“「限界の学習」ということで話が終わっているなら、ここまで心 に響く物語にはなるまい。そうした学習を遂げたあとに、人はどうふるま うのか。イシグロはつねに、そこにも目を向ける。” 柴田元幸 蜷川幸雄演出『わたしを離さないで』上演プログラム
蜷川幸雄演出『わたしを離さないで』上演プログラム
Kazuo Ishiguroの小説“Never let me go”(『私を離さないで』)が,映画化された時,その映画パンフレットに,蜷川幸雄が舞台化を考えているということが書いてあったと記憶している.あの小説が書かれたこと自体が驚きで,さらに映画化されたことも驚きであったのだが,いったいどのように舞台化するつもりなのか,本当なのか,とこの3年間思い続けていたのが,ついに上演されたのである.
2度の休憩を挟んで,4時間の芝居である.主演は多部未華子.
-(URL)彩の国さいたま芸術劇場開館20周年記念
『わたしを離さないで』 英国最高の文学賞、ブッカー賞受賞作家カズオ・イシグロの傑作に、
蜷川幸雄が挑む!
映画以上に原作に忠実な脚本であったかように思う.この小説,芝居の恐ろしさは,到底あり得ない世界をあたかも日常であるかのように平然と描いている点である.はじめて見る(読む)人は,最初はそのことに気がつかない.読み進めるうちに,徐々にこの異常な光景,設定に気がつき,愕然とし,それでも淡々と続けられる物語に飲み込まれてゆく.
しかしながら,異常とも思えたその世界は,実は私たちの日常と本質的には何ら変わりがないことに,改めて気がつかされる.僕らの世界を改めて見直すきっかけを与えてくれる,そんな作品である.大学生に向けて生命倫理,科学技術論を語る時,読んで欲しい文献の一つに必ず加えるのだが.
プログラムにある,銀粉蝶の文章より,
クローンや臓器の細胞培養など最先端の科学技術を扱ってはいますが,
この作品の主題は、人間にとって根源的な「さびしさ」にあるのでは,と
私には思えてなりません。ひとりぼっちで生まれ、そして、ひとりで死ぬ.
どんなにテクノロジーが進もうと,その「さびしさ」から人間は逃れられな
い。でも、それは決して悲観するようなことではないと思う。どんな芸術
も、その「さびしさ」に真正面から向き合うことで生まれたのだから.観
客の皆様もぜひ劇場で「さびしさ」に対峙する贅沢な時間を過ごしてい
ただけたら嬉しいです。
また,柴田元幸さんは,“カズオ・イシグロの世界”という文章を寄せ,「わたしたちはみな執事だ」と言ったカズオ・イシグロへのインタビューをひきつつ,『これは「世界が子供のころ考えていたほど美しくも自由でもない」場所を思い知る者たちの話であり,「うぶな子供時代から,人間の限界を受け容れる時期への旅を描いた」物語りだとも言える』と言った上で,次のように書く.
でもそうした「喪失としての成長」ということに、見方を限定する必要
はない。世界は僕たちにとって、あらかじめ意味づけられてしまっている
ということ。そういう普遍的な思いを、この物語は伝えている。いつもの
端正な文体とシュールな内容のミスマッチが異様な迫力を生んでいる
『充たされざる者』(2007)とともに、現時点でのイシグロの代表作と
言ってよいだろう。
ただし、「限界の学習」ということで話が終わっているなら、ここまで心
に響く物語にはなるまい。そうした学習を遂げたあとに、人はどうふるま
うのか。イシグロはつねに、そこにも目を向ける。だから『曰の名残り』にし
ても『わたしを離さないで』にしても、あるいは『充たされざる者』にして
も、登場人物たちがある種の悟りに達する結末はとても重要だし、余韻
を残す。陳腐を覚悟でいえば、そこに人間の尊厳をイシグロは見ている
ように思える。
【関連読書日誌】
- (URL)“古い病気に新しい治療法が見つかる.すばらしい.でも,無慈悲で,残酷な世界でもある.” 『わたしを離さないで (ハヤカワepi文庫) 』 カズオ・イシグロ 土屋政雄 訳 早川書房
- (URL)“そして当日のすべての演奏が終了し、大西さんがこれで現役生活に別れを告げ、新しい人生のフェイズに足を踏み入れようとしたまさにそのときに、この「おれは反対だ!」事件、が持ち上がったわけだ” 『「厚木からの長い道のり」 小澤征爾が大西順子と共演した『ラプソディー・イン・ブルー』』 村上春樹 考える人 2013年 11月号 新潮社
- (URL)“人生の終わりに近づくと−いや、人生そのものでなく、その人生で何かを変える可能性がほぼなくなるころに近づくと−人にはしばし立ち尽くす時聞が与えられる。ほかに何か間違えたことはないか…。そう自らに問いかけるには十分な時間だ” 『終わりの感覚 (新潮クレスト・ブックス)』 ジュリアンバーンズ, Julian Barnes, 土屋政雄訳 新潮社
【読んだきっかけ】埼玉まで観に参りました
【一緒に手に取る本】

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