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“これは麻薬との戦争ではない。  これは貧者との戦争だ。  この戦争の標的は、貧しき人々、力なき人々、声なき人々、姿なき人々だ。あなた方は彼らを街角から、いとも簡単に一掃していく” 『ザ・カルテル (下) 』 (角川文庫) ドン・ウィンズロウ 峯村利哉訳 角川書店

カルテル』下巻。圧巻の最後。だけど先の見えない、現実。物語の最後でジャーナリストが残した手紙。悲痛な叫び。これが世界の現実だろう。小説ではあるものの、ノンフィクションとみなすのが妥当だろう。

2016.11.26追記(今日の朝日新聞の記事より)

メキシコ南部のゲレロ州シトゥララで、32人分の胴体と9人分の頭部が見つかった。AP通信や地元メディアなどが24日、当局の発表として伝えた。麻薬組織同士の抗争が激しい地域で、麻薬絡みのトラブルが関係しているとみられている。
 匿名の通報を受けた警察が22日から3日間、山中を捜索し、17カ所に埋められた胴体を見つけた。遺体の身元は判明していない。近くでは車数台が乗り捨てられており、警察は近くで誘拐されていた人も見つけ、救出した。近くの道路沿いでは先週、9人分の頭部が見つかっていた。
 シトゥララ周辺では、麻薬組織が対立する組織の関係者らへの誘拐や拷問などを繰り返し、過去2年間で150人が殺害されている。ゲレロ州全体では、今年1月から10月までに1832人が殺されたという。(ロサンゼルス=平山亜理)

あらすじ、続き。

捜査陣の中に、裏切り者がいる。選び抜かれたメンバーの誰が? 密かに調査を進めたケラーは、驚愕の事実に対峙する。そんな中、バレーラが次なる狙いと定めたシウダドフアレスでは、対立する勢力が衝突し、狂気と混沌が街を支配していた。家族が引き裂かれ、命と尊厳が蹂躪される。この戦争は、誰のためのものなのか。圧倒的な怒りの熱量で、読む者を容赦なく打ちのめす。21世紀クライム・サーガの最高傑作。解説・村上貴史

P.106

悪魔がそそのかせるのは、そそのかされたい人間だけ

P.192

 従来、覚醒剤は地元密着のビジネスとして栄え、パスタブで精製された商品を、主に暴走族のギャング団が売りさばいていた。しかし、参入した場合の利益の大きさにカルテルが気づき、メキシコ国内に巨大な合成工場を建て、北へ商品の出荷をはじめ、小売ビジネスも乗っ取った。まだフリーの売人もいるにはいるが、覚醒剤取引はほぼカルテルに支配されてしまった。

P.314

必要に迫られてのことだろうが、人間には驚くべき適応能力があり、これ以上ないほど異常な環境下でも常態を創り出せる。事実上の交戦地帯で生活し、絶え間なく脅威にさらされていても、小さな日常が積み重なって、普通の暮らしができあがっていくのだ。

P.391

 責任が大きければ大きいほど、“麻薬との戦争”には真剣に取り組めない。特にニ〇〇八年以降はな。世界金融危機の直後、流動性の源は麻薬マネーだけになった。麻薬産業を完全につぶせば、経済は息の根を止められてただ.Pう。〈ゼネラル・モーターズ〉を救うために仕方なくってわけだ。今はどうか? 莫大な麻薬マネーは、不動産市場と株式市場と新興企業を支えてるし、“戦争”そのものも大金を生み出してる。武器、航空機、偵察システム。刑務所の建設。財界がこの流れを止めさせると思うか?

P.395 第五部 浄化 The Cleansing

通常の場合、憎み合うふたつの集団のあいだで
も、相手に斬首や大量殺戮を行うような事態は
発生しない。政治指導層が権力闘争の手段とし
て、民族間の暴力を利用するとき、陰惨な事件
が引き起こされるのである。

ニューヨーク・タイムズ> ニ〇一四年六月十九日付

P.434

 バルセロナはヨーロッパの都市の中で、最も大きなイスラム人口を抱えている。いちばん多いのはパキスタン人だが、モロッコ人とチュニジア人の姿も目立つ。現地のアメリカ領事館内に秘密のテロ対策部門があることを、ケラーは知っている。部門設置の理由は、パルセロナを第二のハンブルクに、イスラム過激派の拠点にしないことだ。
 ビンラデイン殺害からまだ一年足らず。誰もが報復テロを懸念している。

P.446

 メキシコ政府は国内でカルテルが使用する武器うち九十パーセントがアメリカから持ち込まれていると主張するが、これは正しくない。カルテルの武器のほとんどは、中央アメリカ諸国の兵器庫から略奪されたものだ。しかし比率はともかく、米墨国境のこっち側に銃砲店がひしめき、向こう側にナルコがひしめいているのには、それ相応の理由がある。

P.517 物語の最後で殺されてしまうジャーナリストが、殺されることがわかっていた、最後に残した手紙。著者自身の叫びでもあろう。

 声をあげられない人々、声なき人々に代わって、ぼくは話をしたい。目に映らない人々、見ようとしても見えない人々、姿なき人々に代わって、ぽくは異議を唱え、腕を振りかざし、大声で叫びたい。貧しい人々。力のない人々。権利を奪われた人々。いわゆる“麻薬との戦争”の犠牲になった人々。殺人の被害者となった八万の人々。加害者として挙げられるのは、ナルコ、警察、軍' 政府、麻薬の買い手、銃の売り手、そして、“ニューマネー”をホテルやショッピングモールや郊外住宅団地の開発へ注ぎ込むタワーマンション住まいの投資家だ。
 ナルコから拷問され、焼かれ、皮をはがれた人々。兵士から暴行され、強姦された人々。警察から電気責めに、水責めにされた人々。ぼくは彼らに代わって話をしたい。
 ニ万を数えるみなしごたち。片親あるいは両親を失い、今までと違ぅ生活を余儀なくされる子どもたち。ぼくは彼らに代わって話をしたい。
 銃撃戦の流れ弾で死んだ子どもたち、親の巻き添えで死んだ子どもたち、母親の子宮から抉り出されて死んだ子どもたち。ぽくは彼らに代わって話をしたい。
 奴隸にされている人々、ナルコの牧場で強制労働をさせられている人々、無理やり闘わされている人々。人間ではなく利益を優先する経済制度に蹂躪されている人々。ぼくは彼らに代わって話をしたい。
 真実を語ろうとした人々。報道を伝えようとした人々。あなた方のしてきたこと、あなた方のしていることを指摘しようとした人々。ぼくは彼らに代わって話をしたい。しかし、あなた方は彼らのロと目をふさいだ。あなた方は彼らに語られたくなかった。あなた方は彼らに指摘されたくなかった。
 ぼくは彼らに代わって話をしたい。そして、あなた方に向かって話をしたい。豊かな人々、力を持つ人々、政治家たち、司令官たち、将軍たち。ロス.ピノスと連邦代議院。ホワイトハウスと米国議会。AFIとDEA。銀行家たち、牧場主たち、石油長者たち、資本家たち、そして、麻薬王たち。ぽくはこう言いたいー。
 あなた方は同じ穴の狢(むじな)だ。
 あなた方はみんなひとつのカルテルだ。
 あなた方は罪を犯している。
 殺人の罪、拷問の罪、強姦の罪、誘拐の罪、強制労働の罪、職権濫用の罪。しかし、いちばん重いのは無関心の罪だ。あなた方は、自分の靴で踏みにじっている人々を見ていない。彼らの苦痛を見ようとしないし、彼らの悲鳴を聞こうとしない。あなた方にとって、彼らは声なき者であり、彼らは姿なき者なのだ。彼らはこの戦争の犠牲になっている。そして、あなた方はこの戦争を永続化させている。彼らを虐げつづけるために。
 これは麻薬との戦争ではない。
 これは貧者との戦争だ。
 この戦争の標的は、貧しき人々、力なき人々、声なき人々、姿なき人々だ。あなた方は彼らを街角から、いとも簡単に一掃していく。足首にまとわりつく紙くずみたいに。靴底にへばりつく泥みたいに。

P.589 解説より

 麻薬を巡る彼の問題意識は、主に『犬の力』と『ザ・カルテル』に注ぎ込まれているわけだが、これだけの分量(合計で二二〇〇ページほどだ)を書いてなお、書き切っていないようである。2015年7月、彼はワシントン・ポストに政府及び大統領への公開書簡となる全面広告を掲載した。アメリカが四四年間も継続し、しかも未だ勝利を得ることができずにいる“麻薬との戦争”について、己の意見を掲載したのだ。ウィンズロウはこの戦争が失敗である以上に惨劇であり、無駄であるだけでなく誤りであったと述べ、"The answer is legalization"という結論を導いている。この結論が麻楽問題の解となるかどうかは一人一人が考えるべきであろうが、少なくとも『犬の力』『ザ・力ルテル』を読んだ方ならば、その結論をどこかしら“まっとう”と感じるだろう。ウィンズロウのこの二つの巨編では、アメリカが麻薬を非合法とし、それとの戦争に大金を注ぎ込みながらも、一方でアメリカは大金を支払って非合法な麻薬を購入し、それを愉しんでいる姿が語られている。麻薬との戦争に注ぎ込んだアメリカの金が、メキシコの腐敗を増進させ、メキシコ国内の争いを加速させ、麻薬商人だけでなく一般市民の命を
も奪い、麻薬の価格を高水準で安定させ、アメリカの武器商人を潤わせる様を描いているのだ。ウィンズロウが語る合法化というプランは、確かにこの既存の醜悪な経済システムを変えるであろう――そう思ってしまう。そう思わせるだけの力を、『犬の力』と『ザ.カルテル』が持っていることのあらわれであり、ウィンズロウの麻薬問題への怒りが、このニ作品では収まりきらなかったことのあらわれであろう。

【関連読書日誌】

  • URL)“早期平和実現プログラム、またの名をフェニックス作戦。へたな冗談だ。多くの人間が早ばやと平和な永い眠りへと導かれた” 『犬の力 上』  (角川文庫)  ドン・ウィンズロウ 東江一紀訳 角川書店
  • URL)“われわれは、南米のこの国で、ニ十億ドル近い金をかけて罌粟畑と子どもたちに毒を撒きながら、自国では、麻薬の毒から逃れたい人間を助けるだけの資金も持たないのだ”  『犬の力 下』 (角川文庫) ドン・ウィンズロウ 東江一紀訳 角川書店
  • (URL)“スーツに身を固めた連中は、理解しようとも認めようともしないが...............。  俗に言う“メキシコの麻薬問題”は、メキシコの問題ではなくアメリカの問題なのだ。  買い手なくして売り手なし。” 『ザ・カルテル (上)』 (角川文庫) ドン・ウィンズロウ 峯村利哉訳 角川書店

【読んだきっかけ】週刊文春書評『ザ・カルテル
【一緒に手に取る本】