“寂しくても、暖かかったと感じてくれたことを、そして、私と出会って、私たち家族と出会って幸せだと思ってくれたことを、今は何にも替えがたい彼女からの最後の贈り物だったと思うのである” 『つひにはあなたひとりを数ふ』 河野裕子と私 歌と闘病の十年 (最終回) 永田和宏 波 2012年 05月号 新潮社
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永田和宏氏による連載,「河野裕子と私 歌と闘病の十年」が5月号で了となった.河野裕子は2010年8月に亡くなった歌人,そして,永田和宏はその夫で,歌人であると同時に.細胞生物学者で京大名誉教授.河野裕子女史の乳癌との闘いとともに,生と死,家族,夫婦それぞれの絆と軋轢を綴ったもの.歌人であり,科学者である永田の眼を通して,家族一人一人の思いを二人の二とともに語る.だから,文学や人生を語りつつも,時に分析的であり,冷静に状況を見つめる.記述を通して感じるのは,何よりも家族の間の強い信頼関係である.だから,当の家族にとっては修羅場であったに違いないのだが,落ち着いて読むことができる.
手をのべてあなたとあなたに触れたとき息が足りない
この世の息が 河野裕子『蝉声』
河野裕子の最後の一首である。死の前日に作られた。近代以降、これほどの歌を最後の一首として残した歌人はいないのではないかと私は思う。私が、自分の手で、この一首を口述筆記で書き残せたことを、涙ぐましくも誇りに思う。
最後の文章
さみしくてあたたかあかりきこの世にて会い得しことを
幸せと思ふ 河野裕子『蝉声』
死の前日に、私が口述筆記で書き残した数首のうちの一首である。寂しくても、暖かかったと感じてくれたことを、そして、私と出会って、私たち家族と出会って幸せだと思ってくれたことを、今は何にも替えがたい彼女からの最後の贈り物だったと思うのである。
連載を読んできたものにとって,壮絶なる家族の闘いの経緯をしっているだけに,なにかほっとするのである.
ノンフィクションライターの故柳原和子氏は『百万回の永訣―がん再発日記 (中公文庫)』で,医師による宣告の非情さを訴えた.事実は事実として最後は受け止めなければならないが,せめともう少し,時間をかけた,緩和的な伝え方というものはないのだろうかと.これは,家族にとっても同様なのだ.
緩和療法に対する知識は私にもあったはずであった。しかし、いかにターミナルとは言っても、少しくらいは副作用の弱い抗癌剤を使ってくれるのだろうと、心の片隅では期待していた。その期待は見事に打ち砕かれ、まず初っ端に、ここではいっさい抗癌剤治療はしませんと宣告された。
またしても怒りがこみ上げて来るのをどうしようもなかった。甘えである。
二人には歌があり,永田氏にはさらに学問があったことが支えとなったに相違ない.モルヒネの増量を断り,死の前日まで,作歌をつづけていたのであった.
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