“田中は人の好き嫌いが表情に出るので、それを見ながら堀田は、 「ああ、この弁護士は信頼しているなとか、信頼していないな」 を判別していたという。 田中が一番敏感なのは「差別」だった。堀田にも差別意識は感じられない。それゆえに田中の魅力を感じとれたのだろう” 『田中角栄伝説 』 (光文社知恵の森文庫) 佐高信 光文社
『未完の敗者 田中角栄』(2014年、光文社)を改題し、加筆修正したものが本書。
佐高信が、色々な人との対談、交流を通じて、聞き知ったエピソードを通じて、人物を語る
序章 テレビに伸びた母の手
第1章 魅力の源泉、三つの宿命
1 女の中の男
2 吃音者
3 高等小学校卒
第2章 さまざまな田中角栄像1 「田中に老婆心あり」と言った保利茂
2 田中に惚れこんだ河野謙三
3 田中擁立で佐藤栄作に絶交された木村武雄
4 仲人の佐藤栄作に背いた橋本龍太郎
5 大野伴陸との共通点
6 「大学を出たやつが考えろ」と大平正芳を突き放した田中
7 石原慎太郎との因縁
8 盟友、大平正芳の腹の底に響く話
9 菅直人の見逃したもの
10 渡辺美智雄との相似性
11 田中と対照的な松下政経塾卒の政治家
12 仕出しや寸志にまで心砕く
13 娘、眞紀子の角栄観
14 河野洋平の新党を激励しつつ懸念
15 “叩き上げ”の田中秀征に声をかける16 力ミソリ後藤田が惹かれた田中
17 安岡正篤を敬遠した田中と宮澤喜一
18 “濁々併せ呑む男”徳間康快との接点
19 東急の大番頭と肝胆相照らす仲に
20 田村元とのケン力と仲直り
21 担当検事、堀田力も認めた魅力
22 ライバル、福田赳夫の田中評
23 忌避された後継者、竹下登
第3章 角栄伝説の検証
1 吉田茂、佐藤栄作の系譜にあらず
2 反官僚か、親官僚か
3 民営化といぅ名の会社化に反対4 悪魔的魅力とロッキード事件
5 “越山会の女王”といぅ存在
6 創価学会、公明党との関係
終章 未完の敗者
文庫版へのあとがき
主な参考文献
P.118 仕出しや寸志にまで心砕く
もう一つは、「寸志の渡し方」である。
一番むずかしいのは旅先で先方が用意した車の運転手だといぅ。早坂が座席から渡せば済むと答えると、角栄は、
「駄目だ。俺やSPが見ている。心付けは誰もわからんところで渡すんだ。カネが生きる」と叱り、こう教えた。
「目的地に着けば、SPが下り、運転手が俺のドアを開ける。最後に君が下りる。運転手はドアの把手を握ったままだ。車の下り際に彼の手にしのばせろ。そこは死角だ。出迎えの連中は俺が目当てだ。誰も君を見ていない。わかったね」
私は唸ってしまったが、読者はどぅか。
P.129 田中秀征について
「台所事情などは人様に見せるものではないと思う。出てきた料理が皮ければ、台所はきれいなはずである。台所を使えば多少は汚れることもある。それをきれいにする気持ちと力があればそれでも良い。汚れがひどいと台所を見なくても料理を見れば察しがつくはずである。立派な料理は例外なくそれ相応の清潔な台所から出てくるものだ」
秀征のこの考えは、「菅直人の見逃したもの」で菅直人を例に指摘した考えと同じである。
P.136 力ミソリ後藤田が惹かれた田中
野中は小泉純一郎に危険なものを感じて、それと闘い、遂に引退した。いまは小泉の継承者の安倍晋三に「こんな政治を続けていてどうするんだ」と警鐘を鳴らしている。
小泉は「自民党をぶっ壊す」と主張したが、それは「田中政治をぶっ壊す」ことになった。いま、私がこの本を書く意味もそこにある。小泉は壊してはならぬものを壊してしまったのではないかと思ぅからである。
P.142 東急の大番頭と肝胆相照らす仲に
作家の本所次郎が書いた『昭和の大番頭』(新潮社)という作品がある。田中角栄と深く結ばれていた田中勇を描いたものだが、大東急の副社長として黒衣(くろこ)の人生を送った田中勇がどんなに魅力的な人物か、それは大蔵大臣当時の田中角栄をめぐる次のヤリトリで明らかだろう。
P.155 担当検事、堀田力も認めた魅力
田中は人の好き嫌いが表情に出るので、それを見ながら堀田は、
「ああ、この弁護士は信頼しているなとか、信頼していないな」
を判別していたという。
田中が一番敏感なのは「差別」だった。堀田にも差別意識は感じられない。それゆえに田中の魅力を感じとれたのだろう。
坂上遼の『ロッキード秘録』(講談社)によれば、田中を連行した検事の松田昇に、田中は東京拘置所に向かう車中で、
「私を入れた以上、雑魚はもう入れないでくれませんかな」
と頼んだとか。
湛山の筆鋒は銳い。私も“辛口評論家”などといわれるが、とてもとても、湛山の切っ先には及ばない。たとえば有名な「死もまた社会奉仕」の一文である。一九ニニ年に元老の山県有朋が亡くなると、湛山は次のように山県を断罪した。
「維新の元勲のかくて次第に去り行くは、寂しくも感ぜられる。しかし先日大隈侯
逝去の場合にも述べたが如く世の中は新陳代謝だ。急激にはあらず、しかも絶えざる、停滞せざる新陳代謝があって、初めて社会は健全な発達をする。人は適当の時期に去り行くのも、また一の意義ある社会奉仕でなければならぬ」
私はこれを初めて読んだ時、その峻烈さにとびあがつた。「死もまた社会奉仕」
と言い切るとは、と呆然としたのである。
岩波文庫には『福翁自伝』など自伝の傑作がおさめられているが、『湛山回想』
もまさに巻を措く能わず。ただ、戦後まもなくのところで終わつているという欠点
は、その後を語つた『湛山座談』(岩波同時代ラィブラリー)によつて補われた。
『石橋湛山評論集』と合わせて三冊を読めば、日本の知的財産の有力なる一つとして湛山思想があるということがわかるだろう。
本書で一番すごいことが書かれているのが、このあとがき
P.262 文庫版へのあとがき
『創』七月号(ニ〇一六年)の連載「タレント文化人筆刀両断!」欄に、中曽根康弘を取りあげ、田中角栄と比較して次のように斬つた。これを「あとがき」としたい。
ロッキード事件は田中角栄の事件ではなく、中曽根康弘の事件だった。
当時の衆議院議長、前尾繁三郎の秘書として舞台裏をつぶさに見た平野貞夫が『ロツキード事件』(講談社)で、その「葬られた真実」を明らかにしている。(中略)
平野は「もし、児玉誉士夫の証人喚問が実現していれば、ロッキード事件は、ま
ったく違う展開を見せていたはずで、田中角栄の逮捕もなかったかもしれない」と
書いている。
平野が感じていた謎は、『新潮45』のニ〇〇ー年四月号に掲載された天野惠一
(元東京女子医大脳神経外科助教授)の手記にょって一部解明される。(中略)
議長の秘書である平野も知らなかった「国会医師団の派遣」とその日時を、なぜ
喜多村は知っていたのか?そう疑問を提起して、平野は自ら答を出す。しかるべ
き立場の人間が仕向けたのだ、と。
「では、その陰謀の黒幕は誰か?国会運営を事実上仕切れる立場にいて、児玉サイドとコンタクトできる人間——中曽根康弘幹事長ではなかろうか」
平野は控え目に断定しているが、中曽根はリクルー卜事件でも逃げ切った。犠牲になったのは藤波孝生である。周囲を枯らす藪枯らしと中曽根は若い頃から言われたが、この国も枯らしたのである。
【関連読書日誌】
【読んだきっかけ】
【一緒に手に取る本】
世界と闘う「読書術」 思想を鍛える一〇〇〇冊 (集英社新書)
- 作者: 佐高信,佐藤優
- 出版社/メーカー: 集英社
- 発売日: 2013/11/15
- メディア: 新書
- この商品を含むブログ (11件) を見る