“しかし、〈性〉が人生にもたらすさまざまなことを書いてみたい欲求が、あまり使いたくない言葉だが、晩年の彼女にはとても強くあった” 『名文探偵、向田邦子の謎を解く』 鴨下信一 いそっぷ社

- 作者: 鴨下信一
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- 発売日: 2011/07
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2016.6.16 再追記
ナレーションの引用、正確なテキストを教えてもらいましたので、書き換えました。
2016.6.6追記
このブログへのアクセスが、突然1000を超えた。6月4日夜10時頃から突然である。何ごとかとみてみるとこのページである。原因は、恐らく、この夜放映された、NHKの土曜ドラマ「トットてれび」の第4回であった。「トットてれび」は黒柳徹子の人生をつづったドラマ。主人公役の満島ひかりがすばらしい。第4回は、故向田邦子(女優は、ミムラ。そっくり!)との交流に焦点をあてたもので、飛行機事故で、亡くなるまでの物語。ドラマの最後、亡くなった後の霞町マンションを外から映して、こんなナレーションで終わる。
「あの頃向田さんの部屋は居心地がよくて止まり木みたいだった。ちょうど向田さんは写真家の恋人が亡くなったばかりで心にぽっかり穴が開いていた。トットちゃんはそれをずっとあとになるまで知らなかった。向田さんにとってもあの部屋は止まり木だったのかもしれない。」
淡々と流れるナレーションだったけれど、驚いた。こんなに親しく毎日のようにつきあった友人であったのだけれど、そのことは知らなかったんだと。
このページを記したのは、2011年11月、その後に記した、2013年9月のページも引用しておきます。
向田邦子が飛行機事故によって亡くなった時のことをよく覚えている.その時期,一番輝いていた脚本家,エッセーイスト,小説家であった人が突然消えてしまったことのショック.そして,当時,何となく不思議なことが一つだけあった.新聞や雑誌に掲載される,向田邦子の写真である.それは,普通の人の肖像写真や遺影とは違っていて,アイドルのブロマイドのように美しいのである.明らかに,プロの写真家がその人のために心を込めてとった写真であった.テレビ界で活躍していたとはいえ,その写真の美しさは,一人の脚本家のそれとは異質なものだった.その謎が解けたのは,それから10年後である.彼女にはカメラマンの恋人がいたのである.その人は妻子ある人であった.その恋人は,病によって体が不自由になり,その世話をしたのも,最後を看取ったのも向田邦子であった.家族にも明かさなかったその秘め事は,亡くなってから10年後,向田が残した手紙の束から,その恋人の存在が明らかになった.向田和子によって本にもなったし,テレビでもドラマかされた.短い人生のうちに,古い謎が解けることとは,なんとなく気持ちがいいような,すっきりとした気分になる.また,向田邦子の作品に対する解釈にも微妙に影響しよう.
今年は,没後30年ということらしく,新聞等でも特集が組まれている.読売10月23日は読者の声と,小泉今日子(書評委員でもある!)のコメント,朝日10月30日は,本書の著者である鴨下信一が「生活への美意識で虚飾を撃つ」というタイトルの小文を寄せている.
その美感、美意識で彼女は現在の日本人の虚飾、思い上がり、自己満足、一点豪華主義のような卑しさを撃った。たいていは週刊誌連載のために書いたものだが、決して低レベルではない。中でも辛辣な「黒髪」「拾う人」「特別」などは『無名仮名人名録』に収められている。
私が,向田の写真がずっと気になっていたように,鴨下信一氏は,向田が直木賞を受賞した名作「かわうそ」の最後の一行「写真機のシャッターがおりるように、庭が急に闇になった。」だけはずっと気になっていた,という。ふつうは,何らかの写真機がでてきても不思議でないような伏線が敷いてあるものなのだ,と言う.そして,本書第3章「豆絞りと富迫君」より
向田さんの恋人のことが(旧い恋人だが、彼女に非常に大きな影響を残して死んだ人のことが)わかってきた今では、はっきりといえる。
その最後の写真機の比喩は、この恋人のためだ。脳卒中で身体が不自由になることを含めて、そうだとしか思えない。
とすれば、この小説で、
〈向田邦子は、自分自身を罰している〉。もっとあからさまにいえば〈殺されても仕方がないほど自己の行為を悔やんでいる〉。
これは〈自己処罰〉の作品と言える。
なぜ自己処罰なのか,それは,恋人の最後は自死なのである.
さて,本書のもう一つのポイントは、第7章「不倫、という武器―向田邦子と〈性〉」であろう.この章は,1:ベッドシーンが書けない作家,2:性は家庭と両立するか,3:性解放の時代に,4:『阿修羅のごとく』という挑戦,5:『あ・うん』は一つの解答だった,からなる.
いずれにせよ、そうした〈堅い〉家の女の子だった。
ベッドシーンが書けないことを彼女に代って弁解しているようで妙な気分だが、成人してからの自分の〈性〉を隠しつづけた人だから仕方がない。
しかし、〈性〉が人生にもたらすさまざまなことを書いてみたい欲求が、あまり使いたくない言葉だが、晩年の彼女にはとても強くあった。
そしてそれは、ぼうくたちのような後々の読者にはとても有難いことだ。
〈性〉は書くが〈性交渉〉は書かないと言われた向田だが,性だけでなく,さまざまな社会や家庭の問題に,いち早く,鋭く,しかもテレビという扱いにくいメディアを使って,切り込んだ.だが,それを社会問題として扱うのではなく,人間の間の情として扱ったところが向田の特徴で,ものごとの本質を突いていたかもしれない,
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