“治癒しなくても,障害があっても生きていける社会を” 『東京へ この国へ リハの風を!―初台リハビリテーション病院からの発信』 土本亜理子 シービーアール

東京へ この国へ リハの風を!―初台リハビリテーション病院からの発信

東京へ この国へ リハの風を!―初台リハビリテーション病院からの発信

読んだのは5年以上前になる.リハビリテーションというと,一般の医療にくらべ,なにか地味な印象を持つことが多い.しかし,何らかの疾患や障害を抱えている人にとって,リハはまさに生活の質を支えてくれるものにほかならない.そして,人はだれしも完全ではない,とすれば,リハとはすべての人の生活に関わるものとなる.

リハリビテーション病院の設立と経営に捧げてきた,初台リハビリテーション病院の石川誠医師への取材を中心に,リハの現状と本質を明らかにする好著.初台リハビリテーション病院は,長嶋茂雄が入院していた病院でもある.もっと読まれていいほんだと思う.
2006年の医療制度改革(リハビリ日数に制限を設ける政策)より前に出版された.

石川医師は,医療の質を保証するのがリハであるという.(P.10)

かつてあるホスピスを取材したときに,そこの院長から聞いた言葉が忘れられない.
「医療はそもそも緩和医療であるべきで,それが実現していたら,ホスピスなんかいらないのかもしれない……」というのである.
 今回の取材で石川医師からその話と通底する言葉を聞いた.
「医療は本来リハ的であるべきで,リハ的視点に立って医療サービスをしたほうがいい.僕で言えば,まず脳外科ありきではなくて,まずりはありき,ということ.あらかじめ術後の生活を考え,リハ的に手術をしたほうがいいという発想なのです」

石川医師は,若い頃,あの佐久総合病院に在籍していて,それが人生の大きな転機となった.佐久総合病院の若月俊一氏から言われた言葉.(P.12)

「石川君,日本には地域医療なんて本当はないんだよ」
「あれはね,今の医療がいかに地域を無視しているかということ.だからしょうがなくてつかっているんだよ.」

石川医師は,医療がサービス業であり,(P.70)

サービス提供側の理屈というか,もっと根幹を言えば,医療というのはサービス業であるという基盤,土台がしっかりしていない歴史があるとと思います.そういう認識を医療専門職の人たちがしっかり持って,その上で理念と技術を構築していく必要がある」

という.

「治癒しなくても,障害があっても生きていける社会を」と題する,石川医師の談話から.

P.229

つまり,原始社会で況術や祈りが必要だったのと同じものがいまだに必要とされている.それは治すことではなくて、治癒させることではなくて,治癒しなくても生きていける社会を築くということではないかと思う.

『眠れぬ夜の精神科―医師と患者20の対話 (新潮新書)』(中嶋聡著 新潮社)にある,沖縄の医療にも通じる.

P.231

生まれたときに脳性麻痺で,ぐにゃぐにゃの首も座らない赤ちゃんがいる.産んだお母さんはショックを受けても,その子が人生をまっとうするまで抱き続けるわけですよ.やっぱりそれが人間なんじゃないかな.それに対して支援する.産まれた子どもに,この子は価値がないと頭から決めつけるのはおかしいんじゃないか.そういうところに対してお手伝いできなければ,なんのための医療なのか.医療ってそういうものなんじゃないかって思う.だから,医療が上にあるのではなく,僕はリハビリテーションが上にあって,その下に医療があるのだと思う.リハビリテーション的に医療サービスをした方がいい.

『完全な人間を目指さなくてもよい理由 遺伝子操作とエンハンスメントの倫理』(マイケル・J・サンデル著 ナカニシヤ出版)におけるサンデル教授の考え方に通じるものがある.

P.231

民間病院の中には,理事長の奥さんが理事,息子も理事,いとこも理事となって,そのあたりが病院の売り上げをまずガバッと取り,残りを医者がやはりガバッともらって,そのまた残りをスタッフで分ける,という構造がありますね.そういう病院は,言ってしまえば医療をやりたいのではなく,自分たちの生活を豊かにするために医療事業をやっているのでしょう.

著者は,こんな文章も書いているのですね.水俣を撮り続けた土本典昭さんという方のお嬢さんなのですね.
土本亜理子「緩和ケア病棟のある診療所で過ごして――記録映画作家・土本典昭 最期の日々」(『世界』2008年11月、no.784, [7])

【関連ブログ】
『眠れぬ夜の精神科―医師と患者20の対話 (新潮新書)』 中嶋聡 新潮社
『遺伝子操作とエンハンスメントの倫理』 マイケル・J・サンデル ナカニシヤ出版
『日本一の秘書―サービスの達人たち  (新潮新書 411) 』 野地秩嘉 新潮社
【読んだきっかけ】
ある縁があって本をいただいた.
【一緒に手に取る本】
世界的免疫学者の故多田富雄氏が自らリハビリテーションに取り組む過程で,リハに制度の改悪と闘った記録

わたしのリハビリ闘争 最弱者の生存権は守られたか

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ずいぶん昔になりますが,佐久総合病院の若月俊一医師については,この本で詳しいことをしりました.たいへん良い本です.
信州に上医あり―若月俊一と佐久病院 (岩波新書)

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眠れぬ夜の精神科―医師と患者20の対話 (新潮新書)

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完全な人間を目指さなくてもよい理由?遺伝子操作とエンハンスメントの倫理?

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