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“クレモナの大聖堂はイタリアの知られざる宝のひとつだ。フイレンツエやローマやヴエネツイアにあるもつと有名な聖堂より小さく、派手さでは劣るものの、わたしの目から見ると、そうした大きな教会は本来の目的を失い、普通の人々との触れ合いもなくしてしまつたようにみえる” 『ヴァイオリン職人と天才演奏家の秘密』 (創元推理文庫) ポール・アダム 青木悦子訳 東京創元社

ヴァイオリン職人と天才演奏家の秘密 (創元推理文庫)

ヴァイオリン職人と天才演奏家の秘密 (創元推理文庫)

Paganini's Ghost (English Edition)

Paganini's Ghost (English Edition)

原著“Paganini's Ghost” (English Edition) Paul Adam、Endeavour Pub.
P.41

 クレモナの大聖堂はイタリアの知られざる宝のひとつだ。フイレンツエやローマやヴエネツイアにあるもつと有名な聖堂より小さく、派手さでは劣るものの、わたしの目から見ると、そうした大きな教会は本来の目的を失い、普通の人々との触れ合いもなくしてしまつたようにみえる。それらの大きさや威容には、どこか圧倒してくるような、こちらを怖気づかせるところがあるのだ。いまも礼拝の場ではあるが、個人レベルでの霊的な導きにはならない。たぶん、これまでもなつたことはないだろう。サン・ピエトロ大聖堂もサン・マルコ大聖堂もサンタ・マリア・デル・フィオーレ教会も、神の栄光をたたえるために建てられたが、わたしはときおり、それらを建てた人間たちの頭の中では、人間のほうの栄光をたたえるべきと思われていたのではないかと首をひねる。そうした聖堂は建築史上の驚異として、人の心を高揚させ、感銘を与えるが、個人が信仰をあらわす場としては、うつろなはりぼてになってしまった。せいぜいが観光の守護聖人のための寺院であり、休日の行楽客たちが訪れてはチェックマークをつける、スケジュール表の一地点にすぎない。
(中略)
 クレモナ大聖堂は堂々たる建物だが、サイズは簡潔さと自己犠牲のうえに築かれた宗教によりふさわしいものだ。観光客もそれなりに来るが、聖堂本来の目的から気をそらされることはない。ここはいまも、どんな人であっても、信仰のあるなしにかかわらずみずからの生活について思いをいたすようになる場所である。高いアーチ天井の内部には心をなだめる静寂があり、それが深く考えることをうながし、同時に、時宜に応じて祝典――生と死の、結婚と誕生の、そして今夜は音楽という、わたしがささやかながらこれまでの生涯をついやしてほかの人々と分かち合い、喜びあうようつとめてきた、すばらしい心躍る贈り物の况典の場を提供している。

P.111

当時の偉大なソプラノ歌手たちは莫大な出演料を要求し、その慣習は十九世紀のあいだずっと続いて、実際、こんにちでも強い力を持っている。ヴィクトリア時代後期のもっとも著名な声楽家アデリーナ・パッティがかつて、ワシントンのホワイトハウスでリサイタルをおこなう契約を結んだときの話は有名だ。ひと晩の興行に対する出演料がアメリカ大統領の年俸よいと指摘されたとき、彼女は辛辣な口調で答えた、「あの方は歌えますの?」

P.113

『モーゼ幻想曲』は一八一九年に書かれ、そのときパガニーニは三十代の後半であったが、彼の重要な特徴の多くはキャリアのはるか以前にあらわれている。G線だけで弾く曲を作ったのもこれがはじめてではなかつた。一本の弦だけで弾くことは長年にわたって彼の十八番(おはこ)ー競争相手たちから自分を際立たせる方法のひとつだったのだ。当時のヴァィオリンの弦は動物の腸でできており、切れることもたびたびで、コンサートのさなかにぶつんと切れてしまうこともあった。いちばん音の高い弦――E線――はほかの弦より強く張るため、とくに切れやすかつた。そんな状況に陥ると、たいていのソリストは演奏を中断して切れた弦を張り替えた。しかしパガニーニは残った三弦で演奏を続け、普通はE線で弾く音もA線でどんどん高く高く弾いた。A線が切れたら、D線で続けた。それも切れたらG線で。この特技が聴衆に強烈な印象を残したため、パガニーニはわざとすりきれた弦を張ってコンサートをおこなう、もしくは実際に弾いているときに弦を切れるよう、ナィフを隠し持っているという噂になった。それが事実だったのかどうかはわからないが、パガニーニは彼のキャリアにおけるいかなる舞台でも、こうした噂を打ち消すようなことはしなかつた。短期的にみれば、これはゆがんだ形だが、商売としては理にかなつていた-----そうした噂が、影のように彼につきまとつていた論争に拍車をかけ、聴衆は彼のコンサートに押し寄せたからだーしかし長期的には、ぺテン師という評判が立つことになってしまった。

【関連読書日誌】

  • (URL)人は、人生において重大なことが起こるときには、何らかの予兆があると思つている。これから起ころうとしていることに何らかの予感をおぼえ、それが襲ってきたときには準備ができていると思つている” 『ヴァイオリン職人の探求と推理』 (創元推理文庫) ポール・アダム 青木悦子訳 東京創元社

【読んだきっかけ】みすず2015年1,2月号
【一緒に手に取る本】