“戦争とは、このように無差別殺人に発展することも多い。  そしてその戦争の始まりとは、つまりは政治の失敗なのだ。” “私は「南京事件」という舞台で衝突していたのは「肯定派」と「否定派」だと思っていた。 しかしその真の対立構図は「利害」と「真実」だったらしい。” 『 「南京事件」を調査せよ』 清水潔 文藝春秋

「南京事件」を調査せよ

「南京事件」を調査せよ

南京事件南京大虐殺ほど、否定、肯定さまざまな論説が姦(かしま)しい事項はないだろう。うっかり誤った導入をうけると、間違った先入観と知識を持ってしまう。成書も清濁たくさんある。その中で敢えて本書を手にとった理由は何か。著者が清水潔だからである。長らく、調査報道に関わり、『桶川ストーカー殺人事件―遺言』(新潮文庫)、『殺人者はそこにいる―逃げ切れない狂気、非情の13事件』(新潮文庫)などの著者でもある。
 病床で「中国人ってやつはどうしようもない」と言った著者自身の父の言葉、日清、日露戦争に従軍した祖父のこと、中国人留学生との会話など著者自身の体験も加えながら、「戦争」を語る。
 見返しから

戦後70周年企画として、調査報道のプロに下されたミッションは、77年前に起きた「事件」取材だった。「知ろうとしないことは罪」ー心の声に導かれ東へ西へと取材に走り廻るが、いつしか戦前・戦中の日本と安保法制に揺れる「現在」がリンクし始める……。伝説の事件記者が挑む新境地。

まえがき
P.4 奇しくも、ノーベル平和賞受賞の報を聞いたばかりの、ボブ・ディランの引用

「俺にとっては右派も左派もないあるのは真実か真実でないかということだけだ」
 ボブ・ディランの言葉だが、振り返れば私の記者人生はまさにこれだった。
 政治、思想に興味はない。事件記者として多くの現場を踏み、雑多な事件に関わってきた。殺人犯探しや冤罪事件の証明などの面倒な取材に関わって35年を超えた。

第一章 悪魔の証明
 日本人がそんなことをするはずがない・「これは相当に難しい」・真夏の「南京大虐殺記念館」・一次資料にあたれ
第二章 陣中日記
 銃剣ニテ思フ存分ニ突刺ス・黒い革張りの日記・兵士たちの聞き取り映像・戦後70年「報道の公正中立」・うつ伏せで倒れし人々・ここで彼は何を見たのか
P.83 なぜ陣中日記をあつめはじめたのか

 三十代の頃、たまたまある8ミリ映画を見る機会があった。
 それは日本軍の戦争や侵略などを扱ったものだったが、その中で「南京虐殺」に触れられていた。興味を持って調べ始め、自分が住む県内から南京戦に参加した六十五聯隊の存在がわかったといぅ。
 それにしても、ょくもこんな日記を他人である小野さんに預けたものである。
「日記を見せてくれる人は、不思議なんだけど共通点があるんですよ。経済的に.恵まれていて、現在の生活に余裕があって……、そしてこれが重要ですけど、家族関係がうまくいっている人なんです」

第三章 揚子江の惨劇
 「俺は絶対にこれは見せられない」・謝罪を続ける宿命・12月16日将校の笛で火を吹いた機銃・12月17日人柱は丈余になってはくずれた
P.145 歴史問題Q&A 外務省のページ

このサィトには「慰安婦問題に対して」なども含まれており、談話が出された日に消えたことで得体の知れない不気味さが走ったのだが、結局9月に入ってから再開される。そして「南京事件」の項目にはこの一文が付け加えられた。
〈こうした歴代内閣が表明した気持ちを、揺るぎないものとして、引き継いでいきます。そのことを、2 015年8月14日の内閣総理大臣談話の中で明確にしました>
 つまり「南京事件」については安倍総理自身が追認したといぅことになるのだが、同時にある項目が消滅していたのだ。これについては、後で触れたい。

第四章 兵士たちの遺言
 「南京事件って本当にあったんだ」・「間違いなく捏造だと思つています」・数多い戦争中の虐殺事件・そこにどんな理由があつても
P.198

 戦争とは、このように無差別殺人に発展することも多い。
 そしてその戦争の始まりとは、つまりは政治の失敗なのだ。
 結果、殺されるのはいつも弱者であり、殺すのは命を受けた者だ。
「一人を殺せば殺人者だが、百万人を殺せば英雄だ。殺人は数にょって神聖化される」チャップリンが残したと言われている言葉だ。
 いくら考えても、結局、理屈では理解できないのが戦争における殺戮行為たろう。
 だから「そんなことがあるはずない」と、感情から否定されることもまた多いのかもしれない

第五章 旅順へ
 東京湾の要塞群・スマホとコーヒー・「中国人ってやつは、どぅしょうもない」・旅順の虐殺を知っていますか?・日露戦争と二つの墓
P.228 ウエイトレスの珈琲を浴びてしまった中国人留学生の歴史

 なのに、なぜ私はこの小さな「事件」にひっかかったのか。
 答えは薄ぼんやりと見えていた。
 2002年、北京行きの機内で中国人の客室乗務員から水を浴びた時の自分の感情があるからだ。あの時、自分は何をどう考えたのか?
 中国人は「どうしょうもない」と感じたのだ。
 ならば、日本人から熱いコーヒーをかけられて中国人はどう感じるのか。それを聞いてみたかったのだ。そこにも私の探している「何か-があるような気がしたからだ。

P.237 1933年国際連盟脱退

その産業立国の基本設計をしたのが満州国国務院の高級官僚であった岸信介。つまり安倍総理の祖父である。「満州国は私の作品」と言うほどに力を注ぎ、巨大ダム建設、電気、ガスの敷設、炭鉱、製鉄所の設立を推し進めたという。
 「大規模な農地開発をしたんですょ。日本列島の半分以上にもあたる農地です。政府は満州を『王道楽土』と宣伝し、日本から27万人の農民たちを『満蒙開拓団』として移住させた。まあ開拓といっても、大半はもともと中国の農民の土地だったんですがね……」青木氏はビールのグラスをぐいつと呷つた。

P.240

近くまた中国へ行くかもしれない、旅順へ……。私が、徐さんに話した時のことだった。地名に反応した彼女は意外な言葉を口にした。
「旅順でも日本軍にょる虐殺があったことを知っていますか?」
 虚を突かれた……。
「中国では、南京虐殺と旅順虐殺の二つを学校で学ぶのです。日本の軍国主義が起こしたニつの虐殺として。だから私は大連大学にいた時、旅順に行ってみました。大都市の南京とは違って小さな漁村で、村ごと全部日本兵に殺されて、残った人は死体の片付けをさせられた。とてもかわいそう……」
 それは「日露戦争」からさらに10年遡る「日清戦争」での出来事だった。
 「旅順大虐殺(リューシュンダートウシャ)」と呼ばれているという……。

終章 長い旅の終着
 じいさん、あんたそれで良かったのか?
P.261 南京事件は捏造だと公言する、原田義昭自民党議員

「私ども日本人としてのね、浮かばれないというか、国益を明らかに害されたまま、国民がで
すよ、国際社会の中で顔向けできないようなことになっているのではないかな、と思っていま
す」
国益
顔向け。
私は「南京事件」という舞台で衝突していたのは「肯定派」と「否定派」だと思っていた。
しかしその真の対立構図は「利害」と「真実」だったらしい。
むろん、国益を守るのも政治家の仕事であろう。

P.270

戦後70年。
外務省のサィトが更新された日、消し去られた文言とはいったい何だったのか……。
〈日本は、過去の一時期、植民地支配と侵略にょり、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えたことを素直に認識し、痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを常に心に刻みつつ、戦争を二度と繰り返さず、平和国家としての道を歩んでいく決意です。〉

あとがき
P.273

「爆買い」「爆食」「爆泊」……、中国人の行為だけに付加される形容詞。そこにもまた「南京事件」などの侵略行為へと突き進んでいった遠因や、過去を隠蔽しようとする理由のひとつがあるかもしれない……、などとも考えさせられた旅だった。
 可能な限り、自分に潜む歪んだ内面と向き合ったのが終章だ。
 けれど、取材で知り合った中国人たちは私のつまらない偏見など粉砕する力を持っていた。メールをくれた馬さんもそぅだったし、大学院生の徐さんもだ。日本人、中国と区別してから考えるその愚かさを痛烈に思い知らせてくれた。
 知ろうとしないことはやはり罪なのだ。

P.275

NNNドキュメント南京事件兵士たちの遺言」は、「平和•協同ジヤ―ナリスト基金賞『奨励賞』」、「ギヤラクシー賞テレビ部門優秀賞」「メディア•アンビシヤス賞」「放送人の会・準グランプリ」など多くの賞を頂いた。事実の証明に苦労した放送だったので、その観点から見ればこれらの受賞はそれを後押ししていただけたようで嬉しく思う。

参考文献
【関連読書日誌】

  • (URL)“自分の目で見る。 自分の耳で聞く。 自分の頭で考える−。 言葉にすると、当たり前のことのように思えるかもしれないが、他に方法はない。 これこそが現代に必須な「レーダー」なのだ。氾濫する情報に対して“防波堤”を持たすに巻き込まれるのではなく、自らの判断で「何が本当で、何が嘘なのか」を判断することが重要なのだ” 『騙されてたまるか 調査報道の裏側』  (新潮新書) 清水潔   新潮社
  • (URL)“物は何も語りはしない。  しかし雄弁にもできる。  真実を語らすことも、嘘に利用することも。” 『桶川ストーカー殺人事件―遺言』  (新潮文庫) 清水潔 新潮社
  • (URL)“「一番小さな声を聞け」というルールに従うなら、この場合、被害者遺族がそれだ。手紙を書き、末尾に自分の携帯の番号を書き入れてポストに入れた。私は手紙ばかり書いている” 『殺人犯はそこにいる: 隠蔽された北関東連続幼女誘拐殺人事件』 清水潔 新潮社

【読んだきっかけ】京都ふたば書房
【一緒に手に取る本】

騙されてたまるか 調査報道の裏側 (新潮新書)

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殺人犯はそこにいる (新潮文庫 し 53-2)

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桶川ストーカー殺人事件―遺言 (新潮文庫)

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戦争まで 歴史を決めた交渉と日本の失敗

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