“いつも山峡の大きい自然を、自らは知らぬながら相手として孤独に稽古するのが、彼女の習わしであったゆえ、撥の強くなるは自然である。その孤独は哀愁を踏み破って、野性の意力を宿していた” 『雪国 (新潮文庫 (か-1-1)) 』 川端康成 新潮社
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いつも山峡の大きい自然を、自らは知らぬながら相手として孤独に稽古するのが、彼女の習わしであったゆえ、撥の強くなるは自然である。その孤独は哀愁を踏み破って、野性の意力を宿していた。幾分下地があるとは言え、複雑な曲を音譜で独習し、譜を離れて弾きこなせるまでには、強い意志の努力が重なっているにちがいない。
島村には虚しい徒労とも思われる、遠い憧憬とも哀れまれる、駒子の生き方が、彼女自身への価値で、凛と撥の音に溢れ出るのであろう。
『『雪国』について』(伊藤整)の冒頭と最後
『雪国』は、川端康成においてその頂上に到着した近代日本の抒情小説の古典である。「抒情小説」とこの作品を呼ぶことは、一般的ではないが、私はそういう風に呼ぴたい。一般的に言えば、これは心理小説であるが、抒情の道をとおって、潔癖さにいたり、心理のきびしさの美をつかむという道。これは日本人が多分もっとも鋭くふみ分けることの出来る文芸の道の一つである。すでに私たちは『枕草子』という、この道の典型を持っている。
(中略)
生きることに切羽つまっている女と、その切羽詰りかたの美しさに触れて戦(おのの)いている島村の感覚との対立が、次第に悲劇的な結末をこの作品の進行過程に生んで行く。そしてその過程が美の抽出に耐えられない暗さになる前でこの作品は終らねばならぬ運命を持っているのである。
『川端康成 人と作品』(竹西寛子)より.竹西寛子によるこの解説は秀逸.
しかし、その軌跡に、さきの日記をはじめとして、『伊豆の踊子』『抒情歌』『禽獣』『雪国』『名人』『千羽鶴』『山の音』『眠れる美女』『片腕』などの作品を改めて辿る時、いかなる時の世にも義理立ても心中もしなかった作家川端康成の軌跡もまた明らかとなる。『十六歳の日記』へのなつかしさが、単なるなつかしさを超えるのはそういう時である。ここには、およそ無駄と名づけられるものの見出しようがなく、勁(つよ)くてしなやかな撓(しな)やかな言葉は、湧き水のような行間の発言と相携え、澄んだ詩となってこの作品を陰惨から救っている。
私見によれば、川端康成の文学における日本については、本来モノローグによる自己充足や解放を好まず、ダイアローグによってドラマを進展させたり飛躍させたりする谷崎潤一郎の文学と較べてみると、少なくとも一つのことははっきりするように思う。それは、谷崎文学が、日本の物語の直系であるようには、川端文学はドラマの欠如あるいは不必要によって直系とはいい難く、本質的にはモノローグに拠るものとい
う点で、和歌により強く繋っているということである。しばしば小説の約束事は無視されて一見随筆風でもあるのに、あえて日記随筆の系譜に与させないのはほかでもない。さきにもふれたように、この文学は、ゆめ論述述志の文学ではなく、感覚と直観によってこの世との関係を宙に示しているからである。
際限のない、渇望としてのみありつづける存在への恋が、物や事の、虚しい共存容認という歯止めをもつ時、ダイアローグを不可欠とするドラマよりもモノローグと結ぶのはむしろ自然かとも思われるのであるが、ダイアローグを排除するところでしか成立しない「眠りの美女」の詩または音楽、一見きわめて西欧的なこの密室の性愛さえ、じつはこの作家における和歌的なるものの一つの極北を示しているとみられるこ
とにも、川端康成における日本の複雑さを思わずにはいられないのである。
新潮文庫版は,中学生の教科書ガイドのように丁寧な注解がついているのですが,こんな単語にも説明が付いています.
焚出し,ラッセル,三等車,内湯,花柳界,狛犬,枡目,都々逸,置屋,地の人,手鞠唄
【関連読書日記】
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【読んだきっかけ】
『火花―北条民雄の生涯 (ノンフィクション・シリーズ“人間”)』を読んだこと
【一緒に手に取る本】
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