“歴史の中に頌徳(しょうとく)された人物の光輝は、そこから排除された人物の影の濃密さによってこそ齎(もたら)されている。” 『巨怪伝〈上・下〉―正力松太郎と影武者たちの一世紀 (文春文庫)』 佐野眞一 文藝春秋
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『遠い「山びこ」―無着成恭と教え子たちの四十年 (文春文庫)』以来ずっと,佐野眞一ののフィクションを読み続けている.
中内功,小渕恵三,小泉純一郎,石原慎太郎,孫正義など,存命中の人,あるいは故人となって間もない人を扱った評伝を書いているところもこの人の特色.こうした人たちを対象とすることは,多くの読者を得やすい一方で,中立性,客観性を保つことが非常に難しいはずである.その危険をを犯しつつも,概ね成功していると言えよう.
本書の魅力は,正力松太郎という怪物を扱いつつ,その周りを跋扈した魑魅魍魎の姿を,その時代の空気とともに描写した点であろう.あとがきからの引用.
生者が死者によって精細を与えられているように、歴史の中に頌徳(しょうとく)された人物の光輝は、そこから排除された人物の影の濃密さによってこそ齎(もたら)されている。
読んだのは,10年以上前なのだが,敢えて今,取り上げるのは,第十二章「原発と総裁」,第十三章「発火と国策」を紹介しておきたいからである.戦後,日本が原子力の平和利用を標榜して原発導入に向かった頃の状況がよく描かれている.
英米に対抗すべく国策として原子力行政に邁進した,政治家,学者,お金の匂いをかぎつけてきた,山師や起業家などなど.そこには科学的無知による悲劇もある.
神奈川工大講師武中俊三氏のはなし,P.285
「一九四四年(昭和一九年)に,ルーズベルト,チャーチルの間で,ウランに関して米英共同の管理とするという密約がかわされた.これが戦後,GHQ天然資源局による日本国内のウラン探査につながった.私は,戦後まもなく,岩手県の田老鉱山というところで仕事をしていたが,そこにもジープに乗ったGHQ天然資源局の将校が現れ,坑道に入ってガイガーカウンターをあてていった.
ガイガーカウンターは日本にも戦前はあったが,米英のこうした国際核戦略に基づき,敗戦後すべて東京湾に沈められた」
P.296
東が死んだのは,人生の絶頂とも言える人形峠の開坑式からちょうど十年後のことだった.死因は肺ガンだった.東の女婿の大坪正治によれば,東は生前,「健康にいい」といってウラン鉱を風呂に入れ,「野菜が良く育つ」といって庭に埋めたりもしたという.ウラン風呂に入り,ウラン鉱の肥料で育った野菜を常食にしていた東の妻と養女のひとりも同じようにガンで死んだ.
【関連ブログ】
『核がなくならない7つの理由 (新潮新書)』 春原剛 新潮社
【読んだきっかけ】10年くらい前に書評で.
【一緒に手に取る本】
出世作ともいえるのがこれ
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