ヴァイオリン職人の探求と推理 (創元推理文庫)

The Rainaldi Quartet (English Edition)

The Rainaldi Quartet (English Edition)

原著“The Rainaldi Quartet” Paul Adam (Endeavour Publishing)
みすず書房からでている月刊PR誌に「みすず」があるが、毎年1,2月合併号は、読者アンケート特集である。アンケートを寄せている人の一人に、科学史・科学哲学の村上陽一郎先生がいる。今年のアンケートに、村上先生が、なんと推理小説を紹介している。

創元推理文庫から、今年相次いで2冊の作品が上梓された。ボール・アダムの『ヴァイオリン職人の探求と推理』および『ヴァイオリン職人と天才演奏家の秘密』である。どちらも訳者は青木悦子。推理小説だから、筋立てについては一切語れない。しかし、そこで繰り広げられる弦楽器の製作と演奏に関する細部の描写は、驚くべきものである。作者はイギリス人、ジャーナリストを経て、これまでにも推理小説や、少年の曲芸師を主人公にした冒険小説を発表してきた人だが、一時期ローマにいたことがあり、おそらくそこで、クレモナを中心とする弦楽器製作の詳細を学んだのでは。しかし、演奏の実際に関しても、微に入り細に亘る記述は、自身楽器の演奏をするのでは、と思わせる。後作では、現代のコンクール荒らしに狂奔するステージ・ママまで登場する久しぶりに堪能した。

ヴァイオリンを取り巻くいろいろな状況、裏事情なども垣間見られて、興味深い。推理小説としては、オーソドックスな正統派。
冒頭

人は、人生において重大なことが起こるときには、何らかの予兆があると思つている。これから起ころうとしていることに何らかの予感をおぼえ、それが襲ってきたときには準備ができていると思つている。だがわたしはできていなかった。わたしたちの誰ひとりとして。振り返ってみれば、あれがあまりにも思いがけなく起きたのはよかったと思う。あまりにも衝擊が大きくて、準備などできないものはあるのだ。人はただそれが訪れるのを受け入れ、痛手に耐えて生きていけるよう願うしかない。

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