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“いまなら「不感症帯」 でぼんやりしていた実像が姿をあらわしてくれ るかもしれない。それがせめて数々の無念をこ の世に残して逝った父と母への鎮魂歌になって ほしい” 『父・伊藤律 ある家族の「戦後」 』 伊藤淳 講談社

父・伊藤律 ある家族の「戦後」

父・伊藤律 ある家族の「戦後」

私の世代の人間にとって。伊藤律という人は、1980年に突然現れた歴史の人であった。ある日、マスメディアのニュースの中にその名前が取りざたされ、中国から日本へ帰国した。戦後、中国で軟禁されてた人、日本共産党から除籍された人だという。だが、帰国した彼を迎えた家族は、ごく普通の市井の人たち。その家族の一人である息子さんによって書かれた、父の記録である。消えた夫を待ちつつ、子供を守り、育てた女性(伊藤律の妻、著者の母)の強さが何より印象に残る。
帯より

……父・伊藤律の「無罪」は、主として私以
外の多くの人たちの力によって完全に証明され
た。もはや私には付け足すものはなくなった。
ようやく気が楽になった。もし私にできること
があるとすれば、レッテルなどへの気兼ねや政
治的立場への配慮などもすることなく、肩の力
を抜いて、私が体験したこと、見たままのこと
を記すことではないか。いまなら「不感症帯」
でぼんやりしていた実像が姿をあらわしてくれ
るかもしれない。それがせめて数々の無念をこ
の世に残して逝った父と母への鎮魂歌になって
ほしい。そのなかには、近くにいる父とともに
過ごした最後の九年間のこと、その前後のこと
父の不在だったときの母の苦労のこと、とくに
父親が冤罪=濡れ衣を着せられた家族の一員と
して、息子として感じ考えたことも含まれるだ
ろぅ。いまをおいて私が発言する機会はないと
思った。(「はじめに」より)

第一部 父の帰還
 第一章 二十七年の空白の後で
  1 飛んできた野坂参三
  2 北京までの遠い道のり
  3 帰国をめぐる攻防
 第二章 帰国後の九年間
  1 日本共産党がしかけた“嵐”
  2 証言、そして反響
P.88

 父はしばらく考えているよぅすであった。かなり真面目な表情だった。
ダンテがねぇ、『神曲』のなかで言ってるんだよ。人びとをして言わしめよ、そして汝は汝の道を歩め、って。雑音は鳴らしておけばいい」
 みずからに言い聞かせるよぅな語り口だった。

  3 最期のとき
第二部 母と息子
 第三章 命がけで生きた母
  1 むしろ陽気そうな人
P.131

以降、律は一九四四年春に豊多摩刑務所に移されて終戦を迎えた。巣鴨時代には死刑判決を受けた尾崎秀実ともわずかながら話をする機会があった。そのやせ衰えた姿に胸を痛めたという。そのころ、キミと尾崎の妻・英子が夫たちへの面会について話し合っていたことは、「むすびに」の項でくわしく述べる。
 おそらく、律とキミの新婚当時のことであろぅ。堀田善衞の自伝的小説『若き日の詩人たちの肖像』(集英社文庫/下巻、一九七七年)のなかに伊藤律夫妻が登場する。

  2 遺された日記から
  3 決断と行動
P.170

さらに2010年になると加藤哲郎にょって米国国立公文書館にある川合貞吉ファィルから、川合がGHQから報酬をもらい情報を提供していたことが明らかにされた。川合は尾崎秀樹(おざきほつき)(尾崎秀実の異母弟)の後ろ盾となり、ゾルゲ事件での伊藤律スパイ説を戦後、広範囲に流布してきた人物であるが、詳細は渡部富哉『偽りの烙印』(五月書房、一九九三年)、加藤哲郎ゾルゲ事件』(平凡社新書、ニ〇一四年)にゆだねたい。

第四章 伊藤律の息子として
  1 父の青春
P.195

本富士署から連絡を受けた学校当局は律を放校処分にした。放校処分は、ほかの学校への再入学も許されない、退学、除籍よりも重い処分である。律が学内だけでなく学外の団体にも加入していたためであった。一九三〇年の一高入学者のぅち約三十名が中途退学者で、その七、八割が左翼活動による処分だったといぅ話もある。

  2 ー種の思考回避
  3 無条件の愛に
むすびに
参考文献
あとがき
P.252

 巨大メディアの功罪には大きいものがある。松本清張『日本の黒い霧』は『文藝春秋』連載後、刊行され、清張の名声もあって版を重ねて諸外国でも翻訳されている。
 それとともに「革命を売る男・伊藤律」も広く定着することとなつた。
伊藤律回想録』を出版した文春である。これとは正反対の文庫本についても、なんらかの善後策をとるのではないか……。いや、文春にとってドル箱の清張作品に手を加えるようなことをするはずはないのではなかろうか........。楽観と悲観のあいだを行き来しているうちに時間だけが経過してしまった。
(中略)
三回にわたる交渉の結果、文春側は、この作品の歴史的位置づけ、時代の制約について『伊藤律回想録』や『朝日新聞』の記事などから引用、スパイではないという証拠が出てきているという説明、『偽りの烙印』や『伊藤律回想録』等を参照してほしいという断り書きを添付した文庫本を作成し、現行の文庫本は回収すると回答した。

【関連読書日誌】

  • (URL)“その社会に生きている者が、あまりにどっぷり埋没していて俯瞰することができない、そういうときに、その社会の外から現地社会を相対化した像を見て、漠然と感じていた諸問題が、くっきりと見えてくる” 『「宗派は放っておけ」と元大臣は言った』 酒井啓子 みすず 2012年9月号C
  • (URL)“沖縄の悲劇は、沖縄の人々がどんなに抗議しても、日米間の政治家には届かないのだ。『運命の人』を書いた私は無力感にうちひしがれている” 『「大地の子」と「運命の子」』 山崎豊子 文藝春秋 2013年 01月号
  • (URL)“恐るべきは国家の犯罪である。弾劾さるべきは、理想に名を借りて犯罪を目的化した国家のイデオロギーである。” 『カチンの森――ポーランド指導階級の抹殺』 ヴィクトル・ザスラフスキー 根岸隆夫訳 みすず書房

【読んだきっかけ】京都ふたば書房
【一緒に手に取る本】

伊藤律回想録―北京幽閉二七年

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偽りの烙印―伊藤律・スパイ説の崩壊

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日本の黒い霧〈上〉 (文春文庫)

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日本の黒い霧〈下〉 (文春文庫)

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ある歴史の娘 (中公文庫)

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お嬢さん放浪記 (中公文庫 M 7-5)

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