“本は「根っこ」(思想)と「翼」(想像力)を与えてくれる。この二つは、外に内に橋をかける時の大きな助けである” 『日本人の美風  (新潮新書 436) 』 出久根達郎 新潮社

日本人の美風 (新潮新書)

日本人の美風 (新潮新書)

出久根達郎氏による最新刊.いいですねぇ.こういう本大好きです.引き出しにしまっておきたい挿話に溢れています.
序 日本人の美点 より,

日本人の美点とは、何だろうか。
「優しさ」「親切」「献身」「おとなしい」「つつしみぶかい」「勤勉」「きちょうめん」「忠実」「内気」「繊細」「職人わざ」「神経質」「粋」「風流」「任侠」「熱血」「涙もろい」「わび・さび」「奉仕」「格言好き」「先師を敬う」「親分肌」「恥を知る」「義理がたい」「思い切りのよさ」…
 考えつく限りの、いいところを挙げてみた。
 昔はあったが現在は片鱗さえ無いものも、構わず挙げてみた。果たして、日本人のみの特質かどうか、疑問に思われるものもあったが、あとで選別すればよい。
 いろいろ挙げた末,これぞ間違いなく、日本人だけの持つ美点である、というものを、いくつか選び出した。

というのが本書である.

 日本人の美風、とは少しく大仰なタイトルだが、日本人らしい心配りの種々相を描いたつもりである。今はもはや消えてしまった美徳もある。復活を願って、紹介した。
 日本人、という言い方だが、筆者は尊敬する如是閑に倣って、ニホンジンと読んでほしいと思っている。

古書店主という仕事から得られたものと,これまで講談社エッセイ賞直木賞を受賞したいる文章力とが相俟って,どの一編も,なんとも余韻の残る忘れがたいものである.

目次は,

天災と粉砕―浜口梧陵と篤志の人々
無名の志―中谷宇吉郎と奇特な宿
勤倹力行の提唱者―二宮尊徳の凄味
陰徳を積む―野口英世パトロン
義理がたい―樋口一葉の優しき清貧
狂歌の伝統―一高校長たちのユーモア
「よく耐えてこられましたね」―皇后美智子さまの読書

「無名の志―中谷宇吉郎と奇特な宿」より

 本屋の主人にとって、戦争などは重大なことではなかった。本を愛する人がいて、その人のために本が作られていて、その本を求める人に無事に届ける自分がいる。世界は、これだけで十分であった。
 こういう人たちが、国を支えてきたのだ、と中谷は言いたかったのではあるまいか。

「義理がたい―樋口一葉の優しき清貧」より

義理人情、と言うけれど、義理は人情が生みだすのである。情の濃さが義理を生む。義理を欠く人間ばかり多くなったら―「長生きだけはしたくないもんだ」、そういう社会になりやしないか。

「「よく耐えてこられましたね」―皇后美智子さまの読書」より
神戸の大震災で美智子皇后が皇居の水仙の花を手向けられたのは,よく知られているエピソードである.また,東日本大震災で避難所のご夫人が美智子皇后水仙を差し上げたというエピソードも読んだことがある.水仙花言葉は,「尊敬」「片想い」なのだそうである.このエピソードに触れ,著者は

 では、皇后は何によって、「水仙」たらんと欲し、何をもって水仙の花に培われたのだろうか。

著者の答えは「書物」である.皇后が書物について語らえたこと,お書きになったことに触れながら,その謎解きをしていく.最後に,

「本の中で人の悲しみを知ることは、自分の人生に幾ばくかの厚みを加え、他者への思いを深めますが、本の中で、過去現在の作家の創作の源となった喜びに触れることは読む者に生きる喜びを与え、失意の時に生きようとする希望を取り戻させ、再び生飛翔する翼をととのえさせます。」

ということばを引用し,著者は,

すなわち,本は「根っこ」(思想)と「翼」(想像力)を与えてくれる。この二つは、外に内に橋をかける時の大きな助けである。

という.これは,スーザン・ソンダクの「悲しみの谷では、翼を広げよう」という言葉を思いださせる.
「陰徳を積む―野口英世パトロン」によれば,星一星新一の父)は,野口英世の隠れたパトロンであった.

筆者は、この稿をまとめるために、何十冊かの野口英世に関する本を読んだが、星新一氏のこの一編に勝る好資料はなかった。最も信頼できる英世伝である、と推奨したい。

この一編とは,「野口英世」を指す.『明治の人物誌 (新潮文庫)』所収.
【関連読書日誌】
“悲しみの谷では、翼を広げよう” 『死の海を泳いで―スーザン・ソンタグ最期の日々』 デイヴィッドリーフ, David Rieff, 上岡伸雄訳 岩波書店
世界と闘うためには,日本人の美風を捨てねばならないか?
“まじめな人がバカをみない日本であってほしいのだ” 『世界で損ばかりしている日本人  (ディスカヴァー携書) 』 関本のりえ ディスカヴァー・トゥエンティワ
【読んだきっかけ】
【一緒に手に取る本】

古本綺譚 (平凡社ライブラリー)

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作家の値段 (講談社文庫)

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死の海を泳いで―スーザン・ソンタグ最期の日々

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明治の人物誌 (新潮文庫)

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