“エコテロリズムを放置すればどうなるか。その刃は必ずや将来、ブーメランのごとく戻ってきて自国民の安全を脅かし、災禍をもたらす” 『恐怖の環境テロリスト (新潮新書) 』 佐々木正明 新潮社

恐怖の環境テロリスト (新潮新書)

恐怖の環境テロリスト (新潮新書)

環境問題を考える上で必読の書であろう.シー・シェパードなど過激な環境運動の背後にあるものを知ろう,という単純な理由から読んだ本であるが,その裏にある思想・哲学までに踏み込んだ深い内容があり,考えさせられることが多い.こうした過激な環境保護団体に,世界中から多くの寄付金が集まっていることも驚きである.まさしく,適切でタフな国際戦略が求められている.
紹介文から

環境のためなら人でも殺す。調査捕鯨船に高速艇で体当たり、イルカ漁師に暴言連発、製薬会社に放火攻撃―奴らは「お騒がせ集団」なんかじゃない。カルト的思想と違法手段で武装した環境テロリストだ。背後には彼らを英雄扱いして稼ぐ世界的TVチャンネル、ショーン・ペンらハリウッドの大御所達。巨額のカネで繋がった“動物愛護業界”とは何なのか?なぜ今日本を狙うのか?黒い活動家の正体を暴く貴重な一冊。

第一章 日本叩きで稼ぐ動物愛護産業
第二章 原理主義者のオモテ戦術、ウラ組織
P.72 動物実験に反対するテロ組織SHAC(SHAC;Stop Huntingdon Animal Cruelty)について,SHACは,1999年にイギリスでハンティンドン・ライフ・サイエンス社動物実験を物理的に阻止するために結成された組織

ハリスは食道ガンの研究で博士号を取り、昼はイギリス中部ノッテインガムの医療機関で胃腸ガンの治療法に携わる優秀な研究者だった。温厚な性格で真面目な働きぶりから将来を嘱望されていた。しかし、夜になると、リュックサックの中にボルトカッターやハンマー、懐中電灯、黒い塗装スプレーを忍ばせ、ハンテインドン社関連企業に打撃を加えるエコテロリストだったのである。

P.75

ニューヨーク市立大学で動物の権利擁護運動や過激環境保護活動を研究するジェームス・ジャスパーは、エコテロリストに転身する人物の特徴として、1:白人、2:ミドルクラス、3:高学歴の3点を挙げる。ハリスはその典型例だという。

第三章 シー・シェパード急成長の奥義
第四章 キング牧師、力ンジ一、グリーンピース
P.122

 耳慣れない「市民的不服従」という言葉は何を意味しているのか。これは四世紀のアメリカの思想家、ヘンリー・デイヴイツド・ソロー(1817-1862)により提唱された概念であり、抵抗手法だ。
 今で言う「ロハス」「スローライフ」を実践する自然文学作家であったソローは、当時の奴隷制度のあり方と米墨戦争への政府の傾倒ぶりを批判、抗議のために人頭税の支払いを拒否していた。しかし、1849年のある日、咎められて逮捕され、監獄で一晩を過ごす。
(中略)
そして、ソローはこの体験を元に『市民的不服従』という抵抗論を発表した。それは「人は自らの良心に基づき、戦争や奴隷制のような悪政、悪習には断固としてノーを言うことができる。たとえ、法律を破ってでも」という概念だった。この考えは後世の権利闘争の抵抗者たちに多大な影響を与えた。インドの英国からの独立を求める非暴力抵抗運動やアメリカの奴隷制度と人種差別の撤廃を求める公民権運動、そして、南アフリカの反アパルトヘイト闘争などで実践された抗議手法ともなった。

P.127

動物に対する意識の変化について、アメリカのウエスタンカロライナ大学心理学科教授のハロルド・ハーツォグ氏が著書『ぼくらはそれでも肉を食うーー人と動物の奇妙な関係』(山形浩生・守岡桜・森本正史訳、柏書房)の中で解説している。引用したい。
 「人間の歴史のほとんどの時期において、人間以外の動物は「彼ら」と見なされ、それ相応に扱われてきた。でも、状況は変わった。地方から都市部へと人口の大移動が起こった結果、いまや農業で暮らしを立てている人はアメリカ人の二%以下にまで減り、動物や自然と接する機会はこれまでに比べてずっと少なくなった。(後略)」

上記の,人と自然とのつながりの希薄化は,我々の価値観に無形有形の影響を及ぼしている.それは,生命観,死生観にも影響するだろう.
P.134

 黒人への差別、動物への差別
 シンガーは『動物の解放』の序文で、この本は「ヒト以外の動物に対する人類の専制政治についての書物である」と強調した。ナチスドイツの強制収容所で「劣等人種」に対して行った人体実験の惨禍を例にして、動物実験の有様を批判し、動物実験は理性と基本的道徳によって反対できるのだと訴えた。黒人への人種差別と女性への性差別の構図と同様、動物に対して人間の恋意的な搾取と抑圧は、「種差別」にあたるという。シンガーはヒューマニズム的観点から、動物へも優しさと特段の配慮を持つべきと考えた。
 「動物解放論」は1983年、“The Case of Animal Rights”の刊行によってアメリカの哲学者、トム・リーガン(19381)に受け継がれる。リーガンは、知覚や欲求などの感覚を備える生き物はすべて自由の権利や生きる権利を持ち、人間と同等の権利を認めるべきだとする「動物の権利」論を説いた。
 こうして、シンガーやリーガン、その後に続く哲学者によって動物愛護派の人々が抱く思想的基盤が確立された。次々に、動物の権利を守ろうとする活動家が生まれていった。その一派の中に、人間の食用や娯楽目的で動物を殺すことは絶対に許さないと考える過激な原理主義者が現れたのである。
 活動家らは、ソローの『市民的不服従』とシンガーの「動物の解放」、リーガンの「動物の権利」論をバイブルとし刺激的な事件を起こして世論を喚起していった。
 PeTAの創設者、イングリッド・ニューカークは『動物の解放』が私の人生を変えた」と述懐する。シンガーが導き出した論理を絶賛し、「『動物の解放』こそが、PeTAの創設を後押しした」とさえ言った。彼女は動物への見方を変えるような新しく刺激的なアプローチの必要性を感じ取ったのだといい、裸パフォーマンスは、こうした経緯で世に送り出されたのだった。また、動物解放戦線が、団体名に「動物解放」をつけたのも、それがシンガーを連想させる象徴的な名称、だからだ。

P.140

 2009年4月、アメリカ連邦捜査局(FBI)は、カリフォルニア州出身のダニエル・アンドレアス・サンディアゴを最重要テロリストのl人として手配した。サンデイアゴは動物解放戦線(ALF) の流れをくむテロ団体「動物解放軍」の一員であり、2003年8月にカリフォルニア州内のバイオテクノロジー企業、キーロン社の社屋を爆破した事件(第2章参照)での嫌疑がかけられている。サンデイアゴはエコテロ団体SHACとの密接な関係も指摘されている。
 サンディアゴはエコテロに関連した同国初の最重要手配テロリストとなった。これは9・11事件の実行犯や国際テロ組織アルカーイダ指導者のウサマ・ピン・ラーデインと同じカテゴリーに入る。アラビア語の名前ではない唯一の最重要手配犯だという。

第五章 カナダはなぜ撃退に成功したか
P.161

北欧、メキシコでも動物解放戦線のインターネットサイト「BITE BACK(反撃)」は、各国にちらばる過激活動家が自分の行った直接行動を“報告”する場、だ。時にはビデオや写真も添付されており、先のアジェンダ21捕鯨船沈没もここにアップされた。このサイトは世界のどの国でエコテロ事案が増えているかを示す一つのバロメーターとなっている。

P.163

アメリカ東海岸メーン州に1929年に設立された非営利機関ジャクソン研究所は、実験用マウスを各国の大学や研究施設に供給する世界的な“ネズミ工場”だ。遺伝子操作によって、ガンやパーキンソン病アルツハイマーなどの疾患を保有する4000系統以上のマウスが開発され、最先端医療に活用されている。
(略)
医療や生命科学の発展に大きな貢献を果たしてきたことは完全に無視され、このジャクソン研究所でさえ過激団体の標的となっている。

P.165

では実際に狙われる立場にある科学者は、いま何を考えているのか。アメリカのサイエンス誌「ネイチャー」は2011年2月24日号で動物実験と活動家らの過激行為について特集を組み、回答を寄せた約1000人のアンケート結果を公表した。約9割が動物実験が医療や生物科学分野の発展に必要と感じているが、内心はとても複雑であることが窺えるものだった。

P.178

エコテロリズムを放置すればどうなるか。その刃は必ずや将来、ブーメランのごとく戻ってきて自国民の安全を脅かし、災禍をもたらす。いまや各国に散らばる活動家たちがシー・シェパードの取り締まりの実態を注視しながら、自らの目標達成のために虎視耽々と行動の準備を進めていることを忘れてはならない。

P.179

毅然とした政府の態度を示すことで、シlー・シェパードの暴力をはねのけてきた国がある。それは、ポール・ワトソンの祖国、カナダである。

P.181 国際海事機関(IMO)

IMOは船舶の安全を守り、海事問題に関する国際協力を促進するための国連の専門機関として1958年に設立された。
(略)
 2012年、IMOのトップである事務局長に日本人が就任した。1977年に当時の運輸省に入省し、その後初年以上にわたって同事務局で要職を務めてきた関水康司氏だ。この年は、海上安全に関する国際的な取り組みを始めるきっかけとなったタイタニツク号の沈没事故からちょうど100年を迎える年でもある。

第六章 立ち上がった日本人たち
P.185 以下の渡部さんとはフォト・ジャーナリストの渡部陽一氏のことである.この番組の一部は,YouTube渡部陽一が撮った!これが世界の『戦場』だ ポール・ワトソン」で観ることができる.

そして渡部さんは、ワトソンの職業について尋ねた。それは刑事裁判の初公判で裁判官が被告に最初にする質問と同じだった。同時通訳の女性の声がスタジオに響き渡った。「私の仕事は、シー・シェパードの船の船長です。海洋生物を守っております。プランクトンからクジラまでね」
 火蓋は切られた。スタジオ中が2人のやりとりに釘付けになった。
 こちら側には作戦があった。ワトソンを日本に被害をもたらした容疑者として扱うことだ。彼と彼の忠実な部下たちは、海外では「海の英雄」と捉えられている。だが、それは違う。ワトソンは国際指名手配犯であり、“無法者”であることをこちらは明確に示さなくてはならない。
 もう一つ。事実だけを追及すること。

P.188

 ワトソンはテレビの寵児でもある。コメントは短く、エスプリを交えながら流れるような口調で持論を展開する。制作者にしてみれば、編集の過程で発言を使いやすい。声も通り、風体も目立つ。こうして世界各国のメディアに気に入られ、番組に出演しては自分の言葉を広め、支持者を増やしてきた。
 しかし、今回は彼の計算外の事が起きた。いつもは視聴者を錯覚させる説明に、胡散臭さを感じ取ったスタジオの子供たちが噛みついたのだ。

P.195

 20年以上前に海を渡り、アメリカの一流大学で医学博士号を取得した滝口守さん(仮名)は2007年、動画投稿サイト「ユーチューブ」に捕鯨を一方的に貶める映像があふれていることに心を痛めていた。クジラから血が流れ、海を真っ赤に染める映像。よりショッキングに見せるために、陰欝な音楽が組み込まれ、心ないメッセージが付け加えられている。コメント欄には漁師を蔑む言葉も並んでいた。
 そのなかに日本人への差別があることを感じ取った滝口さんは、日本伝統の鯨食文化をやんわりと説明した。しばらくすると反論が書き込まれた。再ぴ、滝口さんがコメントし矛盾点を質す。すると批判派の人たちの見解は「クジラは可愛い」「賢い動物を殺してはならない」という非論理的な主張に収敬されてきた。滝口さんは「なぜ、日本の捕鯨だけを批判するのか」と聞いた。するとーー
 「突然、『お前を殺してやる』と脅してきたのです。彼らは、どんな客観的データでも受け入れることはありませんでした」

P.197

第1章でご紹介した、アメリカの大学講師、河野邦夫さんもこうした一人に数えられる。河野さんが編集する告発レポートはその質の高さから、いまやシlー・シェパード対策に関わる霞が関の官僚や中枢の捕鯨関係者も目を通すものとなっている。そして、この報告をもとに今後の対策や分析が練られている。

P.198

河野さんは日本が圧力に屈し、捕鯨やイルカ漁を止めてしまうことが「最悪のシナリオだ」とも指摘する。シー・シェパードやその支援者たちは、他の漁業への抗議もごり押ししてくるに違いない。だからこそ、漁師たちへの経済的、精神的なサポートが肝要になると考えている。
「私はホームシックになることはありませんが、日本料理が恋しくなります。繊細な味を持つ日本食は世界に誇れる文化。日本の海産物を私は守りたいのです」

【関連読書日誌】

  • (URL)“以前は人が獣類を圧倒していたのに、いまや人が獣類に負け始めている” 『女猟師』 田中康弘 エイ出版社
  • (URL)“なぜ私は自ら豚を飼い、屠畜し、食べるに至ったか” 『飼い喰い――三匹の豚とわたし』 内澤旬子 岩波書店

【読んだきっかけ】
書店にて
【一緒に手に取る本】

ぼくらはそれでも肉を食う―人と動物の奇妙な関係

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動物の解放 改訂版

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